チルチルミチル | ナノ


▼ 14.静寂に響く足音

「待って、待ってよ」

ナマエがそう声を張り上げたが、前を行くロングコートの男は振り向きもしない。つばのついた帽子を深くかぶり、男はナマエの声などまるで聞こえないように振る舞っていた。

「待ってったら」

必死に走っているつもりだった。けれどどうしてかナマエの両足は、ナマエの意思をまるで無視してしまったかのように動かない。

「お願い、待って、置いて行かないで!」

半分泣きそうになっていた。すると視界の端に、黒い影が横切る。小さな少年の姿をしていた。手足は棒のように痩せて頭はぼさぼさ。ナマエの腰よりも小さな少年は、ナマエが呼ぶ男の方へと走っていく。

(……誰?)

「おい、何やってんだナマエ。置いて行くぞ」

男は振り返る。
少年も、振り返る。

「ケニー……その子、誰?」

***

壁の中に巨人が現れたーーーー

そう報告を受けて、女型の巨人捕獲作戦に参加していた調査兵団の一行はエルミハ区へと向かっていた。先ほどまでは乗り合わせた荷馬車の中でハンジやアルミン、エレンとミカサ、そしてリヴァイにニック司祭が口々に言葉を交わしていたが、壁に近付くに連れて皆閉口していた。

そんな中で荷馬車に揺られることしばらく。ナマエは気付けば少しだけリヴァイにもたれかかり、瞳を閉じてしまった。

「寝ちゃってた……今」

時間にして数分程度。しかし慌てた様子でナマエは起き上がる。リヴァイは少しだけナマエに視線を落とし、何事もなかったかのように正面を向いた。

「……お前さぁ、大したもんだよ」

驚きと呆れとを半々にしたような調子で、エレンが呟く。

「物騒なモン仕込んだリヴァイにもたれかかれるのなんて、ナマエだけだろうね」

さすがのハンジも乾いた笑い声。

「そろそろ着きますよ」

アルミンの視線の先には開閉門が見えていた。先に着いた調査兵団の一行が、松明を焚いて周囲を照らしている。

(もう、エルミハ区……)

この場所はかつて、ナマエがケニーと2年間を過ごした場所でもあった。

***

ニック司祭の証言により、一行はクリスタのいる104期生のもとへと向かうことになった。ハンジを初めとしたメンバーがリフトや馬の用意に走る中、リヴァイはナマエの首根っこを掴む。

「お前は残れ」

「えっ」

当然のようにハンジに着いて行くものだと思っていたナマエは、困惑した瞳でリヴァイを見上げた。

「104期生隔離の目的は、ナマエの殺人未遂の件もあるんだ。向こうの状況はまだわからない。ナマエは残っておきなさい」

走り回っていたハンジも足を止めて、ナマエにそう命じた。

「わか……りました」

しゅんとナマエが肩を落とすと、左右からミカサ、アルミン、エレンが軽く肩を叩いた。

「お前まだ怪我もあるんだしさ。体力温存しとけよ」

「エレンも、無茶してミカサに心配掛けないでね」

エレンは少し不服そうに顔を歪め、ミカサはこくりと頷いた。

「出発する前に一旦、全員こっちに集まってくれるかい?」

周囲を往復する兵士全員に向けて、ハンジが声を張り上げた。手には数枚の書類を持っている。ナマエ達新兵4人も顔を見合わせ、そのテーブルの前に集まった。

「104期生の戸籍を調べ直した件なんだけれど……」

ナマエの耳には、まだ一切入っていなかった話しだ。
戸籍調査の結果、ライナーとベルトルトの2人がアニと同郷であった。そしてアルミンが女型と対峙した時のこと、リヴァイがナマエを助けに行った際居た2人がライナーとベルトルトであったこと。

それらを総じて、ハンジは2人をアニと同じ巨人化できる人間と推測し、その疑いがかけられていることを悟られないように、とその場の兵に説明した。

「みんな、いいね?」

ハンジがそう声をあげると、兵士達は「了解」と声を揃えた。

「……そんな所まで、調べがついていたんですか」

「ああ。お前を助けに行った時居合わせた2人は、多分そいつらだ。アルミンの言っていた外見に酷似していた」

「ライナーとベルトルトが……私を?」

青白い顔で、ナマエは首元に手を伸ばした。

「彼等が……どうしてナマエを殺そうとしたか。それはまだ定かじゃないけれど、本当にもう何も覚えはない?何か思いついたことを口走ってしまった、とか」

「そうだな。こいつは存外、寝言も多い」

アルミンの質問に、リヴァイが付け加えた一言で一瞬場が静まり返る。ミカサは審議所にいた時の勢いで、リヴァイを睨んだ。

「いえ……あ、でも。あの時も、夢を見ていたような」

「夢?お前、ほんっとどこでもすぐ寝るのな」

エレンが呆れたように言うが、反論できる余地は無い。

「うん。確か……縄跳びしてたような気がする。あの時、夢の中で」

周囲を取り囲んでいた兵達は少しずつ解散していた。皆、持ち場に戻っていったのだ。出発の時は近い。ミカサは手を組んで考え込むナマエに「1人で?」と尋ねた。

「よく覚えてないけど……確かコニーとやってて。窓からライナーとベルトルトが見てて……アニを誘った」

リヴァイが「それだ」と呟いた。

「アニの名前を、口走ったのかもしれないね。寝言で」

2人が巨人だという信憑性が高くなる。ハンジは「寝言でね」と小さく呟いてから「そろそろ行こうか」と周囲を見回した。

「こっちは頼んだよ、リヴァイ」

「そっちもな」

エレンを筆頭に、ミカサとアルミンもナマエを見て頷くと駆けだした。3人の背中を見送り、ナマエは深いため息を吐く。

「……待ってるだけも辛いですね」

「こっちはあのジジィのお守りだな」

「殺さないでくださいよ?私、リフトを上げるの手伝ってきます。すぐに戻りますので」

「ああ」

ナマエの姿も無くなり、静かになった室内でリヴァイは1枚の書類を取りだした。ナマエの戸籍である。

ナマエが最初にリヴァイの元に訪れた時も、初めてのベッドの上でも。場違いな場所に彼の名前は出てきていた。知らないふり、気付かないふり、同姓同名なんているものだろうーーーそんな風にリヴァイは自分に言い聞かせていた。

父親の欄にあたるのはケニー=アッカーマンの名前。彼女を連れ出し、調査兵団へ入るように仕向けた人物。

もう一度戸籍に目を落とし、リヴァイはそれをくしゃりと握り潰した。

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