チルチルミチル | ナノ


▼ 5.ひずみに垣間見る

それはまさに頬をぶたれたような衝撃で。

「時間がねぇからさっさと決めろ!」

ーーー夜通し走って伝達に来たニファが口にしたのは、ヒストリアを次の女王として据えるという作戦だった。ナマエ達104期、もちろんヒストリアも含めてそれは全くの初耳。

「無理です」と青ざめたヒストリアを、リヴァイは彼女の頭を押さえつけて選択を迫った。


***


「ヒストリア」

サシャが小さくその名を口にして、彼女に駆け寄った。ナマエもはっと我に返り、蹲るヒストリアへと近寄った。

「ヒストリア、ねぇ……」

「やります。次の私の役目は女王ですね?」

ふ、と冷たい空気が流れた。
リヴァイは頼むぞ、と言いながらヒストリアに手を差し伸べる。

ニファは静かに話しを続けた。今後の調査兵団の方針だ。

現在壁の中の王は仮初めの王。その実権はロッド=レイス、ヒストリアの実父にあたる。調査兵団はこのロッド=レイスを捕え、民衆の前で仮初めの王からヒストリアへとその王位を転移させる。そして調査兵団としての協力体制が整えば、ウォール・マリアの穴を塞ごうとすることができる。

(このこと、だったんだ)

最近、リヴァイに対して抱いていた僅かな不安。それはリヴァイが容赦無い拷問をしていたり、ナマエに冷たい視線を浴びせたりといった理由ではない。

(このことをリヴァイ兵長は、隠してたんだ)

じっとリヴァイを見つめてみれば、彼は厳しい眼差しのまま佇んでいた。そしてそれよりも気になるのが。

(……みんな、不安になってる)

この作戦に。調査兵団の意向に。リヴァイの、発言に。

「さっきニファからも言ったが、作戦はこれから行う。エレン、ヒストリアはリーブス商会と一緒に行け。他の奴らは遠からずな場所で張る。目標を尾行し、ロッド=レイスを捕える」

誰も、返事をしなかった。
リヴァイは一同を一瞥し、続けて見張りの班分けを指示する。

「ハンジ班の増援は俺と前衛に就く。中衛にサシャ、コニー、アルミン、ジャン。後衛にミカサとナマエが就け」

「地図がいるかい?」

それまで押し黙っていたリーブス商会の会長が地図を取りだした。第一憲兵とリーブス商会がエレンとヒストリアを取引する場所は、彼等に委ねられているのだ。

「ああ、助かる」

リーブス商会の会長はテーブルの上に地図を広げた。ここに洞窟があってだな、と詳しい地形の状況を説明する。

「あの……万が一尾行が失敗したり、第一憲兵にこちらを悟られたりした場合は?」

気まずそうにアルミンが手を挙げた。

「作戦が破綻した場合だが、その時はエレンが巨人化するしかねぇだろうな。リーブス商会に捕えられた体だ、拘束と猿轡は必須になる。緊急事態には誰かしらエレンに傷をつけろ。ナイフも仕込んどくか……」

リヴァイが意味ありげに会長の方を向くと、彼は「それは任せてくれ」と軽く片手を挙げた。

「あと、わかってると思うが。ロッド=レイスを制圧する時。その時もお前が巨人化する時だ、エレン」

ぐ、と誰かの唾を飲む音が響いた。静かに目を見開くエレン。ナマエは話しを聞きながらも、リヴァイや同期達の顔色が気になって仕方なかった。

(……どうして私はこんな時、人の顔色を伺ってしまうんだろう)

怖いのだ。
作戦でも、巨人化をするエレンでもなく。些細なひずみが。

「聞いてるのか、お前ら」

後衛の位置に就くミカサとナマエの場所をリヴァイは説明していた。エレンを見ていたミカサと、目が泳ぎ続けていたナマエは揃って「はい」と返事をした。

***

慌ただしく立体起動を装着する最中、ミカサは「不安だ」と一言零した。

「弱気だね」

「みんなも、きっとそう」

ごった返す室内。けれど無駄口を開くのはミカサとナマエくらいだ。エレンとヒストリアの姿はもう無い。先にリーブス商会の馬車に乗っていた。

「エレンを囮にするなんて」

「しょうがないよ……そうしないと、なんとかいう人が捕まえられないんでしょ?」

「ロッド=レイス」

「そう、それ」

笑顔で答えるナマエに、ミカサはため息を吐いた。

「ナマエも気を付けて。もう殺されかけないで。私はエレンの心配しか、する余裕が無い」

「わかってるよ」

兵団支給の雨具を着込み、立体起動を隠して立ち上がった。入口の方ではコニーが「早くしろよ」と2人を手招いている。

「みんなもう準備終わったの?」

「お前らが最後だ」

馬車の中は104期生だけだ。
埃っぽいにおいが鼻をつくその座席の合間に、ナマエは腰を降ろした。

「ったく……どうなってんだよ」

一番奥に座っていたジャンが、膝の上で両手を組みながら呟いた。

「私はもう、同期にどんな人がいたって驚きませんよ。巨人と女王候補がいる代なんて、私達くらいでしょうから」

「ばっかサシャ。それ以上のネタが出て来たらどうすんだ」

「同期といやナマエ」

ジャンがそう言ってナマエに視線を移した瞬間、何かを察したようにアルミンが「ねぇ」と声を大きくした。

「やっぱりナマエとミカサは、後衛に就くんだね」

急に話題を振られ、ナマエは「そうみたいだね」と答える。

「……なんでお前らだけ外れたとこなんだ?」

「多分連絡要員だよ。2人はスピードが速いし……それに万が一憲兵が予想外の動きをしたときにも素早く対応できるだろうから」

「そういうことか……って、当のお前ら2人はわかってんのか?」

ぽかんとしたままのミカサとナマエに、ジャンは大きく手ぶりをして叫ぶ。

「大丈夫」

「わかってるよ」

少し語尾が上ずるナマエに「ほんとかよ」と項垂れるジャン。

サシャとコニーは励ますように左右からジャンの肩を叩いた。ナマエとアルミンもそれを見て表情を緩めた時、馬車の手綱を引いていた先輩兵士が「後衛位置についたよ、アッカーマン2人!」と振り返る。

緩みかけた空気は一瞬で引き締まる。2人は顔を見合わせて立ち上がった。

「気を付けろよ」

「ジャン達もね」

馬車の進む速度が緩んだ瞬間、ナマエとミカサは同時に馬車から飛び降りた。2人が着地したと同時、馬車はまた速度を上げて走っていく。

「ここからは私達も単独だ。ナマエも、無理はしないで」

「うん」

2人はぱちんとてのひらを合わせると、背中を向けて走りはじめる。

ミカサの気配はすぐに遠くなった。距離にして1キロを少し越えたくらいの地点でそれぞれに待機する。ジャン達中衛組も、ナマエ達よりエレン寄りの位置に1キロちょっと離れた位置だ。

ナマエは目標の位置に着くと草陰に身を潜めた。

エレン達が予定通り第一憲兵団に受け渡され、リヴァイ達が追跡を始めると、山鳩の鳴き声を模した笛の音が合図として使用される。決まったテンポで誰かがその笛を吹くと、そちらに向かう手はずだ。周囲に形振り構っていられない緊急の事態には、信煙弾でよしとなっていた。

(うまくいけばいいんだけれど……)

ナマエがそう思った瞬間、ミカサとは反対側の背後の繁みから足音が響いた。おそらく1人。すぐに感付いたナマエはひゅっと息を飲んで止めた。気配を、殺さなくては。ただの民間人だとしても、今は見つかると面倒な状況だ。

(早く行って)

しかしその願いも虚しく。

「おい、そこにいるのはナマエじゃねぇか?」

身を丸めたままナマエは目を見開き、それからすぐに立ち上がった。

「ケニー?」

3年ぶりに見た彼は、相変わらずにやりと口角を上げてナマエを見つめていたのだった。


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