チルチルミチル | ナノ


▼ 4.怪我の功名

あ、しまった。

ナマエがそう気付いた時にはもう遅かった。彼女を呼ぶアルミンの悲痛な声が木々の間に響く。

「大丈夫じゃなさそうだね」

近くにいたアニが、すぐにアルミンとナマエの側にアンカーを放ってきた。

「どうしよう、ナマエが」

「担架か何かがいるね。教官を呼んで来れる?」

アニがそう言うと、アルミンはしっかりと頷いてアンカーを放った。残されたアニは、なるべく刺激を与えないようにそっとナマエに触れながら声を掛ける。

「ナマエ、大丈夫かい?」

ナマエの左の二の腕には、落ちてきた刃がぐっさりと刺さっていた。

***

各兵団の中にはそれぞれ医務室が存在する。しかしあくまでそれは簡易的なものであって、大掛かりな怪我や病気になると、どの兵団もトロスト区駐屯兵団本部の診療所に行くことになっている。

リヴァイは3日前に壁外調査から帰還していたところで、今日は負傷した部下の様子を見に、この診療所を訪れていた。

重症を負った者も数名いたが、診療所に運ばれた者は皆一命をとりとめていた。医師の話しによると、時間はかかるが兵士としてまた復帰できるという。

(……帰ったら書類の山、だな)

さて、そろそろ調査兵団本部に帰るかとリヴァイがマントを羽織った時だった。

「ナマエ、ナマエ?!ここに来る途中から意識がなくて」

悲壮な少年の声が院内に響き渡る。その名に覚えのあったリヴァイは、運び込まれた治療室の廊下からそっと中を覗き見る。

小柄な金髪の少年と少女が、担架に乗せられたナマエを心配そうに囲んでいた。

「どうしたらこんな風に刃が刺さるんだ」

手元では治療を始めながら、医師が鋭い眼差しで2人を睨む。

「僕とナマエが着地しようとしていた時、上にいた人が刃を取り換えていたんです。それが振ってきて。ナマエは僕を庇おうとして」

そこまで言うとアルミンは「僕のせいだ」と視線を落とした。

「アルミンのせいじゃないよ。上にいた奴は誰だったの?」

「フォルクマーだよ。気付かないフリして逃げていったけど……」

アルミンがそう言うと、アニは小さく舌打ちをする。

「そいつは懲罰もんだな。傷自体は深くないが、出血がひどい。貧血を起こしている。数日は入院だな」

医師がそう言うと「それは困ります」と治療を受けているナマエが小さく口を開いた。

「ナマエ、気が付いた?大丈夫?!」

「痛いけど平気……私が勝手に怪我しただけだから、アルミンは気にしないでね」

「でも」

「それより先生。私、明後日大事な用事があって」

ナマエは懇願するように医師を見上げたが、彼は厳しい眼差しのまま首を横に振った。

「どんな用事かは知らないが、三日は入院だ。それ以降の経過はお前の体調によるだろう」

「そんなぁ……」

「4日後からの野営訓練も無理なんじゃない」

思い出したかのようにアニが呟く。
野営訓練はリヴァイとの約束の次の日から5日間の予定で、厳しいものではあるが、ナマエはいささか楽しみにしていたのだ。

「な!」

ナマエは愕然として、怪我をしていない右手で額を覆った。

「もう、ドジったなぁ……」

「そうだな。訓練兵、彼女の着替えを持ってきてくれるか。三日は帰せんと教官に伝えてくれ」

医師がそう言うと、アニは「わかりました」と言って退室する。

「じゃあ僕も一旦帰るよ。ナマエ、着替えの他に何か持ってきてほしいものはある?」

「あ、あのねアルミン。ミカサに言えばわかると思うんだけど……枕元の宝物持ってきて」

「枕元?」

「うん。そう、ミカサに言えばわかるから」

「わかった。必ず持ってくるね」

そう言ってアルミンもアニに続いて部屋を出る。
小走りの2人を廊下の影から見送って、リヴァイはそっと部屋の中へ入った。

「ナマエ」

低い声が彼女の名を呼ぶと、何かの条件反射かのように飛び起きるナマエ。

「こら、まだ起きちゃいかん!」

医師に肩を押され、「でも」と抗議の声を上げながらベッドに横になるナマエ。

「偶然通りかかっただけだ。怪我の様子は?」

リヴァイが医師に向かってそう尋ねる。

「縫合は今終わった。後は鉄分を摂って休むだけだな。こういう怪我の時は発熱することが多いから、体が熱いと思ったら私を呼ぶように」

ナマエとリヴァイ、それぞれに言って聞かせる様に医師がそう告げると、彼もまた部屋を出ていった。壁外調査が終わったばかりで、医師も多忙なのだ。

部屋の扉が閉まり、2人きりの空間になるとリヴァイはナマエのベッドに腰かけた。

「あの、リヴァイ兵長」

「なんだ」

「明後日、私から言いだしてお時間頂いていたのに。行けそうにありません……」

「見たらわかる。しっかり休め」

「なんだか私、リヴァイ兵長にかっこ悪い所しかお見せしてませんね。情けないです」

今にも泣き出しそうな顔で、ナマエはリヴァイの横顔を見上げた。リヴァイもナマエを見下ろしていたようで、自然と視線が絡んだ。

「そうだな。それで成績トップたぁ、なかなか信じがたい」

ふんと鼻を鳴らすようにして、リヴァイが笑う。

「リヴァイ兵長……って、優しいんですね」

「あぁ?俺のどこをどう見たらそうなる」

「いつも、気遣ってくださいます」

リヴァイの右手がナマエの額に伸びる。その時、リヴァイの胸の内にも僅かな疑問が浮かんだ。

確かにーーー
最初にナマエを助けた時も、次に井戸から助けた時も。どちらも偶然ではあったけれど、自分はやけにこの少女を気に掛けている。

助けた理由は、同郷の者がそれを理由にからかわれていたから。それは自分も侮辱されたような気分になったからというキッカケであって、それ以降はもう関係ない。ナマエのために、リヴァイ自身が動いていた。なぜなら。

「ナマエ、お前……」

「はい」

「同期達の間で妹みたいとか言われてねぇか?」

すとん、と降りてきた言葉を口にしたリヴァイ。それを聞いて、ナマエは目を見開いてリヴァイを見上げた。

「どうしてそれ、リヴァイ兵長が知ってるんですか?」

「やっぱりな」

「誰かから聞いたんですか?」

「いや、そう思っただけだ」

ええ、と困惑しながらナマエは赤面する。

(そうか。こいつの放っておけない雰囲気は)

成績もよく、協調性もあってしっかり者。なんでも一人でこなしてしまいそうなのに、どこか心には壁を作っていて。

(……妹がいたらこんな感じなのか)

同期達もそう感じているのだろうとリヴァイは思った。更にリヴァイにとっては、そう思わせる理由が多分にあった。

なんとなく、あやふやなままナマエという存在を認識していたが、心の中でそう定義付けると、急に一層の愛着が沸いてくる。

しかしそれを口に出すことは決してしない。
何かを誤魔化すように、リヴァイは少し乱暴にナマエの頭を撫でる。

「……さっき外で聞いてたんだが、野営訓練とやらがあったらしいな」

「聞こえていたんですね。はい、そうなんです……きっと、私だけ宿舎でお留守番です」

しゅんと悲し気な顔をするナマエ。楽しみにしていたんだろうな、とリヴァイは推測する。

「その間、俺の仕事を手伝うか」

「え?」

何を言っているかわからない、という風にナマエは上半身を起こした。

「右手が使えりゃ、書類の整理くらいは出来るだろう。体調が悪けりゃ休んで構わん。合間に、立体起動を見せてやることくらいは出来る」

「いいんですか……?というか、訓練兵がそんなこと出来るんでしょうか」

「お前がやりたきゃ話は通しておく。どうする?」

ナマエに悩む余地は無い。

「やります、やります絶対!やらせてください!」

「ああ。その変わり具合が悪かったら休め、いいな」

「はい」

ナマエが照れ隠しの様に布団を口元まで持ち上げると、リヴァイは満足そうにまたナマエの額を撫でた。それが退室の合図であったようで、リヴァイはゆっくりと立ち上がる。

「リヴァイ兵長……」

「なんだ」

「私、全力で治して、ちょっとでもお役に立てる様に頑張ります」

リヴァイはまた「ああ」とだけ返事をすると、今度こそ部屋を出て行った。

それから数時間後、戻ってきたアルミンとアニは、上機嫌なナマエに揃って首を傾げたのだった。



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