チルチルミチル | ナノ


▼ 8.妹

ーーーストヘス区、裏路地の厩。

「こんなのが配られてたぞ」

ジャンの持ってきたのは新聞の号外のようだった。リヴァイの似顔絵がおたずね者として描かれてある。調査兵団がリーブス会長を殺害し、一部の兵は出頭命令に背き逃亡中ということだ。

「……全然兵長に似てないんだけど」

馬のたてがみを梳いていた手を止め、額に青筋を立てながら言うナマエに「そうじゃねぇよ」とジャンは睨んだ。

「これで調査兵団は解散状態だな」

ぽつりと零すように言うアルミンに、ジャンはもう駄目な気がすると弱音を零した。弱音というより、悲観的な事実確認をするまでというか。

アルミンは緊張の面持ちのサシャやコニーにも向かって「まだ希望が無いわけじゃない」と説明する。見失ったエレンとヒストリアと思われる葬儀屋も、このストへス区で見つけた。棺と共に宿に泊まっている一行は、きっとそれに違いない。そうしてロッド=レイスを押さえれば、エレンを硬質化させて本来の目的を達成することが出来るーーーしかし。

「アルミン、もしそれが全てうまくいったとしてもだな……俺はやっぱご免だぞ、人殺しなんて……あの兵長に殺せって命令されても、できると思えねぇ」

拳を握ってそれを見つめる彼に、ナマエは「ジャン」と声を掛けた。

「ナマエ、お前は出来るのか?」

感情を投げだされたかのような質問に、ナマエは一瞬躊躇ったものの「うん」と答える。

「そうだな、ナマエはそもそも兵長贔屓だ。個人的な感情があるから、こんな事態でもお前はいつも通りにしてられるよな!」

ナマエはきゅっと眉をしかめた。ここですぐに言い返すのは、ジャンにとっては火に油だ。

「や、やめなよジャン。ナマエはそもそも僕らより兵長との付き合いが長いんだ……だから」

「アルミン、仲の善し悪しがなんたら言ってる場合じゃねぇのはお前もわかるだろ?今俺達が相手にしてるのは人間だ!」

ぐっと押し黙るナマエの隣にミカサが並び立った。

「俺もだ……従わねぇ奴は暴力で従わせればいいと思ってんだ、リヴァイ兵長は。ヒストリアみてぇに」

「コニーの言う通りですよ。抜け殻になったヒストリアにあんな脅し方……ナマエはあれを見て、なんとも思わなかったんですか?」

ヒストリアは大切な同期だ。友達だ。だからこそ、ナマエはここで上手い言葉が選べなかった。フォローするべきだ。山小屋でもそんなことをナマエはリヴァイに言っていた。あの時は、怒るミカサのことだったけれども。でも今ナマエが口を開いても。

「……とにかく俺は、こんな暴力組織に入ったつもりはねぇ。あん時俺は、人類を救うためにこの身を捧げたんだ」

ジャンの言葉にアルミンが「だめだよ、こんな時に迷いがあったら」と狼狽える。そうだ、このひずみは少し前から確かにあったのだ。

「あのチビの異常性と執着性ナマエに対するは気付いていたけれど。この現状を乗り越えるには……リヴァイ兵士長に従うのが最善だと思ってる。ナマエも、きっとそうだ」

ミカサはじっと隣のナマエを見下ろした。それをナマエも見返した。なんとなく、2人は目で会話することが出来る。

ジャンの言う事も正しい。ナマエの調査兵団にいる理由は、実の所同期達よりずっと不純なのかもしれない。それでもそれが、今を動かす力にはなるのも事実だ。

「……できれば皆も、腹を決めてほしい」

ミカサが止めのようにそう呟いた。しん、と全員が静まり返る。

冷やりとした空気の合間を縫って、ナマエは静かに口を開いた。なるべく、アルミンにだけ聞こえる様に。それでも、他の皆の耳に届くことはわかっていたけれど。

「あの時アルミン、私がリヴァイ兵長を慕ってるのは、憲兵から助けてくれたから?って聞いてきたよね」

「え?あ、ああ……あの山小屋から出た時?」

「うん、あの続き。リヴァイ兵長は……強いから。力もそうだけど、色んなことを天秤にかけて計ることとか、ね」

ナマエを見て、ジャンは長いため息を吐く。意を決したミカサとナマエとは裏腹に、皆の覚悟はまだ目には見えなかった。

***

建物の先から目標を確認する。
手前にはリヴァイとその部下と見られる人間が数名。その奥の下方には、エレンとヒストリアを乗せる霊柩馬車が到着した所だった。

ケニーは少しだけズボンのポケットを服の上から撫でた。金属の擦れ合う音がする。中にはクシェルの形見が入っていた。

ナマエに預けて、そのうちリヴァイの手に渡るようにすることも出来た。けれどしなかったのは、ケニーの夢があったからだ。

(すまねぇな、クシェル)

それをクシェルから受け取ったのは、まだリヴァイが彼女のお腹の中にいる時だ。アッカーマン家を迫害する憲兵を殺していく中で、ケニーは地下街にいるクシェルを見つけた。

***

「客の子なんて堕ろしちまえ!」

「なんてこと言うの!嫌よ。私は絶対産むの」

ふん、とそっぽを向くクシェルの横顔は、幼かった頃のそれを思い出させた。まだ一緒に暮らしていた、ケニーにとってもクシェルにとっても、偽りの平和にいた頃だ。

「ねぇケ……兄さん」

「こんな時だけ都合よく妹ヅラすんじゃねぇ」

「お願いよ。別に助けて、面倒見てくれって言ってるんじゃないの。またこの子が生まれたら会いに来て。それだけよ」

ケニーは驚くほど長いため息を吐いた。どう言ったって、このクシェルの様子ではお腹の子を産むだろう。この、環境下で。

「気が向いたらな」

そう言ってケニーは立ち上がる。狭い部屋の中、クシェルにぶつかりそうになりつつ扉へと向かうすがら、彼女は黙ってケニーのポケットに拳を突っ込んだ。

「なんだ」

「これ、お守り。生きてまたここに来てね」

は、とケニーは小さく鼻から笑いが零れた。地上で何をやっているのか、クシェルも大方知っているのかもしれない。

ケニーが扉へと手を掛ける。クシェルは半ば独り言のように呟いた。

「もしこの子が男の子なら……次は女の子がいいわ」

「あぁ?もう一人産む気か?なんの冗談だ」

「だって兄さんも、妹がいてよかったでしょう?」

少しだけ振り返ればクシェルはゆっくりと自身のお腹を、その中にいる子供を撫でていた。何がどうして、そうさせるのだろう。ケニーはクシェルに見えないように顔を顰める。クシェルの姿は、慈愛に満ち満ちていた。

「……どうだかな」

よかったのよ、とクシェルが言っている途中でケニーは扉を閉めた。耳を澄ませば、中からは場違いな鼻歌が聞こえてくる。お腹の子に聞かせているつもりなのだろうか。

***

ナマエはケニーの贖罪だった。
だからもう、この銃口をリヴァイに向けることは出来る。

(さぁ、行くか)

ケニーは一歩足を進める。リヴァイはすぐそこだ。

真っ青な空に銃声が轟く。

賽は投げられた。敵の反応は賛美に値するほど、いい。それはケニーがそう教えた結果だ。2発放ったので次の弾を装填しながら屋根を伝う。口を開く前に、ケニーはアンカーの射出する方角を決めた。一歩先を動かなければ、さすがにやられてしまいそうだ。

そして口を開く。

「よぉリヴァイ、大きくなったな」


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