チルチルミチル | ナノ


▼ 3.替え玉は上玉

「ね、さっきの替え玉作戦の話しなんだけれど」

薄暗がりの中、兵団支給の雨具を着込みながらナマエは静かに口を開いた。ナマエの意図する所に真っ先に気付いたミカサが、釘を打つように口を開く。

「ナマエ、その話しはもう終わった。ヒストリアの替え玉はアルミンだ」

「でもアルミンは男の子でしょ?女の子の中で体系が一番近いのは私じゃない?」

「俺もアルミンの方が適役と思うぞ」

「ああ。お前にヒストリアは……ちょっとな」

まさかのジャンがエレンに便乗する。ナマエはジャンに向かって「どういう意味?」と小さく睨んだ。

「アルミン!アルミンも、女装なんて嫌だよね?」

「う……いや、僕は」

如何ともしがたい顔でアルミンがナマエから目を逸らしていると、リヴァイが「おい」と呟いた。瞬間、104期生一同は背筋を伸ばし、全員がその無駄口を閉じた。

エルヴィンからの伝達が来たのは先達て。

リヴァイが燃やしてしまったその手紙の中には、調査兵団が今後王政に対立ーーークーデターを起こすということ、それから中央憲兵にリヴァイ達が狙われているという事が書かれていた。

おちおち悩んでいる暇もなく、一同は例の山小屋を離れて他の兵団員達との合流地点へと向かうのだが。

「アルミンより私の方が強いし」

「……それはちょっと傷つくよ」

とりあえず目下の作戦としては、ジャンとアルミンをエレンとヒストリアの替え玉として、見えない敵を誘き出すという作戦だ。人選は前歴のあるジャンと満場一致のアルミンで決したのだが、ナマエは納得がいかない様子。

先頭を歩くリヴァイからは大きく離れて、アルミンとナマエは後方から着いて歩いていた。

「なんか、ナマエはいつも通りだね」

「そう?」

「みんな黙って歩いているけれど、動揺してるよ。エレンとミカサはまた例外だろうけれど」

「アルミンだっていつも通りじゃない?」

「僕も怖いよ。ナマエと話しているからそんな風に見えるだけさ」

「なら、このままもうちょっとお喋りする?」

ナマエは声のボリュームを落とした。
前を歩くのはサシャとコニー。少し距離があるので、2人にも会話は届かないだろう。アルミンが頷くと、雨具のフードが彼の目を覆った。

「リヴァイ兵長がいるからかな。訓練兵団にいる時も、ナマエって強く見えたけれど。今は怖いもの無しに見えるよ」

「あはは。それは……あるかもね」

「ミカサと同じなのかな」

考え込む素振りをして、アルミンは大きな瞳を夜空へと移した。

「何が?」

「ナマエを憲兵団から助けたのがリヴァイ兵長だったから……ナマエはそんなにリヴァイ兵長が好きなの?」

ナマエは少し黙り込む。ちょうどジャンが「後ろついてきてるか?」と振り返った。大丈夫だよ、とアルミンが大きく手を振ると、ジャンも手を振りながらまた前を向いた。

「……そういうわけじゃない。それだけじゃないよ、アルミン」

「そう、なの?」

今度は先頭、リヴァイが「一旦集合しろ」と歩みを止めた。皆緊張して歩いていたのか、解けたような空気が流れる。

「続きはまた今度、アルミン」

「うん」

道の分岐点に出たようだった。立ち止まったリヴァイのもとに、ナマエは少し駆け足で歩み寄る。アルミンはそれを微笑みながら見送り、ジャンは少し険しい顔でナマエの背中を見ていた。

***

荒く置かれた資料に、トラウテ=カーフェンは目を落とした。

「……調査兵団の資料で?」

「そんなとこだ」

ケニーは持っていた資料の代わりに、傍らにあった帽子を深くかぶった。どこか口角の上がった彼の表情を見て、トラウテは「お嬢さんですか」と付け加える。

「どうやら入団は出来てたみてぇだな」

「ハーゼ家まで行ったのに、例の兵士長に先を越されていましたからね」

皮肉を孕んだ事実に、ケニーは「はっ」と肺を膨らませながら笑った。

「あのどチビどもめ」

「一緒になって来るんじゃないですか。立ち向かってくるんでしたら、私もお嬢さんに銃口を向けなくてはならなくなりますが」

「今更わかりきったこと聞いてんじゃねぇ。そうなりゃ迎え撃つまでよ」

「自分で育てておいて殺すなら、ざまはないですね」

調査兵団への対抗組織として、ケニーを隊長に据えた対人立体起動部隊が設立された時から、このトラウテはケニーの右腕のような恰好でいつも側にいた。そしてケニーが売られた子供の面倒を見るという、その不可解な成り行きも見知っていた。

本当に不可解だった。

おおよそ人の親とは言い難い面倒のみかたではあったが、ケニーは確かにナマエを1人で生きて行けるように導いていた。しかしその送り出した先は、自分とは対抗する組織の中。

「……何度か聞きましたが。どうして調査兵団だったんですか」

「さぁなぁ」

笑って、はぐらかす。
そこにあったのは愛情なのか、目的なのか、気まぐれなのか。

「未だに……アッカーマンとなっているじゃないですか。ナマエの名は」

「この話しは仕舞いだ。それにな、次あいつと会う時は俺らの敵だ」

「わかってますよ。手加減なんて、微塵もしません。私も、目的のためなので」

「それでいい」

お茶を淹れてきますと言いながら、トラウテは静かに部屋を出た。それを確認してから、ケニーは手元にあった資料を暖炉の中へと放り込む。ばさりと鳥が羽を広げる様に、資料には火が移り、瞬く間に灰になった。呆気ない。何もかも、呆気ない。

ナマエとリヴァイの名を刻んだ資料の炎が、ケニーの頬を温めた。じんと熱くなる。炎の奥に2人の顔を思い浮かべ、それを振りかぶるかのように、ケニーは帽子のつばを深く降ろした。


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