チルチルミチル | ナノ


▼ 11.羊の血で洗え

人がいるという日常の雰囲気が、ナマエ達の感覚を緊張させた。

壁外に巨人を相手にしに行く時とは違う。馬の蹄の音もなければ、信煙弾の音も無い。気配を押し殺す6人の呼吸と、城の中にいる憲兵達の気配とが、生と死の対照を浮き彫りにした。

中央、噴水の広場がある外廊下から侵入する。

リヴァイは背後にいたナマエには右を指差し、ミカサには左を指差した。リヴァイがアンカーを放つ。それが合図だ。ナマエとミカサも同時にトリガーを構える。続けざまに響き渡る、悲鳴。

「思ったより人数は多くない!サシャ、屋根から狙え!」

「了解!」

指揮を取りながらリヴァイは叫ぶ。そのリヴァイに近付いていきそうな憲兵を、ナマエはすかさず切りつけた。

「殺すんじゃねぇぞ、ナマエ」

サシャが屋根に上がってはいるが、最初にリヴァイが指示した通り、全員がペアの背中を意識しながらの奇襲は功を奏していた。圧倒的有利だ。場を制圧していきながらも、エレンとヒストリアの姿を探す一行。しかし2人の姿どころか、この城には人が捕えられているような雰囲気すら無かった。

「リヴァイ兵士長、今奥に行った奴が怪しいです」

ナマエに背を預けながら、ミカサが指を刺す。そちらには他の兵士よりも幾分年配の男が、後退している所だった。

「俺が行く」

暗がりにリヴァイが駆けていく。
まだ動いている憲兵もいる、予断は許されない。屋根にはジャンも上がり、視野を広げての狙撃に切り替えていた。ナマエとミカサは駆け足で屋敷内を走り回る。しかしエレンとヒストリアの姿は矢張り無かった。

「撤退だ!」

髭の生えた男を引き摺りながら、リヴァイが戻ってくる。その背中を全員で注意深く守りながら、アルミンの待つ荷馬車地点まで後退する。木立の中の一際大きな木に向かって、リヴァイはその髭の憲兵を投げ飛ばした。

「いいヒゲだな、あんた」

ナマエはリヴァイに一番近い位置に立つと、ブレードを握り直した。

ライフル銃を持っているメンバーは一番外側へと立っている。なんとしてもここで、エレン達の居場所を聞き出さなければいけない。

リヴァイが尋問を始める。
髭の憲兵は命乞いのつもりか負け惜しみなのか、調査兵団はもう終わりだーーーという演説を始めた。現在他の調査兵は囚われている。エルヴィンから順に処刑されるだろう、しかしリヴァイ達が独断でやったこととするなら他の仲間の命は救われる。だから

「兵長、あんたがもうやれることは……それしかないんだよ。お前の命を使って仲間の命を救う。それだけだ」

髭の憲兵がリヴァイの肩に手を置くと、ナマエはブレードを向けて振り返った。リヴァイの肩に置かれた手の際を通り、髭の憲兵の頬のを薄く切って、ブレードは木に突き刺さる。

「黙れ」

その低すぎるナマエの声のトーンに、ミカサですらが止めるのを躊躇した。憲兵を睨むその眼差しには、はっきりとした殺意を携えて。

「下がっていい」

リヴァイがそう呟くと、ナマエの視線はそのままであったが、一歩、小さな舌打ちをしながら後退した。

ナマエが下がってから、リヴァイは彼の手を捻り上げた。こんな戯言で屈服するわけがない。捻りついでに片手の骨を折ると、髭の憲兵は悲鳴を上げた。

「うるせぇよ。エレンとクリスタの居場所を言え」

「し、知らない!本当にほとんどのことは教えられていないんだ!ケニー=アッカーマンはとても用心深い!」

その瞬間、ナマエの中で音が消えた。胸がざわついたのに、反して全ての事象が遮断されるかのような感覚。

思考は恐ろしいほどカンがよくなる。憲兵の男が、この場でその話しの流れで出した名前。ケニーは憲兵だったということ、あの時ナマエと森の中で会ったのは勿論散歩なんかではなかったということ。ナマエが調査兵団へいることへの矛盾。一瞬で、点と点が結びつき合い、線になっていく。

それまで一分の隙も見せずに構えていたナマエが、狼狽えてミカサに視線を送った。ミカサも少しだけ、動揺していた。

リヴァイはちらりとミカサとナマエを見たが、すぐに髭の憲兵に向き直った。

「それがケニー……奴の姓で間違いねぇか」

「……そうだが?」

「まぁ確かに、ヤツは教えてねぇよな。大事なことは特に」

大事なことは特に、大事なことは特に。リヴァイの言葉がナマエの頭の中で反復する。そう、彼は何も言わない。ナマエに対しても。

(ちょっと待って……リヴァイ兵長は)

今の口ぶりは明らかにケニーを知っていた。知っていて、確かめた。

リヴァイは尚も髭の憲兵を問い詰める。彼は何も知らないのかもしれない。けれどリヴァイは容赦しなかった。これが最後の手段なのだ。もう、選べないーーー

「あっちから誰か来ます!」

声を上げて弓矢を構えたサシャ。瞬間、全員が地面へと伏せた。こういう時のサシャは機敏だ。

ナマエは人の気配がするその遠くに、アンカーが放てそうな木を探した。ナマエはライフルを持っていない。銃はあまり得意としないのだ。人影は3人、ナマエはいよいよアンカーを放とうとした時、サシャが「ハンジさん?」と呟いた。

「マルロとヒッチ?」

次いでナマエも立ち上がる。ナマエ達の姿に気付いたハンジ達3人も、小走りに駆け寄ってきた。

「リヴァイは?そこにいる?」

「ああ。ここだ」

髭の憲兵を押さえつけるようにしてリヴァイは立ち上がり、駆け寄ってきたハンジの差し出した手紙を開いた。報告書だ。リヴァイが読み終えるのを待ちきれない104期兵達は、彼の背後からその手紙を覗き込んだ。

「エルヴィン団長達はどうなっちまったんだ?」

「つーか、他の調査兵団の先輩達どうしてんだよ」

リーブス商会の息子、フレーゲル(ちなみにナマエはリヴァイに対してとんでもない口を聞いた彼をあまりよく思っていない)がハンジ達と手を組み、新聞社を通じて中央憲兵の真実を民衆に伝えたこと。エルヴィンがピクシスとザックレーと共に大きな賭けをして、それに勝ったこと。つまり

「調査兵団の冤罪は晴れ、君達は正当防衛。王都もザックレー総統が仮押さえ中だ。今の所貴族の反乱も起きてない。我々は自由の身だ!」

瞬間、歓声が上がる。

「やった!やりました!やりましたよ、ナマエ!」

「サシャ、よかったね、コニー、ジャン!勝ったよ!」

「おう、俺達やったよなぁ!」

ナマエは珍しくコニーとジャンとも拳をぶつけ合い、軽く抱擁を交わした。ミカサとサシャとアルミンとはしっかりと抱き合ったけれども。サシャはハンジと共にやってきたヒッチとも抱き合っている。

時代が変わる。国が動く。

(でも……)

ナマエの心の中にぽつんとある黒い滲み。それは今ついたようで、実はそうでもない。ずっとずっと、心の奥底にあった。最初からあった。ナマエの人生が始まった、その時から。そしてリヴァイがそれに気付いたのだ。早く取り除かなくてはいけない。取り除きに、行かなくては。

エレンとヒストリアも、きっと同じ場所にいる。


prev / next

[ back ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -