ティーポットフィッシュ | ナノ


▼ 3.Lの攻撃

イェレナが出て行った部屋の中でリヴァイは改めて状況を整理する。

両手は後ろ手に手錠で拘束。武器はすべて没収。室内には完全武装のチームが十人。彼らの所持する武器はSMG(短機関銃)で、最大装弾数は三十二発。替えのマガジンを所持している様子はうかがえないが、それでも最低三百二十発の弾丸がリヴァイを狙っている。

手錠を外すだけは容易い。針金の一本さえあれば、手錠を外す自信があった。しかしそこからが問題だ。

建物内の構造がまったくの不明瞭な中で、どこにいるかわからないナマエをピックアップして逃げ出すというミッションは、リヴァイであっても難しい。

(あんまり恰好はつかねぇが)

残された手段は一つだけ。

「オイ、この部屋にトイレは」

おもむろにリヴァイが口を開くと、全員の銃口が一斉に狙いを定めた。

「……上からの指示があるまで我慢しろ」

声が聞き取り辛い。ボディーアーマーに身を包んだ彼らは、首元から続きのマスクをしているのだ。

「ずいぶん前から我慢してる。限界だ。流石にこの中で無闇に逃げようとはしねぇよ。誰か案内してくれ」

リーダー格の男が肩をすくめ、部下らしき二人に向かって右手を挙げてみせた。行ってこい、の合図らしい。ツーマンセルになったうちの一人が、リヴァイの背中に銃口を突き付ける。

「下手な真似をしたら即座に撃つ。殺しさえしなければいいとの命令だ」

「うるせぇな。間違えて俺のナニをぶっぱなすんじゃねぇぞクソ野郎」

口角を上げて大げさに笑ってみせるリヴァイ。ボディーアーマーの男は苛立ちを隠すでもなく、背中の銃口で早く歩けと押しつけた。

部屋を出て暗がりの廊下を進むと、ハイスクールにあるようなシルバーの無機質な扉でレストルームがあった。そこだけ新しく造りつけられたのかもしれない。古い木製の床や彫刻の柱から浮いている。

一人が廊下に立ち、もう一人は中までついてきた。

「オイ、さすがに片手を解放してくれねぇか。てめぇに世話されんのはごめんだ」

彼が鍵を持っているか否かはリヴァイにとって賭けだった。リヴァイの言葉に迷った様子を一瞬見せたが、男は構えていた短機関銃を背中へと回し、小さな手錠の鍵を取り出す。

「さっさと済ませろ」

「ああ。言われなくてもな」

右手が解放された瞬間、動く。男の背後に回り込むためにしゃがみ込み、自由になった一方の手だけで男を羽交い締める。一秒にも満たない刹那、まるでリヴァイのまばたきが宙で光を引っ張るように、男は音もなく落とされた。

完全に男が動かないことを確認して、リヴァイは即座に男の服を剥ぎ取る。

(体格がそう変わらない奴で助かった。廊下の奴の方はデカかったからな……)

まだ外で待機している方の男は、リヴァイより随分身長があったのだ。

身ぐるみを剥いだ男はトイレの一番奥の個室へと拘束した上で隠しておく。ここで銃を乱射する予定であったが、男は携帯用の手投げ弾も所持していた。リヴァイはトイレの入口付近で横になり、奥に向かって手榴弾を投げ、爆撃に背を向けて体を丸める。

足音ひとつが響き渡る教会中に、爆発音が轟いた。

トイレの天井までが破損し、ばらばらとコンクリートの破片が落ちる。廊下で待機していた男はすぐに飛び込んできた。

「何があった!?」

リヴァイは体を丸めたまま、動かない。インカムの電子音がジリジリと鳴り。

「こちらB1ビーワン、拘束中のリヴァイ・アッカーマンがCポイントより逃走!トイレが爆破された。負傷者一名」

インカムはリヴァイの首にもついている。イフォンからの応答はリヴァイにも通信されていた。

「すぐに追え!B1ビーワンB2ビーツーは屋外を捜索しろ。他の全班はCポイントへ向かえ!ジーク・イェーガーとナマエ・イェーガーは屋上に向かった。ただちにリヴァイ・アッカーマンを連れてこいとのことだ」

厚いブーツの音がリヴァイの頭上を走り抜けていく。ほどなくすると、一人の男がリヴァイに向かって「大丈夫か」と言いながら肩を貸してきた。リヴァイは頷いてみせながら、ありがたく肩を借りる。

「お前はここで待機してろ」

連れてこられた場所は、螺旋階段が続く場所だった。見上げてみると吹き抜けの階段は一番上まで続いている。

(何から何まで悪ィな)

口には出さずに再び頷いてみせ、リヴァイは階段の下へと座り込んだ。人の気配が去ったのを確認して、階段を駆け上がる。

情報は逐一インカムから届いた。しかしそれももう、必要ない。ナマエにさえ会うことが叶えば、あとは彼女を連れて教会を逃げ出せばいい。

(しかし……屋上か)

退路を確保するのが一番難しい場所だ。屋上の状況もわからない。ナマエがどんな状態でジークらと一緒にいるのかも。そしてリヴァイが手を差し伸べた所で、ナマエが応えてくれるのかも。

吹き抜けの窓は大きなステンドグラスだ。鮮やかな色彩のガラスがロザリオや四季の花々を象り、螺旋階段にも色の光を届けている。駆け上げるリヴァイの肌の上にも視界にも、色が散った。

ナマエの心はステンドグラスみたいにちぐはぐだ。

彼女の心も体も、確かにリヴァイの側にあったのに。でもどこか、ナマエはもっと遠くに手を伸ばそうとして、そこにはジークの影がある。愛情か、固執か、喪失の穴埋めか。

ひょっとするとジークはナマエが一番欲しがるものを持っているのかもしれない。まだ、ナマエはそれを覚えているから。だから。

螺旋階段が終わる。

「来たな、リヴァイ」

飛び出すとそこはリヴァイの想像する屋上とは少し、違った。視線の先には手すりと街並みが広がっていたが、傍らにはログハウスのような小屋と庭園があった。まるで小人の隠れ家のようで、違和感がある。ジークらは小屋の前にいて、ナマエもイェレナも、ボディーアーマーを装着した数人のチームもいた。

「ナマエを離せ」

銃口が一斉にリヴァイの方を向く。リヴァイも短機関銃を構えたが、威嚇にもならないだろう。

「リヴァイ!」

身をよじった彼女の手を、ジークが掴む。見た所ナマエは怪我ひとつない。そのことに、リヴァイは安堵した。

「ナマエを離せだって?なんの冗談だよ、リヴァイ。これから弟に会うとこなんだ。お前とナマエの別れの挨拶はあとにしてくれるか?」

「はっ……その馬鹿みてぇな小屋の中にエレンがいるのか?何を企んでるか想像もしたくねぇが、そのプランは却下だ。俺はすぐにナマエを連れてここから離れる」

「だーかーら。冗談はもうお終いにしようか兵士長。ナマエは俺の所に戻ってきた。お前を選ばないよ」

風の音が通っていく。イェレナだけは右手を掲げ、いつでも一斉射撃ができるように構えていた。

全員が全員の出方をうかがっている。

黄色の綿毛のような花びらがリヴァイの足元に舞った。ミモザの花のかけらだった。

「……やめて。リヴァイを撃たないで」

「泣くなよナマエ。あいつが撃ってこなかったら俺たちはここでお別れ!バイバイだ。な?全部丸くおさまるんだよ」

「やめて!」

ナマエがジークを突き飛ばす。脇目も振らずに走り出したナマエに、ジークの手は届かなかった。

「リヴァイ!」

両手を広げて走ってきたナマエをリヴァイは受け止める。固いアーマーの下で、ナマエは思い切り額を押しつけた。

「お兄ちゃんのこと、わかりたかった。ずっと一緒にいたいって思ってた。でも、私の前にリヴァイが現われたから」

「何やってるんだナマエ……リヴァイの所に行ってしまったら、また俺はお前を傷つけなくちゃいけなくなる」

リヴァイは片手でナマエを抱きしめたまま、一歩、後退る。

「オイ、よく聞け髭面野郎。妹だかなんだか知らねぇが、女の扱い方には気を付けた方がいい」

「お前、わかった風な口をきくなよ。そういう奴はモテないんだよ。大体どうやってこの状況から逃げ出せる?ナマエを連れて」

「残念だが俺は結構わかってるし、モテる。この通りな。それに俺にはまだ武器がある」

「その奪った短機関銃のことか?大したモンだな!」

ふん、と鼻を鳴らしながらリヴァイはもう一歩、後退った。隣で二人の会話を聞いていたナマエは、心配そうにリヴァイを見上げる。ジークの言う通り、この場から逃げ出せるとは思えなかった。

「リヴァイ……」

「心配するな。見てろ」

左手でナマエの肩を抱いたまま、リヴァイは右手の指でLの字を作って真っ直ぐとジークらの方へと向けた。指鉄砲みたいだった。一瞬間の抜けた空気が漂う。ジークはリヴァイの指先を見て、盛大に笑い声を上げた。

「おかしくなっちまったか?!リヴァイ」

「ああ。俺がおかしくなったかどうか、自分の目で確かめろ」

Lにした人差し指の方は慎重に照準を定めているようだった。ナマエは固唾を飲んでリヴァイの横顔を見守る。薄く開いた彼の唇が「バーン」と放ったと同時。

二人の背後から衝撃が飛んできた。

リヴァイの頭上ぎりぎりを通り過ぎ、ジークたちの真ん中へ、大きなドロップ型の弾は着弾する。

「装填……もう一発だ」

再びリヴァイがL字にした左手を高々と掲げ、狙いを定める。今度はジークに狙いを定めて。

ナマエはリヴァイの腕の中から振り返る。反対側のビルの屋上に、ロケットランチャーを構えた少女がリヴァイの指先を見ていた。

「誰……?」

リヴァイは再びL字の指鉄砲を軽快に撃ってみせると、ドロップ型の弾が飛んできた。今度はボディーアーマーの誰かに当たったのかもしれない。手投げ弾に暴発して、爆炎が巻き起こった。

「行くぞ」

炎よりも白い煙が大きい。リヴァイがナマエの手を引いて走り始める。

ナマエは一瞬だけジークの姿を探したが、もう迷わなかった。

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