▼ 15.再編成
リヴァイとナマエは、ハンジが手続きした兵舎へとニックを送り届け、調査兵団本部へと帰還していた。まだ女型捕獲作戦の後始末も多分にある。他兵団との連絡、手続き、そんな諸々をしている中、ライナーとベルトルトを追った調査兵団一行が本部へと帰還してきたのは、翌日のことだった。
「……帰って来たの、ここのみんな……だけ?」
まだ厩で兵士が雑多とする中、ナマエは震える声でそう呟いた。
「そう言うなよ。これだけ生きてるのが奇跡って感じだぜ。あと重篤な怪我を負った奴らは治療所だ。エルヴィン団長もな」
エルヴィン団長と共に増援として参加していたジャンは、周囲を見回して深いため息を吐いた。茫然と立ち尽くすナマエの後頭部を、コニーが軽く殴る。
「ってか、生きてんじゃねーか。お前」
「コニー……ごめんね。色々あって、そういうことになってて」
「元気に生きてんなら、あっちでクリスタ慰めてやれよ」
コニーが親指でクリスタの方を指さした。少し離れた場所で、沈んだ顔をしたクリスタが馬を繋いでいる。
「クリスタ?そういえば、ユミルの姿が見えないけれど」
「……ユミルの名前は、口にしない方がいいぜ」
ユミルも巨人化できる人間だったこと。ライナーとベルトルトは正体を現して、ユミルを連れて行ってしまったこと。エレンは無事に帰って来れたけれど、兵の半分以上が損失してしまったことーーー
状況はこれ以上ないくらい、絶望的だ。
***
兵士達が各々宿舎に入った頃合いを見て、ナマエも女子寮へと戻った。サシャとミカサは治療所の方にいたので、ナマエ達104期生達が使っていたベッドのまわりにはクリスタだけがぽつんと座っていた。
「……ヒストリアって、私も呼んでいい?」
「ナマエ」
「さっきコニー達から色々聞いたんだ」
うん、と頷きながらヒストリアは視線を床に落とした。
「生きてるなら、早く言ってよ。私、本気で泣いちゃったんだから」
「さっきコニーにも怒られた」
ナマエはヒストリアの隣に腰かけた。まだ兵団の制服から着替えてない所を見ると、帰還してきてからそのままでいるような雰囲気だった。
「置いて行かれるのは、辛いよね」
「簡単に言わないで。ユミルのことは……私」
ヒストリアの目に涙が浮かぶ。決して彼女を泣かせたいつもりで言ったわけじゃなかったナマエは、少し狼狽えてヒストリアの肩に手を置いた。
「……ナマエも、誰かに置いていかれたことがあるの」
「え?」
「今、そんな口ぶりだったから」
ーーー誰かに。
ナマエの人生はここ数年で始まったばかり。そんな出来事は、思い当たるうちは1つしかない。
「うん。置いて行かれたっていうのとは、またちょっと違うと思うけど。でも、今はそうなってよかったって。心底そう思ってるよ」
「私には、そんな風に言える日が来るなんて思えないけれど」
「今は……そうだよ。だって、2人はいつも一緒だったから」
青空をビー玉に閉じ込めたような、キラキラした瞳からは大粒の涙が溢れた。ナマエはそれが切なくて、ぎゅっとヒストリアを抱き寄せた。
「ユミルに怒られるだろうなぁ。こんな所見られたら」
少し冗談めかしてナマエが言うと「チビって言われるんだよ、きっと」と腕の中のヒストリアが小さく呟いた。
***
文字通り兵力が半分になった調査兵団内は混乱していた。新兵であるナマエ達にも負担は大きい。その上団長であるエルヴィンは右腕を無くし、未だまともに会話も出来ない状態だ。幹部組の面子も減ってしまい、ハンジとリヴァイが主に指揮をとって兵団を動かしていた。
エレン達が帰還してから2日目のことーーー
モブリットに頼まれた書類を届けに、ナマエはリヴァイの執務室を訪れていた。形式上ハンジ率いる分隊の班に所属しているナマエだが、付き合いが長いという理由でリヴァイに関する仕事を回されることは多い。書類を置きに無断で入室することをリヴァイは一部の兵に許してはいたが、実際それが出来るのはナマエとハンジくらいなものだった。
(この書類を置いて、あと稟議書の様子をーーー)
几帳面なリヴァイはあまり机の上に物を置かない。けれど急ぎの書類や、稟議書の類はきちんと机の端にまとめられているのをナマエはよく知っていた。モブリットから預かった書類にはメモを残し、他の書類を少しだけ覗き見する。
その中に、リヴァイらしくないくしゃくしゃになった1枚の書類が挟まっていた。ハンジあたりが、稟議書に折り目を付けても怒るような人だ。一度丸めて広げたようなその書類を、ナマエは手に取った。
(私の……戸籍?)
それは訓練兵団に入団する際、急ごしらえで作成したものだった。ぎりぎりの所で出たらめに仕上げたもの。作ったのはケニーだ。
(どうして)
先達ての件で、ハンジが104期生の戸籍を調べ直している件は知っている。けれどまさか、自分の分までがあるとは思ってもみなかった。リヴァイがそれを持っている理由もわからない。
「……来てたのか」
扉が開く。部屋の主が入ってきたのを見て、ナマエは慌てて戸籍を書類の一番下に仕舞った。
「すみません。書類を届けに来ていて」
「調度よかった、茶を入れてこれるか」
「よろこんで」
取り繕うようにひとつ笑顔を作ってみせると、ナマエは慌てて給湯室の方へと走った。心臓が高鳴る。ポットを持つ手も、震えていた。
紅茶を淹れて執務室へ戻ると、リヴァイはソファに深く腰掛けていた。
「お疲れですね」
「あぁ……」
背もたれに頭を預け、天井を見上げるリヴァイを横目にナマエは紅茶を注いだ。
「正式な通達はまだ先だが……」
「はい?」
「新しい俺の班を編成し直した。エレンを含めたお前ら104期連中と俺とだ。新しい班で、エレンとヒストリアを匿う」
「それって、私もってことですか?」
「そうなるな」
ナマエは心のどこかで、リヴァイが自身の班にナマエを入れる事は無いだろうと思っていた。2人の関係を鑑みるとそれは至極全うな判断とも思っていたし、仕方のない事だと割り切っていた。
「意外です」
「あぁ?」
「いえ……こんな状況で不謹慎ですが、リヴァイ班に入れるのが。素直に嬉しく思います。頑張ります」
「お前とエレン達は……仲がいいだろうが」
「はい。大事な、仲間ですので」
ナマエがそう言うとリヴァイは黙って頷き、紅茶を傾けた。室内には自然な静寂が訪れる。
一呼吸置いてから、ナマエは「私はこれで」とリヴァイに背を向けて扉に手を掛けた。
ドアノブを捻ろうとした所で、音も無く立ち上がったリヴァイがその手を止めた。リヴァイのもう片方の手はナマエの頭の上に伸びており、ちょうどナマエを見下ろすように、リヴァイがナマエを睨んでいた。
「リヴァイ、兵長?」
「そういうわけで、明日からはお前ら新兵と共同生活だ。お前も遅くまで忙しいだろうが、今夜時間が出来たら俺の部屋へ来い」
「……それって」
「何時でも構わん。勝手に奥で待っていろ」
奥、とはリヴァイは私室の方のことだ。
「その時は、リヴァイって呼んでいいんですか」
「そう言っただろ」
そのままの体勢で、リヴァイはナマエの額に軽いキスを1つ。
(不安に思っているのが、伝わってしまったのかな)
たとえベッドに入らなくてもーーーリヴァイがしてくれるならば、額のキス1つで底知れぬ不安も薄れてしまう。ナマエの進むべき道には、いつもリヴァイがいるのだから。
The end of
「3.wood nymph」
「3.wood nymph」
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