チルチルミチル | ナノ


▼ 7.あなたの影

再び笛の音が鳴ったのはしばらく経ってから。方角的に、リヴァイ達のようだった。

「最悪だ」

ナマエの前を飛んでいたミカサが呟く。

「集合だね、とりあえず」

小さく舌打ちをするものの、ミカサはナマエが思っていたよりもずっと冷静だった。訓練兵にいた頃のミカサなら、きっとひどく取り乱していたと思う。

(……壁外調査の時、かな)

なんとなく、リヴァイがそうさせたようにナマエは感じた。2人は一緒に、女型からエレンを取り戻したのだから。あの洗濯場で、可愛く感じた横顔をナマエは思い出した。

リヴァイ達の馬車はすぐに2人の視界に入り、他の同期生達が荷馬車の方に乗っているのが確認できた。2人が最後だったようだ。

「一旦ストヘス区に入る。全員雨具は持ってきているか?」

「雨具ですか?」

ちょうど荷馬車の上に降り立ちながら、ナマエはリヴァイに向かって問いかけた。不思議そうにする104期生達に、表情を曇らせたニファが「これ」と言いながら紙切れを取りだした。

「さっき早馬で来た伝達だ。トロスト区で、リーブス会長の死体が見つかったって」

え、と全員が息を呑んだ。約半日前まで、話をしていた会長だ。

「この件を憲兵は調査兵団うちの仕業とするだろう。奴らは俺達を潰しにかかってきてやがる」

「そんな!」

あまりの衝撃に、ナマエは思わずリヴァイの雨具の裾を掴んだ。落ち着きな、とニファがそれを制止する。

「ここで俺達がエレン達を失えばいよいよ終いだ。いいか、顔が割れてるのは俺だけだろうが、全員おたずね者になっちまったと思え。目立つ行動は取るな。憲兵といえど、2人を連れてる連中だ。何かしら尻尾は出す」

誰も口を開けなかった。
調査兵団はクーデターを起こしている。既存の勢力に反する行為。今の彼等は、民衆から見ればただの犯罪者だ。

「……ジャン達、大丈夫かな」

左右にミカサとアルミンだけしかいないのを確認して、ナマエは小さく呟いた。ミカサは無言で、アルミンは「うん」とだけしか返事を寄越さなかった。

***

馬を走らせながら、トラウテは「アッカーマン隊長」と声を掛けた。

「なんだ」

「ナマエに会ってきましたね?」

「悪いか?首でも持って帰って来た方がよかったか?」

「実際持って帰られても処分に困りますが……そうですね」

冗談として乗ってきたのか乗ってないのか、その微妙なトラウテの返事にケニーは歯を出して笑った。

「人数は早めに削っておくに越した事は無いと思いますが」

「馬鹿野郎。あの場でやっちまったら、すぐに気付かれた。リヴァイの奴もいやがったしな……」

「そうでしょうか」

「いずれにしろ、ストヘス区で全部片はつく。よかったな」

「ええ」

ふい、とトラウテはケニーから顔を逸らせた。端正な横顔に、緩く結った遅れ毛が瞬く。どうしてかその様子が、はねっかえりのナマエを想わせた。

『ケニーには関係無いでしょ?!』

ーーーまるで思春期の少女が、父親に言い返すような。

(リヴァイとナマエの歳の差はいくつだったか……?まぁ、どの道……次会う時は関係ねぇか)

馬の脚に合わせて馬車は揺れる。ゆらゆらするのは視界だけではなく。

ケニーがナマエに思う気持ちは様々だ。ただ、彼女を見る度次に思い出すのは、決まってクシェルの面影だった。

***

ナマエが訓練兵団へ入団する約一カ月前。

ケニーは入団に必要な書類を揃えて、エルミハ区の2人の家に戻ってきた。

「ほらよ」

ちらりとナマエが書類を見ると、父親の氏名欄にはケニーの名が書かれていた。

「私の名前……ケニーと一緒になってるよ」

「そりゃ、一応俺が親代わりだ。とんでもねぇ話しだがな」

ナマエはふぅんと呟きながら、口の先だけで「ありがとう」と呟いた。

「書面ではそうだが、事実これで俺とお前の縁は綺麗さっぱり切れる。もう二度と、会うこともねぇだろう」

「そう……夕飯は?食べる?」

鍋の中にはスープがあった。今日あたり、ケニーが帰ってくるのではとナマエが作っておいたのだ。

「いや、いい。俺はもう行く」

大げさに椅子を引き、ケニーは立ち上がった。ナマエは書類を握りしめたまま、じっとその様子を見つめている。何も言わないような雰囲気だった。地下街から出てきて、ナマエにとっては初めての人との別れの瞬間。それ故に、さよならの言葉も思いつかなかった。

「ケニー」

「あぁ?」

けれど最後にそう呼び止めたのは。

「私を、自由にしてくれるために助けてくれたの?」

ナマエの希望は「自由になりたい」だ。壁の外へ出て、死んでしまっても。地下街で過ごしたナマエがそう思うのを見越して、ケニーはナマエの面倒を見てくれていたのではないのだろうか。しかし。

「むしろ逆だ」

気まぐれのような口調で呟いて、ケニーは帽子をかぶり直すとナマエに背を向けた。夕暮れの太陽がケニーの後ろに細長い影を作る。それは進む道を塗り潰すかのように、黒く伸びていた。陽が沈み、視界が全て真っ暗になったところでナマエはやっと泣いた。声を上げて泣いた。

その時にナマエが流した涙の感情が「寂しい」だということに、ナマエは気付いていなかった。今まで寂しいを、知ることも無かったのだ。

ーーーそれからナマエは訓練兵団へと入団し、ケニーの言う通り訓練に励んだ。

ナマエの自由になりたいという意思は、訓練兵団に入ってからの方がむしろ希薄になった。同期達との「人間関係」は、それだけでナマエにとっては真新しい世界だったのだ。良いか悪いか、日々を消化していくだけで何かが満たされた。寂しさを埋める行為に類似していたのかもしれない。

だから死ぬことも怖くなかった。紙一重のそれは自殺願望にも似ていたけれど、調査兵団という目標が、理由を正当化させてくれた。

そんな中で出会ったのが、リヴァイだ。

リヴァイはすぐにナマエのその思考を見抜いていた。生まれながらに不自由な生活を強いられてきたナマエが、突き抜けたような明るさで調査兵団に入りたいというその理由を。

けれど紆余曲折を経て、ナマエは生きる意味をリヴァイへと委ねた。地に着かなかった足を、確固たるものとしたのは全てリヴァイだった。

強くなれたと思った。「寂しい」はあり得なかった。戦い続ける限り、ナマエはリヴァイの側にいられる。生きていける。生きたいと、思える。

***

(その始まりがケニーだってこと、本当は忘れてないんだよ)

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