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▽ ゆきあそび


季候の良い、怠惰な昼下がり。窓際の程よく陽のあたる2人掛けのソファの上に、キルアとナマエの姿はあった。

ソファの背もたれは早々に仕事を放棄しているようで、キルアはひじ掛けを通りこした壁側を背にして、両脚をソファに乗せていた。脚の間にはもちろん、ナマエが丁度良く収まっている。その体勢はキルアがナマエの肩に顎を乗せるのにも丁度いい。ぴったりとくっつけば、ナマエのてのひらの中の画面も良く見える。

「そうそう。そこタップして、んで一回再起動」

「わかった!やっぱりキルア、こういうの詳しいね」

ナマエが手にしているのは新型の通信端末。所謂スマホだ。

現在お約束の住所録、もといキルアによる着信拒否等々の設定が終わった所。あらかたの設定が終わったので、ナマエは満足げに端末を再起動してからホーム画面を眺めていた。

「そういえば……新しくしたのはいいけど、キルアと撮った写真が一枚も入ってない」

ナマエらしくない、無機質なホーム画面は待ち受けにする写真が無いからだ。
以前の待ち受け画面は、キルアとナマエが2人で旅行に行った際、観光地をバックにしたものが採用されていた。

「前の携帯のやつ、オンラインストレージに上げるか?」

「オン?」

古い携帯の写真をネット上のフォルダにしまっておけば、新しいスマホからでもダウンロードは可能だ。しかしこの手の話しに弱いナマエが瞬時に理解出来るはずもなく。

「……新しく撮ろうよ!今!」

「今?」

なんでまた、とキルアはナマエの肩に顎を乗せたまま顔を顰めた。待ち受けにするような写真なら、また何か特別な時にでも撮ればいいのでは、とキルアは思ったのだ。

「私ね、携帯新しくしたらやってみたいアプリがあって……」

そう言ってナマエは、スマートフォンの様々なアプリケーションがダウンロード出来るページを開いた。お目当てのアプリは、真っ白な背景に薄いブルーで2本線の模様が描かれた「ゆき」というアプリだった。

最近流行のアプリらしく、このアプリのカメラを開くとネコ耳やウサ耳のついた写真や、古いインスタントカメラで撮ったようなレトロな写真が撮れる。いわば加工カメラアプリなのだ。

「それで今から撮るのか?」

「うん。ほら、このアプリのここを押すとね……見て見て!」

なぜかやたらに使いこなしているナマエに、キルアは一瞬の不満を覚えたものの。インカメラでキルアとナマエの顔を映した画面を覗き込んだ。そこには。

「なっ……んだよこれ!」

画面の中にはキルアとナマエ……の顔が、ちょうど輪郭以外がそのまま入れ替わっている。「顔入れ替え機能」をつかって、キルアの輪郭にナマエの顔。ナマエの輪郭にキルアの顔。

「あははは!私の顔が怖い!」

「俺の顔、すっげー可愛いんだけど」

キルアが一番目つきを鋭くした瞬間に、ナマエはシャッターボタンを押した。

「……結構面白いな、これ。今度ゴンとかともやろうぜ」

「キルアとゴンは違和感すごそうだなぁ」

「つーか、俺の場合ウチの兄弟とやっても違和感ありそうじゃねーか?」

「イル兄とかミル兄とか……」

2人の頭の中には同時にその様子が過ぎった。表情だけキルアのイルミ。表情だけキルアのミルキ。

───同時に顔を見合わせて、鼻と鼻がくっつきそうな距離で2人は「ないないないない」と声を揃えた。

「俺とナマエが実は一番違和感無かったりしてな」

「面白いことは面白いけどね……保存っと」

「なぁ、他に何があんの?」

「色々あるよ!あとは定番のねぇ……これ!」

ナマエが小さなアイコンを押して画面を切り替えると、今度は2人の頭にはネコ耳がぴょんと飛びだして、ちょうど鼻と頬っぺたの位置にはネコの鼻と髭も重なった。心なしか目も少し大きく補正され、目尻のあたりも桃色に染まった効果がプラスされている。

「キルアはもともと目が大きいから、こんなのすると本当にネコさんみたいだね」

「それを言うならお前もだろ」

キルアがわざとらしく目を細めて画面に顔を突き出したので、ナマエも同様に似た表情を作ってシャッターボタンを押した。画面いっぱい、幸せそうなネコ2匹がそこに収められる。

「他は?」

「キルア、結構このアプリ気に入ったんだね」

ナマエがキルアが乗っている方の肩へ視線を向けると、そこにはリアルのキルアから見えるはずの無いネコ耳と髭と、ついてに尻尾がふりふりと振れている様子が見て取れた。とても気に入っている証拠だ。

「お、これは?」

スマホを握っているナマエの手の上に、重ねるようにしながらキルアも画面をタップする。キルアが開いたのは、レトロな写真が撮れるモードだった。

「わぁ、オシャレだー」

画面にはセピア色になった2人が映る。画面のふちはポラロイド写真のような白い枠が施されていた。

「これいいじゃん。ナマエ、ちょっと目つむってみろよ」

「ん?」

ぎゅ、とナマエは瞳を閉じる。同時に耳元から聞こえる、頬っぺたに触れた唇のリップ音。それからスマホのシャッター音。

「キル!不意打ちだよ!」

「これ、今度の待ち受けな」

キルアは得意げにナマエのスマホを奪い取ると、あっという間にその写真を待ち受け画面に設定してしまった。

「えぇー?私さっきのネコさんキルアの方がいいなぁ……」

「あっちは人に見られると俺が恥ずいっつーの」

「こっちの方が恥ずかしいと思うんだけど」

「いーんだよ。他の奴が見たら、こっちの方が戦意喪失する効果が大きそうだろ?」

そうかなぁ、とナマエが呟くと、キルアはそうそう、と言いながら今度はキルア自身のスマホを取り出した。

「そういえば、キルアの今の待ち受け画面ってどんなの?」

「俺?ずっと変えてねーよ」

ほら、とキルアがナマエに両手をまわして画面を開くと、そこにはヨークシンでドレスアップした時のナマエのワンショット。

「……いつ撮ったの?」

「お前が振り向いたとき」

「今初めて知ったよ?!」

「寝顔とかよりマシだろ?」

いけしゃあしゃあと言ってのけるキルア。ナマエは一瞬考え込むと「貸して」と言ってキルアのスマホを奪い取った。

「んだよ」

「キルアのスマホにも、このアプリダウンロードしておくね」

「ナマエの方で使えばいいじゃん」

「いいのー!」

さっき一度やった手順なので、ナマエの操作はスムーズだ。ダウンロードが完了し、すぐさまナマエはさっきのレトロな写真が撮れるモードを開いた。

「はいキルア、目つむって?」

「……何やろうとしてるかわかるぜ?」

「いいから!」

はいはい、と眉をしかめつつ、つんとそっぽを向きながらキルアは目を閉じた。まんざらでも無い、とはまさにこのことで。

ちゅ、と今度はキルアのほっぺたから響くリップ音。シャッターボタンを押したナマエは満足そうに、ナマエがキルアの頬にキスをするその写真を待ち受け画面に設定した。

「ったく」

「キルアが先にやったんだから」

ふ、とキルアは鼻で笑う。

それからキルアはナマエが握りしめていたスマホを取り上げると、キルア自身のスマホもあわせて、ソファの前にあるカフェテーブルの上に置いた。キルアの手の中には、ナマエだけになる。

黙って引き寄せて、ぎゅっと抱きしめるとナマエはキルアの方に頭を預けた。

「今度は唇にして欲しいな」

「俺も今、同じこと思った」

今度は、2人同時に目を閉じる。

唇の位置なんて確認しなくても、こんなに近いのだ。どこに唇がついているのかお互いにわかる。ちゅ、と重なる唇は温かく、今日のこの日にぴったりなお陽様の味がした。そんな他愛無い、特別な時間の記念は2人の心の中にも、そしてスマホの中にも収められたのだ。


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