チルチルミチル | ナノ


▼ 9.成長

馬を繋いで待機中の104期兵達。突然声を上げたのはサシャだった。

「銃声が聞こえます!」

そんなまさか、とジャンは狼狽える。リヴァイ達が憲兵に見つかってしまった場合は、ここのメンバーで馬を牽引しながら、決められた逃走ルートへと移行しなくてはならない。

(リヴァイ兵長達……大丈夫かな。でもケイジさん達もいるし)

とは言っても、リヴァイを含めてたったの4人だ。もし憲兵に見つかってしまったのなら、断然にリヴァイ達の方が分が悪い。

「ナマエ、移動しよう」

見つめても届かない壁の方を向いているナマエに、ミカサが声を掛ける。

「私、少し見てくる」

「おい!命令以外の行動はとるなよ!」

馬の手綱を、進行方向とは逆に向けるナマエにジャンは叫ぶ。

「すぐ戻ってくる!」

ナマエのその行動は衝動的だった。しかし手綱を回した瞬間、全身に鳥肌が立った。
「危険だ、何かが迫っている」と頭のてっぺんから髪の先までに、恐怖にも似た感情が伝わった。今すぐリヴァイのもとに走るべきだと思ったのだ。

「ナマエ!」

一瞬、ミカサもその後を追おうと振り返る。

「ミカサ、今は俺達だけでも進んでおくんだ。ここで馬を離したら兵長達も足がなくなるだろうが!」

ジャンの言葉に、ミカサは奥歯を噛みながらジャン達の方へと向きなおした。ナマエの耳にはそんな仲間達の声が一瞬で遠くなる。反対に、銃声と立体起動の音が進行方向から迫って来ていた。

(……どうして銃声と、立体起動装置が)

少し馬を走らせたところで、リヴァイは姿を現した。立体起動で高い位置を飛びながら、追ってくる憲兵をまこうとしている。

「リヴァイ兵長!」

そう叫ぶと同時、ナマエは馬の手綱を引く。ジャン達が進む方向へと向き直させると、強く馬の尻を蹴り上げながら、建物の高い位置目指してアンカーを放った。

「ジャン達の所まで走って!」

言葉が馬に伝わるかどうかはわからないけれど。

「馬鹿野郎!なんでこっちに来やがった!」

リヴァイの横に並ぶようにしてアンカーを放つと、ナマエは背後を確認する。追ってきている連中は、ナマエの知らない立体起動装置を着けている。

「ニファさん達は?!」

「全員やられた」

一瞬だけナマエは目を見開き、何かを射抜くように視線を先に移した。口の奥で、血が滲む。

「状況の説明は後だ!敵が来たら躊躇うな」

リヴァイの表情は緊迫していた。はっとしてナマエは前を向く。ちょうどナマエが飛んでいる位置より10時の方向に、先回りしている敵が躍り出た。

「ナマエ!」

リヴァイがそう叫ぶと同時、ナマエはアンカーを巻き戻した。ふわり、一瞬だけナマエの体が宙に浮く。そしてその一瞬と同時に、ナマエはアンカーを敵のすぐ真下へと射出した。

敵は拳銃のようなその装置をナマエに向けていたが、その引き金を引く直前でナマエはまたアンカーの方角を変えた。発砲音が響く。同時にナマエは敵の背後に回り込み、容赦無く刃を振り下ろした。

返り血がナマエにかかる。リヴァイは舌打ちをして「キリがねぇ、先を急げ」と声を荒げた。ナマエはリヴァイの方を向いて一度頷くと、アンカーを遠くに定める。スピードを上げて飛び続けると、アルミンが先頭の馬車を引く皆の姿が視界に入った。

リヴァイは荷馬車へと方向を定める。

「私が引きつけながら飛びます!リヴァイ兵長は指示を!」

それだけ言うとナマエは敵の方に向き直った。怖いという感情はまるでなかった。ケニーと暮らしていた頃、様々な事由で誰かと戦ったことはあった。相手は死ぬ直前みたいな状態になったこともあったけれど、殺しはしなかった。

つい今朝方の、ジャンの言葉が脳内に響く。

リヴァイが言えばナマエは人も殺せるのかーーー答えはイエスだ。さっきナマエが刃を振り下ろした人にも家族があったかもしれない。恋人がいたのかもしれない。でも、

(感情は……死んだと思え!)

何かを守るには犠牲が必要なのか。それはまだナマエの拙い頭では計り知れない。けれどそんなナマエの頭で、瞬時に天秤にかけられるのはリヴァイの命じることだけだ。

リヴァイとミカサが立体起動で飛び上がってくる。

「適当に散らせ!逃げ切るのが先決だ」

ナマエの隣を通りすぎる刹那、リヴァイがそう叫んだ。ミカサも困惑しながら敵に刃を向けている。深追いしすぎるとあっという間にこちらが不利だろう。

荷馬車を引くアルミン達の所に敵がいくと厄介だ。しかし3人が取り零した敵が1人、荷馬車で応戦するジャンのもとへと転がり落ちる。ミカサが彼の名前を呼ぶ。敵の銃口がジャンに向いた瞬間、引き金を引いたのはアルミンだった。

***

場を沈めるような銃声が響いた後、アルミンの手綱で一行はうまく逃げ切ることが出来た。全員が無言のまま、辿り着いたのは人の気配が無い山の奥。廃墟に近いような馬小屋で、人間の人数よりも多くなってしまった馬を繋いだ。

「リヴァイ兵長、怪我の手当てを……します」

「ああ」

少し震える手でナマエはリヴァイの肩に触れた。沢山の傷跡をナマエは見ていたけれど、こんなにも出血をしたリヴァイを見るのは初めてだった。

「サシャを呼んで来い」

「サシャ?」

「お前、人の肉縫った事ないだろう」

サシャはもともと狩猟を生業としていた家の出だ。こういう縫合には慣れているだろう、とリヴァイは言う。ナマエも訓練の一貫で応急処置の知識としてはあったが、リヴァイの言う通り実際にしたことはまだ無い。

「……私も慣れます」

呼んできたサシャは、リヴァイが見込んだ通りに手際が良い。慣れた様子でリヴァイの肩の傷を縫っていた。少し不貞腐れた様子でそれを見るナマエに、サシャは「意外と簡単ですよ」と困った様に微笑む。

(リヴァイの裸がサシャにも見られてしまった)

こんな場所で思うには場違いなことはわかっていたが、それを誤魔化すようにナマエは野戦糧食の封を切った。

ちょうどリヴァイの縫合が終わったサシャが、少し驚いた様子でナマエを見つめる。

「……何?」

視線に気付いたナマエは、その固形の食べ物を口に突っ込んだままサシャを見つめ返した。

「い、いえ。こんな時なのに……ナマエが自分から食べ物を口にするなんて、珍しいですね」

もともとナマエは食が細い。
けれど環境が変わったり、何か精神的に辛い事があったり。傍から見ても、そんな時のナマエは極端に食べることを止めてしまう。

はた、とナマエもそれに気付いた。

「そう、かな。なんかお腹空いて」

「意外と図太いな、お前」

背後で聞いていたジャンも呆れたように呟く。

「そうだね……自分でもちょっと驚く」

そう言いつつも、ナマエはぼりぼりと野戦糧食を食べ続けた。肩をすくめるジャンは、水を飲むのもやっとのような表情だった。

「神経が昂ぶって、逆に生きようと必死こいてんだろう」

ぽつりと呟くようにリヴァイが言う。誰も返事はしなかったが、ナマエにはそれが妙に腑に落ちた。

(そうか……生きたいんだ)

生死の境目を渡る時、人の三大欲求は顕著になる時がある。女型捕獲作戦後、ナマエはリヴァイに対しても抱いてくれなどと口走っていた。

しかし地下街にいる時から苦手であった「食べる」という行為。それが自然に出来ているのは、また違った意味もあるのかもしれない。徐々に強くなる、ナマエの生への意識とリヴァイへの忠誠心。

無言で野戦糧食を食べ続けるナマエを、リヴァイはじっと見つめる。

先のストヘス区でーーー

ケニーと対峙した時、リヴァイはナマエのことを口には出さなかった。まだナマエの戸籍にあった名前と、目の前の男とが同一人物という証拠は無い。そしてどうしてケニーが憲兵にいるのか、それもわからなかったからだ。

腹の探り合いのような会話をいくつか交わした後、ケニーはリヴァイを挑発するように口角を上げて言った。

『俺の放った可愛い刺客の調子はどうだ?』

と。

まさか、とリヴァイは思う。ケニーの悪い冗談だ、笑えない方の。それでも、一層その真意はわからなかった。リヴァイの知るケニーの名がわかった時、その答えは出るのかもしれない。

(今は、止そう)

現状を生き延びるのが先決だ。リヴァイは立ち上がると「手が空いてる奴は食えるうちに食っておけ」と声をかけたのだった。

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