ティーポットフィッシュ | ナノ


▼ 4.赤いカーチェイス

煙と銃撃の音でいっぱいの教会から飛び出すと、リヴァイたちを待ち構えていたように真っ赤なスポーツカーが停まっていた。

「早く乗って」

赤色を切り取るようにウインドウが開く。

「もっとマシな車はなかったのか」

リヴァイは最初から、彼女がここへくることを見越していたような口ぶりだ。

「御託はいいので早く乗ってください」

教会の屋上、反対側でロケットランチャーを構えていたミカサだ。ナマエは自己紹介をする間もなく、リヴァイと揃って後部座席に乗り込んだ。

「エレンはどうなったんですか」

「教会の中にいることは間違いなかったようだが、姿を見ることまではできなかった。お前、よくあのタイミングで狙撃できたな」

「二人が中に入って連絡が途絶えたので……いつでも突入できるように準備はしていました」

「悪くない」

するとリヴァイは慣れた手つきで、後部座席にあったハードケースを開き始めた。いくつか開けては閉めてを繰り返していると、運転席のミカサから「M16自動小銃ライフルは13番のケースです」と声がかかった。

「先に言え」

「覚えているかと思って」

ヒストリアのアパートに行った時のように、リヴァイは手早くライフルを組み立てる。

「貴女は……シートベルトをした方がいい」

「あっ、うん。わかった」

バックミラー越しに視線が重なり、ナマエはミカサの言う通り、素早くシートベルトを装着。見計らったかのようにスピードが上がった。

「追手だ」

「わかってます。あの状況で追手がこない方が不自然です」

かぶせた言い方をするミカサに、リヴァイは舌打ちをこぼす。しかしライフルを構え、窓から身を乗り出したあとは意識を追手の方に集中させた。

黒塗りのバンだった。ナマエは助手席のバックミラーで確認する。

周囲に他の車は少ない。それ故に追手の車も動きが激しい。追手のタイヤがアクセルで音を上げる度、ミカサも速度を上げた。スピードのせいか真っ直ぐ進まない。わずかに左右に揺れながら、スポーツカーは軌道を描く。

「オイ、もう少し真っ直ぐ走れ!照準が定まらねぇ」

「私は貴方の指鉄砲で向かいのビルから狙撃した。ので、兵士長がこれくらいの揺れ、なんてことない……」

「クソが。もう十センチ右に寄せろ」

磨き上げた氷の上を引っかくように、タイヤが音を立てる。ナマエたちが乗っているスポーツカーも、追手のバンも。不快な音の中でも、引き金の遊ぶ音は真っ直ぐに響き、そして。

「っつ……」

ナマエは思わず耳を塞いだ。消音機サプレッサーの装着されていない銃口からは、つんざくような音が後ろへと飛んでゆく。

「腕の良い運転手が乗ってやがる。追手の方もな」

リヴァイの放った一発は外したらしい。華麗に切られたハンドルさばきに、舌打ちもひとつ。

「巻きます。しっかりつかまってて」

ミカサもハンドルを切る。最後の一言は、ナマエに向けられたものらしい。車体が大きく斜めになり、ナマエの体もリヴァイの方へと傾ぐ。

リヴァイは窓から身を乗り出すのをやめて、ナマエの体を支えるように手を伸ばした。

「その先に広場があったはずだ。中央を突っ切っていけ」

「広場?」

「できないのか?」

ミカサからの返事はない。代わりにスピードは余計に上がった。

広場というより公園に近いそこは、道路に面した煉瓦敷きの噴水広場だ。噴水の周囲がコロシアム状に階段になっている。

スポーツカーは入口の植木をなぎ倒し、迷わず階段を駆けおりた。がたがたと上下に揺れる中、リヴァイはナマエを押さえることを忘れない。

「居眠りしてるじーさんをひくんじゃねぇぞ!」

「口を開くと舌を噛むのでは」

噴水の前はことさらにカーブを決め、大きな衝撃が一度、二度、三度。大きくバウンドしたスポーツカーは階段を駆けのぼり、再び車道へと戻る。

そこまでくると、追手のバンは見えなくなっていた。

「……ようやく巻いたか」

「生きた心地がしなかった」

呼吸が落ち着かない様子で息を吸うナマエに、リヴァイは背中を撫でる。運転席のミカサもほっとしたのか、長いため息を吐いた。

「それで……私はどこへ向かえば?」

「今日はアルミンの隠れ家の方に向かってくれ。俺の車も数日は回収が難しいだろう」

「わかりました」

外から見るとスポーツカーはボロボロだ。ついさっきまでは傷ひとつなかったというのに、ひどいものである。

周囲の車の流れに乗って、ドライブはゆるやかに始まった。アルミンの隠れ家がどこに所在するかナマエは知らないが、きっと遠い所なのだろう。夕焼けで車内の色も赤くなった頃に、ぽつりと呟いた。

「聖典のこと、わかったの」

運転をしていたミカサがミラー越しにナマエを見つめる。革張りのシートに体を埋めていたリヴァイは体を起こして、ナマエをうかがった。

「在りかがわかったのか?」

「私のこと、だって」

「どういうこと?」

厳しい調子で運転席から声が飛んでくる。リヴァイはミカサの方を睨んだ。口を出すな、と視線で語りつつ。

「……私の存在が聖典だって。私の声はエレンに届くって。お兄……ジークは、そう言ってた」

「お前がエレンの力を使う鍵になるってことか」

「そうみたい。そのために、あの家にいたみたい」

わざと投げやりに言っている風だった。リヴァイはたまらずナマエの額にキスをすると、彼女の頭を引き寄せた。

「で、エレンは?」

「ミカサ、お前」

「貴女は結局、エレンと会っていないの?」

「うん……」

「そんな!」

声を荒げそうなミカサにリヴァイは「落ち着け」と言った。茶化すでもなく、静かに。

「ナマエが聖典だとしたら、こっちが有利なことには違いねぇ。あとはエレンと会って、ナマエがエレンの力を押さえることさえ出来ればゲームセットだ。俺はこのミッションから解放されるし、そのあとお前らは自由にしたらいい」

「そう……だけど」

「振り出しに戻った。ジークたちがどうなったかはわからねぇが、エレンは奴らに完全包囲されてるって寸法だ。今度は体勢を立て直して、こっちから仕掛ける」

説得力のある言葉だった。確固たる算段がある口調に、ミカサも力強く頷く。

ミカサとアルミンはマーレにきてからリヴァイらと行動を共にするようになったと聞いていたが、相応の信頼関係は築いている様子だ。傍から見ていたナマエにも、それはわかった。

アルミンの隠れ家というのは街から離れた、バカンスシーズンに使用する別荘のことだった。別荘といっても、最近では家族で使うことはないらしい。今回の件で、セーフハウスのひとつとしてリヴァイが頼んで押さえてもらった場所だ。

マザーツリー白樺の林の奥に、ひっそりと建つログハウス。すぐ側には小さな湖もあった。

「アルミンは今、Aポイントのアパートメントにいるはずです。何かあれば連絡があるかと」

「わかった。お前はどうする」

「アルミンの所に戻ります」

ブレーキがかかり、リヴァイは車を降りようとしたが。

「そうだ。アルミンに服を借りると言っといてくれ」

ミカサは怪訝にリヴァイを睨む。意味深な視線に、リヴァイも眉間の皺を深くした。

「なんだ」

「いえ……ああ、ナマエにはよかったら私のを」

助手席の足元に乗っていたらしい荷物を漁って、ミカサはバックパックをナマエに寄越した。

「ありがとう!」

「別に、いい」

そう言ってミカサは、季節外れのマフラーに顔を埋める。その仕草は少しだけ照れ臭そうに、年相応の女の子が垣間見えた。

二人がスポーツカーから降りると、車は軽いクラクションを二回鳴らして今来た道を戻ってゆく。ログハウス以外の建物がないその場所は、白い肌の樹々に囲まれ、視界が淡くぼやけるようだった。

ナマエは茫然と、去っていった車の方を見つめていた。

「ナマエ」

リヴァイの声に、はっと肩を震わせる。

「ああ……うん。中、入ろうか」

周囲には誰もいないのに。ナマエはちゃんと一人で歩けるのに。リヴァイはナマエの肩を抱いて、ログハウスの中へと促した。

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