ティーポットフィッシュ | ナノ


▼ 2.小瓶のお花

「今さら悔い改めることなどない」

告解コンフェッションを解く部屋の中は狭く、部屋というよりは箱だ。後悔とか罪とか、普段は目を背けたい部分をまとめて隠してしまうような、秘めやかな窮屈さに包まれる。

リヴァイは神父に向かって二度、同じことを言って突っぱねたが、格子状の窓の向こうでは彼が薄く微笑んで頷いた。なにか一つくらいあるだろうと、暗に言っているように。

「最近のことでもいいのか」

早く外に出たい一心で、リヴァイは呟いた。

「ええ。かまいませんよ」

「外で待たせてる……ナマエのことだ」

「彼女が?」

もっと他に方法はなかったのだろうかと、リヴァイは思う。

彼女が義兄であるジークを慕っていることは、マーレに潜入する前からわかっていたことだし、ナマエの境遇も知っている。だからこそ他に、なにか。

リヴァイが彼女を誘拐したことで、ジークの牙はナマエにも向いてしまった。

ナマエの気持ちを思えば──しかしリヴァイの背景では国が動いている。ジークよりもナマエを大事にする自信はあると同時に、そこにつけ込んだ自分のしたたかさにも自覚はあった。

「貴方の罪は許されますよ。きっと、ね」

リヴァイが黙りこくっていると、目の前の神父が両手を組んで目を閉じた。

「オイ、俺はまだなにも言ってねぇが」

「彼女ならもう、在るべき場所へ還ったようです」

「あ……?」

予感が背筋を通る時は、周囲の空気が縦に通る。

リヴァイは座っていた場所から、足でドアを蹴り開けた。埃が落ちる音すらが響きそうな中に、けたたましい怒りが放たれる。

礼拝堂の長椅子に腰かけていたはずのナマエは、いなくなっていた。

コートの内ポケットから自動拳銃ベレッタM92を取り出すと、格子の間から銃口をねじ込み、神父の額に突きつける。

「ナマエはどこだ」

声は低く、小さく、雨を含んだ土のように湿っている。それは目の前の神父も同じ。

「彼女は帰ったんです」

「冗談はよせ。ナマエをどこへやった」

「貴方はそんなに、話の通じない人じゃないはずだ」

リヴァイの人差し指の先で、引き金が遊ぶ。引くか、否か。しかし悩んでいる時間はなかった。開いたドアの先から、厚いブーツの音が響く。一つや二つじゃない。統制のとれた走り方は独特のリズムで、告解室の前へと集まってくる。

「神もクソもねぇな。完全武装したチームが控えてるのはどういう理由だ?なぁ、神父さんよ」

全員がボディーアーマーにゴーグル、更にはインカムを装着し、両手で短機関銃を携えていた。リヴァイに逃げ場はない。

「所持している武器をすべて出して下さい。イェレナが、貴方に会いたいと言っています」

リヴァイは舌打ちをひとつ零すと、コートの中の予備の銃までを取り出し、格子窓の下の隙間から神父の方へと滑らせた。

「てめぇ……神父じゃねぇだろ」

「オニャンコポンといいます。イェレナの所までご案内します」

神父姿の彼が片手を掲げると、武装したチームは一様に銃口をおろした。その場から立ち去るわけではなく、告解室から出てきた二人を取り囲む。

「教会内で気の利いたエスコートだな」

リヴァイが皮肉を込めて呟くと、オニャンコポンはリヴァイの方を見下ろして微笑んでみせる。

「くれぐれも勝手に動くことはやめて下さい。今この教会内は、少し緊張していますので」

「……ナマエを連れて行きやがったのはジークか」

「ええ」

「ヒストリアに聞いて俺たちはここへ来たわけだが。あいつもそっち側だったってことか」

「いいえ、彼女は深いことを知らないはずです。そもそもこの教会と孤児院が、彼女らと聖典のために造られたようなものですから。掻い摘んだ情報だったのでしょう」

「あ……?」

リヴァイの前を歩いていたオニャンコポンが立ち止まる。長い廊下の突きあたり、大きな観音開きの扉の前だった。

「ここです。では、私はこれで」

彼だけが身を引き、ボディーアーマーのチームに取り囲まれたまま、リヴァイは部屋の中へと入った。

イェレナは部屋の中央の机で書き物をしていたようだったが、リヴァイらの姿を認めると立ち上がった。

「いらっしゃい、リヴァイ兵長」

「すぐに帰る」

「そんなこと言わないで。少しゆっくりしていって下さいよ」

リヴァイは舌打ちを零してみせ、視線を逸らした。彼の視線を追うように、取り囲む銃口がわずかに動く。

「ナマエの生い立ちは少し複雑なんです。リヴァイ兵長もご存知のはずでは?せっかく兄妹二人きりになったので、待っていてあげましょう」

「なにが兄妹だ。てめぇらの都合でナマエを弄ぶな。どんな理由があるかは知らねぇが……」

「嫉妬は見苦しいですよ?」

「あ?」

イェレナの言葉のテンポは独特だ。余裕とはまた違う、にじみでる心酔。心ここにあらずのまま、彼女が信じるものを中心に語っている。

「私としてはどうして兵士長がこの国にいるのか、理由を聞きたいのです。現状では入国するのも難しかったのでは?手引きしたのはどなたでしょうね?」

「俺が素直に答えるとでも思ってるのか」

「いいえ。でも言葉は通じる方だと思って」

リヴァイが無言の視線を取ると、背中に銃口が突きつけられた。反射的に睨み返せば相手は怯んだ。

銃の引き金の部分が、空白の穴埋めをするようにかちゃかちゃと鳴っている。その場にいる全員が一分の隙もない中、突然イェレナが携帯電話を取り出した。

「私です。はい……はい、わかりました。リヴァイ兵士長はここにいます。そうですか。はい」

電話口の相手はリヴァイにはわからない。しかしイェレナの様子からして、ジークだろうなとリヴァイは思った。

電話はすぐに切れて、イェレナはリヴァイと向き合う。

「ナマエがジークの所へ帰ると決めたそうです。貴方に挨拶したいそうだ」

「あぁ?寝言は寝て言え」

「そう言いたくなる気持ちもわかります。しかしナマエの目の届くうちは貴方に傷が付くと彼女が悲しむでしょうから。拘束させて頂きますね」

イェレナが隣で控えていた男に向かって顎をしゃくると、短機関銃を背中に回し、銀色の手錠を取り出してリヴァイの腕を背後で固めた。

「てめぇもあの時ナマエを殺そうとしてやがったのに。よく言うぜ」

「あの時はナマエがリヴァイ兵士長に捕まってしまったという誤算があったからだ。貴方さえいなければ、ナマエは最初から最後までジークのもので違いなかったんですよ」

そう言うとイェレナは呆気なく部屋を出て行った。数人の武装したチームがリヴァイを取り囲み、再び静寂が訪れる。

(ものだと……?笑わせるな)

懺悔室で神父を前にした瞬間が過ぎる。

ナマエの気持ちを手に入れようとするのは、リヴァイのエゴなのではと思っていた。それに対する懺悔も、ある。

しかし人質交換の日。

銃弾の音が響くダクトの中でナマエを抱きしめた時から、リヴァイはナマエを守ると決めた。エレンの力の阻止という任務も遂行して、ナマエも守ると。

(あんまりじゃねぇか)

彼女が一心に慕う兄は、彼女を駒としか見ていないのに。

ナマエが欲している愛情を与えてやることができるのだろうかと、自問した日もある。与えられることに慣れていないナマエは、隙を見せればすぐに逃げだすだろう。

それでも。

(何度でも攫ってやる。俺が、何度でも)

頼りない野の花をぷつんと一本手折るのは難しいことじゃない。リヴァイがナマエを好きになった理由の一つには、そんな枯れかけた花に水をやりたいという気持ちもあってのことだった。

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