チルチルミチル | ナノ


▼ 3.瓶詰めハート

ナマエは現在、訓練兵団2年目を半年過ぎた頃である。

そんな訓練兵団では半年ごとに成績結果が発表される。半期のトータルの成績を総合し、順位をつけるのだ。

一週間前から常に脳内がお花畑になっている状態のナマエだが、この中期成績ではトップだった。成績をつけられるタイミングがもう少し遅かったらひどい結果だったかもしれないと思ったが、やはり自身の頑張りが認められたのは嬉しい。

「負けてしまった」

出された成績表を見て、ミカサは呟く。

「この間の対人格闘の結果が違ってたら、ミカサのが上だったよ」

「まさかあれでナマエに負けるだなんて思わなかった」

「違うよ。ミカサ、手加減したでしょ?」

う、とミカサは一瞬怯む。

偶然にも同じ姓を持つナマエとミカサ。ナマエもミカサも黒髪だけれど、ナマエの方は毛先が栗毛で少しカールがかかっている。顔つきに似た要素はまるで無い。
しかしアッカーマンとお互いで自己紹介をした時、お互いが驚いた。

ミカサは遠い親戚なのではと思ったが、ナマエに言わせるとナマエの姓は訓練兵団に入る際、手引きをしてくれた世話人の名前を借りているだけだとの事だった。
しかしナマエの出自に関しては、ミカサも目を逸らせないものがあった。あの時エレンに助けられていなければ、自分もナマエと同じ場所にいたかもしれない。

そんな諸々から、ミカサの中でナマエは友達というより同類というような感覚が芽生えていた。年齢は少しナマエの方が上だけれど、その見た目や雰囲気から妹のように接する事もしばしば。

寝床も隣同士になり、2人の仲はこの1年半でとても深いものになっていた。他人にも自分にもドライなミカサだが、ナマエにだけはどこか甘い。エレンともまた違った意味で。

「今度は全力で勝負だからね!」

「ナマエに怪我はさせられない。こんなに小さいのに」

ナマエの頭の上に手を置いて、ミカサは困った様に目尻を下げる。

「もう、ミカサってば」

あはは、と笑いながらナマエはミカサにじゃれついた。

「なーんか楽しそうですね、お2人さん」

大きな木箱をかかえ、ミカサとナマエの間を通ってきたのはサシャだった。

「今週はサシャが当番?」

ミカサがそう尋ねると「ええ」とサシャは微笑む。サシャが持っていたのは郵便箱だ。週の初めに、故郷や知人に手紙を出したい者は、この郵便係りにまとめて渡すことになっている。

「今週はこの成績発表がありましたからね。郵便が多そうです」

「そっか。みんな故郷の家族に結果を報せるんだね」

「そのようですね。私はしませんけれど。ナマエも誰か報告したい人が?」

何の気無しにサシャはそう尋ねる。そこでぽん、とナマエは閃いた。

「そうだ……手紙!手紙だ!サシャありがとう、天才!」

故郷なんてものはナマエにもないけれど。
けれど今となっては、その故郷にも感謝したいくらいの口実だ。

「ナマエ?ちょっと待ってナマエ」

くるりと踵を返して寮へと走るナマエ。ロッカーから一番上等な……といっても、粗末なそれには違いないが、彼女の中では精一杯のレターセットを引っ張り出した。

固い教科書も一冊引っ張り出すと、それを下敷きにナマエは自分の寝台スペースにうつ伏せになって筆を取った。

「……誰かに手紙を書くの?」

「うん。今サシャのお陰で思いついて」

頬を染めて手紙に向き合うナマエ。いささかむっとした様子のミカサは「例の調査兵団の人?」と声色を低くする。

「よくわかったね、ミカサ」

「最近ナマエはぼーっとしてることが多い。どうせ、その人のこと考えているんでしょ」

「ね、ミカサはエレンのこといつから好きなの?」

突然話題を切り替えられて、ミカサは慌ててマフラーに顔を埋める。

「エレンはそういうんじゃない。家族」

「ふぅん。でも私もそういんじゃないよ……なんていうか、気になるの。リヴァイ兵士長も、私と同郷みたいなこと言ってて」

「同郷って……地下?」

「詳しくは教えてもらえなかったけれど、多分」

そう、とミカサは視線を伏せる。

「でも、好きってどういう感じなんだろう。確かにね、私最近リヴァイ兵士長のことばっかり考えてる。たった2回会っただけなのに。ねぇ、好きとミカサのいう家族ってどう違うのかな」

「そんなこと私に聞かれても……そういうのはハンナのがよく知ってるんじゃないの」

オシドリ夫婦のハンナとフランツ。確かに色恋沙汰なら、彼等の方が詳しそうだ。そうかな、とナマエは視線を泳がせて、手元の便箋に視線を落とした。

「こういうのも、好きって言うのかな」

ーーーこれは、恋なのだろうか。



リヴァイ兵士長様

突然お手紙を差し上げて申し訳ありません。先日は一度ならず二度までも助けて頂き、ありがとうございました。

今日訓練兵団の中期成績発表で、トップをとることができました。あの日、リヴァイ兵士長に助けて頂けなかったら、この結果を見る事もなかったなと思うと、どうしてももう一度お礼が言いたくて。

本当にありがとうございました。



豪奢な蝋印がされた封筒の間に、それはひっそりと挟まっていた。薄いインクの華奢な文字。ナマエ=アッカーマンから届いた初めての手紙を、リヴァイはその日一番に開けた。

(……ああ見えて優秀なのか)

そうは言っても、リヴァイは訓練兵団を出ていない。それがどれくらい優秀な感覚かわからず、ちょうど側にいたミケに問いかける。

「なぁミケ。訓練兵団の中期成績発表とやらで、トップをとれるのはどれくらすごいことだ」

突然の質問にいぶかしげにしながらも、ミケは「そうだな」と腕を組む。

「……中期成績は卒業試験上位者のたたき台になるようなモンだ。卒団後の身の振りが決まるといっても過言じゃねぇくらいか」

「そうか。変なことを聞いたな」

「ああ、変だな。どうした?」

「……再来年の有望なる新兵の視察といったところか」

半ば独り言のようにしてリヴァイは立ち上がる。その日はちょうど、シーナへと用事がある日だった。

***

夕食や入浴、自主学習などを終え、ナマエはいつものように少ない自由時間をミカサ達とお喋りして過ごしている時だった。

女子寮の外から「ナマエ=アッカーマン、面会だ」と女性教官の声が響く。

「私に面会?」

どれだけ考えても自分に会いに来る人などいないのに。とナマエは首を傾げなら外へと出る。

「門の外の馬車の中で待っているそうだ。門限までには戻れ」

「あ、はい」

教官がさっさと踵を返したので誰かとは聞きそびれて、ナマエは言われた通りの兵舎の門へ向かう。そしてそこに停まっていた馬車を見て、目を見開いた。

(……そんな、まさか)

そろそろあの手紙は届いた頃だろうか。そんな風に毎日思いながら過ごしていたのに、まさか。

震える手で馬車の扉をノックすると、中からは「入れ」と低い声。

「あの、リヴァイ兵士長」

「中に入って扉を閉めろ」

素早くそう言われたので、ナマエは慌てて馬車へと乗り込んだ。今日はリヴァイ1人のようで、ナマエはリヴァイの向かい側へと腰かける。

「ほら」

何をどう切りだせばいいのだろう、とナマエが口を開くより先にリヴァイから手渡されたもの。

「これは?」

「褒美だ。中期成績とやらがトップだったんだろう?」

薄いオーガンジーで包まれた丸い瓶の中には、ぎっしりとキャンディが詰まっていた。まるでナマエのときめく心を詰め込んだかのような、カラフルなキャンディ。

「あの、あの私そんなつもりじゃ」

嬉しい反面、これではリヴァイに気を遣わせるためにあの手紙を書いたようだとナマエは涙目になる。

「気にするな。餌付けだ」

「え?」

「それを食って卒団するまで成績を落とすんじゃねぇ。どうせ入って来るなら、首席で来た方が聞こえがいいだろうが」

いささかナマエを睨みながらリヴァイはそう言ったが、手渡されたそれは誰がどうみてご褒美だ。生まれて初めて誰かからもらうご褒美。

あの手紙をリヴァイが読んでくれたことも、読んで、ナマエのことを思ってこれを買ってきてくれたことも。何もかもが嬉しすぎて、ナマエは胸がいっぱいになった。

「嬉しすぎて、とてもじゃないけれど食べられません」

「オイ、ちゃんと食え。腐っちまう」

「キャンディなんて、初めて口にすると思います」

「だろうな」

少し、リヴァイの目尻が優しくなる。

「……本当にありがとうございます」

「お前はそればっかりだな」

「あはは、そうですね。でも感謝してもしきれなくて……でも、あの」

ナマエはぎゅっと瓶を握りしめる。もっとリヴァイを知りたい、側にいたい、好きかもしれない。

「……こんなにして頂いておいて、さらに不躾なんですけど」

「ああ?」

「もしお時間があれば、リヴァイ兵士長の立体起動を見せて頂きたいです。こんな訓練兵の分際で本当に失礼かもしれませんけど、あの」

あたふたと言いわけを付け加えていると「次の休日はいつだ?」とリヴァイはナマエを見る。

「……10日後です」

「そうか。その日の午後なら時間がある。表立って訓練を見せるわけにはいかねぇが、調査兵団の庭ん中を散歩するくらい構わねぇだろ。私服で来いよ」

「いいんですか?!」

瓶詰のキャンディを握ったまま、同じ輝きを目にナマエはリヴァイを見上げた。

「ああ。……そういやそろそろ門限とやらがあるんじゃねぇか?ガキは寝る時間だ」

「はい。はい!あの、リヴァイ兵士……」

「兵長だけでかまわん。お前の言い方はめんどくさい、ナマエ」

でも、とナマエは口ごもる。

「俺が言ってるんだ。かまわん」

「はい。リヴァイ、兵長」

ぺこりと頭を下げ、ナマエは胸に大切なときめきを抱えて馬車を降りる。

「ありがとうございました」

ああ、とリヴァイが返事をすると扉が閉まる。
門限の鐘が鳴るまで、ナマエはずっと馬車が去っていった方角を見送っていた。

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