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▽ 未来の国を目指して


それはちょうど、ナマエが訓練兵団で3度目の春を迎えた頃。

「視察?」

朝食の席で、ナマエの向かい側には興奮した様子のエレンとそれを見守るアルミンとミカサの姿。スプーンを動かしていた手を止め、ナマエはエレンから言われた言葉に首を1つ傾げた。

「ああ!各兵団のお偉いさんが来るらしいぜ!優秀な奴には勧誘の声もかかるって噂だ」

「へぇ……」

朝食を食べ始めた時のテンションとなんら変わらないナマエ。エレンは不満そうに眉をひそめた。

「なんだよ、ナマエまでノリが悪ィな」

「勧誘って言っても。私もエレンも、調査兵団に入ることは決めてるでしょ?」

ナマエが何気なくそう言うと、エレンの隣のミカサが鋭い視線でナマエを睨んだ。軽く肩をすくめて愛想笑いを零すと、すかさずアルミンがフォローに入る。

「で、でもさ。その調査兵団のためにあるような視察だよね」

「どういうことだよ、アルミン」

「成績上位10名は憲兵団に行くだろう?あとは駐屯兵団と調査兵団で、大半以上が駐屯兵団を希望するじゃないか」

「そうだねぇ……」

曖昧に返事をしながら、ナマエの頭の中はすでにリヴァイのことでいっぱいだった。エレンはざっくりと「お偉いさん」と言っていたが、調査兵団の誰が来るのだろうかと。もしリヴァイが来るのなら、少しだけでも顔を合わせる機会があるかもしれない。

ナマエの緩んだ口からは今にもスープが垂れてしまいそうだ。そんな表情を見たミカサは、ささやかな意地悪をしかける。

「ナマエ。喜んでいる場合じゃない」

「え?」

ぴしゃりと言い放つミカサの口調に、アルミンとエレンも手を止めてミカサの方を見やった。

「もし、ナマエの好きな兵士長が来たとしたら。他の子を勧誘するかもしれない。ナマエはそれでも構わない?」

「か……」

一文字だけを零して、ナマエは立ちあがる。2人を見守るアルミンとエレンも同時に「か?」と言って動きを止めた。

「構いすぎるよっ!」

食べ終えた朝食のトレーを返却すると、ナマエは小走りで駆けて行く。

「ナマエ、どこに行くの」

「先に行って自主練!」

荒々しく閉められた食堂の扉。一瞬食堂内には「なんだ?」と、ナマエが去って行った方へ不穏な視線が向けられる。

「今日の訓練は大変そうだ」

と、アルミンもトレーを持って立ち上がった。

***

その日は各地区の駐屯兵団の師団長、そして調査兵団からはエルヴィンとリヴァイがローゼ南訓練兵団へ視察に訪れていた。

勧誘があるとの噂もあるが、実際は次期に入って来る新兵の大まかな人数などを把握するためにある。

「ナマエに会えるといいな」

先頭を訓練兵団の教官を勤める兵士が歩く一行の最後尾、エルヴィンは誰にも聞こえないようにリヴァイに向かってそう呟いた。

「あぁ……?」

「彼女に会うために着いて来たんだろう?リヴァイがこの視察に来ると言い出すとは、私も予想外だった」

「たまには散歩も悪くねぇ。俺も役職を付けられてる以上、有能な人間を見定める作業は必要だ」

「そういう事にしておこう」

にこにこと微笑みながら、エルヴィンは両手を後ろで組んでからリヴァイの少し先を歩き始める。ほどなくすると先頭の教官が「こちらです」と足を止めた。

「現在立体起動の訓練中です。視察の時間に合わせて、現在3年目の訓練兵が飛んでいます」

リヴァイは目を細める。
目的の姿はすぐに見つかった。一際小さく、動きが早い、華奢なシルエット。

「……なんだ、ありゃあ」

思わず、呟いてしまった。

「リヴァイが来るかも、と張り切っているんだろうな」

珍しくエルヴィンも笑いを堪えているようだ。それもそう。普段からナマエの立体起動の腕は目立って優秀な方だけれど、今日は異常だ。明らかに我先にという感情が見て取れる。連携も何もあったものじゃない。清々しい程のスタンドプレー。視界に移る巨人を模した標的は、あっという間にナマエが削いでしまっていた。

「すごいな、あれが訓練兵の動きとは思えない」

先頭近くにいた駐屯兵の師団長がそう呟いた。リヴァイはそれを聞き逃さない。

「オイ……あのガキはうちに来ることが決まっている。余計な茶々は入れるんじゃねぇぞ」

同時にエルヴィンは顔を背けて俯いた。笑いを堪えるのに必死だったのだ。

「何だって?すぐに壁外で巨人の餌にしちまう気か?!」

師団長の顔は青い。今にもリヴァイに掴みかかりそうな勢いだったが、隣にいた教官が「いや、しかしあの本人も常日頃からそう言っています」と師団長に向かって冷静な口調で言う。

「正気の沙汰とは思えんな」

鼻息も荒く、師団長はまた訓練兵の方へと視線を戻した。

「何とでも言え。あいつを育てるのは……俺だ」

そう呟くリヴァイの声はエルヴィンにすら届かない、小さな小さな独り言だった。

***

訓練後、銘々が立体起動装置を外す最中、ナマエの前に立ちはだかったのはミカサだった。

「ナマエ」

「ん?」

「張り切りすぎだ」

容赦無いデコピン。
ミカサの本気のデコピンは痛い。すごく痛い。

「……だって」

「今日の動きは確かに速かった。でもあれでは、独断行動が目立つだけだ」

しゅんと項垂れるナマエ。「無茶してごめんなさい」と少し大き目の声で言えば、周囲の目はナマエに集まる。

「あまりにも協調性が無いとみなされた結果、駐屯兵団の門兵に引き抜かれるかもね」

「そうだね、アニ。エルミハ区辺りの内門になら、今日のナマエでも任されるかも」

わざとらしく大きな声でそう言うのはアニとミーナだ。ナマエに対して、揶揄うモードに入っている。

「ナマエ、きっと調査兵団の人は今日の結果だけでナマエを見るようなことはしないから……」

見兼ねたアルミンがフォローに入ろうとしたが、ナマエはすでに立ち上がっていた。

「次の授業までまだ少しあるから……その辺走って来る」

急にいたたれなくなったのだろう。ナマエは同期達にそう言い残すと、身軽になった状態で演習場へ向かって走り始めた。

思い起こせば今日の訓練は、本当にナマエらしくなかった。

リヴァイが来ているかもしれないから。そんな理由で、こんなにも心を動かされているようでは兵士としては全く未熟である。

(ほんとダメだな……私)

ぎゅっと目を閉じて、演習場へと抜ける教官室がある建物を横切ろうとした時だった。

「オイ、ぶつかるぞ」

ナマエの小振りな頭を、そのてのひらが受け止めた。

「……リヴァイ兵長!」

ぱ、と瞳を開き、ナマエは左右を見回した。リヴァイ以外に、緑のマントを羽織った人間は見当たらない。

「ひょっとして見ていましたか?さっきの……」

「ああ。酷いモンだったな」

折角普段は滅多に会えないリヴァイに会えたのに。

「……大方、俺が来ると思って張り切ってたんだろう、なぁ?」

更には見透かされていて。

「他の子が、リヴァイ兵長の目に映るのが嫌だったんです」

訓練は大切。連携も大切。わかっている。でもリヴァイの瞳に映るため、ついつい無茶をしてしまう。本当はいけないことも、感情を抑えることも知っているんだけれど。

ナマエの頭の上に、もう一度てのひらが乗る。今度はさっきよりもずっと、柔らかに、優しく。

「馬鹿か。俺はお前を見に来たまでだ」

「そんな……それなのに、私……兵長を失望……させちゃいました、ね」

「いや。またすぐ手伝いに来い。お前の甘ったれた根性を叩きなおせるのは、俺しかいないだろうからな」

俯いたままのナマエの前に、リヴァイは封緘された手紙を差し出した。中身はいつものやり取りの手紙に加え、リヴァイがウォールシーナで買って来た絵葉書も入っている。美しい、空の絵が描かれた葉書きだ。

今日はきっとまだ、もう少し落ち込むであろうナマエ。でもその手紙の中さえ見ればまた元気に、いつも通りのナマエになるであろうことはリヴァイには容易に想像がついた。

「お手紙……書いてきて下さったんですね」

「出す手間が省けた」

「ありがとうございます。あの、もう一つ……」

言いだし辛そうに、ナマエは口ごもる。

「もう一度、頭をぽんぽんってして下さい」

リヴァイはダメだともいいとも言わず、無言で二度、ナマエの頭を撫でた。そのままそのてのひらは、少しだけ頬にも触れる。

「午後の訓練も頑張ります」

「ああ。またな、ナマエ」

顔を上げたナマエは微笑んでいた。つられて、リヴァイも頬を緩める。

一度敬礼を構え、ナマエは元来た道を戻って行く。その小さな背中を見送っていると、リヴァイの背後からはエルヴィンが顔を出した。

「リヴァイを甘やかすことが出来るのも、彼女だけだろうな」

そう言ったエルヴィンも、来期にナマエが入って来るのを心待ちにしている。

卒業まであと1年。彼女の訓練兵としての時間、そして子供でいられる時間はあとわずかだ。

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