STORY | ナノ

▽ 五月の付き合い方


ハイカラシティ。朝も夜も変わらず騒がしいインクリングが集う場所。
いつの間にか定位置と化したベンチ。その後ろにある駅。
ベンチから覗く限りでは誰かがいたところなんて見たことがなく、近くにあるのに、ハイカラシティとは打って変わって寂しい場所だった。
しかし電車は俺達の知らないところで働き続けている。
発車の合図が鳴る。酷く浸透されたメロディが、今思えばとても恐ろしく感じた。



あちらこちらで内緒話やら下品な笑い声が聞こえる。折角来ているのに気が滅入って仕方ない。
「へぇ。フチドリって最近来た子なんだ」
エンギが口をもぐもぐさせて言った。頬張りすぎたのか、口の端から少しこぼれる。せめてもう少し飲み込んでから喋ってほしい。それが伝わったのか、エンギは急いで水と共に飲み込んだ。急ぎすぎて咳き込むエンギの背中を隣に座るケイが優しく叩いてやる。こいつ、本当にガールなのか。
俺達は今、ハイカラシティでも指折りで有名らしい飲食店に来ていた。らしい、というのはエンギからの受け売りだからである。最初は半信半疑だったが、いざ来てみるとそれは本当だったようで、席に通されるのにも二十分くらいは掛かった。大して食に興味のない俺としては騒がしくないところが良かったが、エンギ曰く「折角チームになったんだしいいところに食べに行きたい」らしい。意味が分からない。その上ケイもそちらに賛成したので、数的に俺の意見は通らず終いとなってしまった。特にケイ。フレンドが増えたからといってそいつを甘やかしすぎなんじゃないのか。
「じゃあわたしの後輩だね」
「だからなんだよ。先輩を敬えってか?」
「違うよ。あ、でもいいかも。フチドリ怖いから」
「こう見えてフッチー照れ屋さんなのよ。大目に見てあげてね」
ケイが水を入れたグラスをエンギに渡す。納得したのか、エンギはにやにやしてこちらを見た。腹立たしい。なんとかならないのか。
エンギ。最近チームメンバーとして迎え入れた、ホクサイ使い。明らかに子どもですって言ってるような奴。ウデマエはA+。この中では一番ウデマエが高いことになるが、最近あまりガチには行っていないらしい。大方、ウデマエが下がりそうなのか昇格戦の寸前怖くなってやってないかのどちらかだろう。勿体無い気もするがわざとカンストを目指さないイカもどこかにはいるようだし、上にいる奴らの考えることは分からん。
「フチドリ目付き悪すぎだよ。もうちょっと穏やかにすればいいのに」
「誰かさんみたいにへらへらしてるよかよっぽどマシだと思うがな」
「ひっどーい! そんなのだからチーム集まんないんだよ!」
「うるせぇ騒ぐな。それに誰でもいいわけじゃねぇだろ」
そう言い放つと、エンギはしまった、と口を噤んだ。ちらりとケイを見やる。ケイは幸せそうにして食事に集中していた。二人してほっと胸を撫で下ろす。この女と同じ気持ちになるなんて、少し癪だが。
エンギをチームメンバーとして迎え入れてから、何度かナワバリに行っている。三人が味方になることもあるが別になることの方が多く、そこでエンギはケイの体質に気が付いたのである。体質について、ケイは気付いていないことを伝えると、納得して口には出さないようにしてくれている。行動言動全てが子どもな奴だが、意外と気遣いは出来るらしい。そこだけは感謝している。
「でも、ちまちま捜すなんて、百年経っちゃうよ」
「しゃあねぇだろ。街で募集なんて出来ねぇし」
「だったらさ、知り合い誘えばいいんじゃない? 友達とか!」
子どもってこう、なんで唐突に難題を出すのだろうか。ケイもそれだけは耳に入ったのか、食べる手を止めた。
「ん? 二人ともどこ見てるの?」
「ちょっと珍しいものを見かけただけよ」
「んなことよりエンギはどうなんだよ」
とにかく自然に押し返そう。そう考えたが、エンギは一瞬にしてあーだのうーだの言いながら目を逸らした。先程俺達が見ていたところへ。
「あ、ホントだ。なにかいるねー」
「...おい。まさかあんた」
「そーだよ友達なんていないよ! こんなこと言わせるなんてフチドリ酷い!」
マジか。驚きを隠せなかった。いかにも街中ではしゃいでるガールって感じなのに。こんなところで三人の共通点を見付けてしまった。なんか気まずくなってケイの方を見る。ケイはなんとも言えない笑みを掛けていた。哀れに見えるからやめてやれ。
「まぁ、急がなくても見付かるわよ。きっと」
「んな曖昧でいいのかねぇ」
「いいに決まってんじゃん。何事もちりも積もれば山となるだよ」
こいつ、一瞬にして寝返りやがった。その様子にケイもクスクスと笑う。なんか俺ばかり敵に回っているようでやるせない。
にしても、話をしていると時間が経つのが早いものだ。いつもならささっと食べ終えてしまう料理も。まだ残っている。それもこれもエンギの影響だろう。ケイと二人だけの時はすぐに結論に至る会話ばかりで、そもそも昼食もファーストフードで済ませていた。それに比べエンギはどこから話題が出てくるんだと不思議に思うくらいぽいぽい出してくる。どれだけケイは楽な相手だったかを思い知らされた。うるさいのはあまり好きではない。
食事を終え、会計に行く。こういうところは普段行かないが、いつもケイに奢ってもらっているし、ここは俺が奢るべきなのか。と考えたところですかさずエンギが前に出た。誘ったのは自分だから、と奢ってくれるらしい。こいつにもそういう思考があるんだな、と少し見直したが、次はフチドリが奢ってね、高いの選ぶから、と言われた。見直したなんて、やっぱりなかったことにする。
店から出ると、ドアの前に見知った顔を見た。
「あ」
「げっ」
二度と見たくないと思ったのに。思わず顔をしかめる。そんな俺の様子に不思議に思ったのか、ケイとエンギが後ろから覗き込んだ。エンギは全く分からないだろうが、ケイはあぁ、と納得したようだった。
「誰? 知り合い?」
「んなわけねぇだろこんな奴」
「知り合いでもない奴にそんな態度取るのが君なんだね。非常識なイカ、と覚えておくよ」
相変わらずの無表情でそう言い放った。いつ見ても腹が立つ。が、ここで怒鳴っては相手の思うつぼな気がして、ぐっと堪えた。
相手。俺の目の前のインクリング。やる気のなさそうな黒い目に、バックワードキャップが特徴的なただのイカ。エンギを捜している時、思いっきり嫌味をぶつけてきた、あいつ。それがまさにそこにいた。
「お店に入るつもりだったの? 私達、お邪魔したかしら」
「いいよどかなくて。不機嫌極まりない顔見たら食べる気失せたし」
「...」
大丈夫。我慢だ。耐えろ。自分に言い聞かせた。変に突っ掛からなければ嵐もすぐに去っていくだろう。
「もしかして、捜してたのって、その子?」
「そうよ。お陰様で見付かったわ」
「見付けられちゃったわたし、エンギだよ! よろしくね」
エンギはあくまで友好的に右手を差し出した。対するキャップ野郎はその手をちらりと見るだけで、自分もまた差し出すことはなかった。それに気付いたエンギが、気まずそうに手を引っ込める。隣にいるケイが眉を顰めたのが見えた。
「これまた厄介な子をチームに入れたね」
「や、厄介って...ひっどーい!」
「それは言いすぎじゃないかしら」
「そうかな。まぁなにも知らないんならそれでいいと思うけど。でも君は、なんとも思わないの?」
無表情なまま、エンギを見る。その目線に怯えたエンギが、らしくもなく後ずさった。エンギの表情は、今にも泣きそうだった。
「...おい。黙って聞いてればテメェ」
自分でも驚く程低い声が喉から通った。二人の前に出て、キャップ野郎を睨む。キャップ野郎は、相変わらずの無表情でこちらを見ていた。
むかつく顔だった。全てを見透かしたように、自分は全く関係ないんですって顔をして。嫌味も平気でぶつけてくる。きっとそういう奴なのだろう。相手の気持ちも考えず、ただ自分がいいならそれでいい。完全に自己中心的な奴。
「あんたには関係ないだろ。外野のあんたが、なにがどうだろうとこいつはチームメンバーなんだ。口出しすんじゃねぇよ」
「まだチームなんて言ってたんだ。まぁそうか。目的のインクリングを見付けて、もしかして舞い上がっちゃってるの?」
「てめ、この...!」
「ストーップ」
キャップ野郎に掴みかかろうとした時、ケイが間に割って入った。それに伴って自然に後ずさる。抗議の目をケイに向けるが、ケイはそれをどう捉えたのだろうか。にっこりと笑ってこう言った。

「勝負、しましょう」



トーテムポールが特徴の、モンガラキャンプ場。そこに降り立つ影が二つ。
「いいのかな、これ」
隣からまだ幼さを残した声がする。声の主を見ると、黒い目とかち合った。少しだけ不安そうに歪められている。そっけなく、知らねぇとだけ答えた。
勝負をしましょう。ケイの提案で今、俺達はプラベに来ている。ルールは基本のナワバリ。中央にケイがいるとすれば非常に厄介だが、俺もエンギもリッターに比べれば塗ることが出来るブキを使っている。勝てる確率は高いだろう。しかし、そこが問題なのではない。問題があるのは、チーム編成だ。勝負をしましょうと言い出した時、キャップ野郎は反対した。三対一など明らかに勝ち目はないからだ。それには俺も同感だった。いくらいけ好かない奴だとはいえ、一方的な攻めは俺の趣味ではない。
そこでケイは提案したのだ。私が彼の味方に付くわ、と。
「でもさ、多分回線落ちとかしちゃうよね」
「だろうな。そん時はそん時だ。ケイにチャージャー対策の練習でも付き合ってもらおうぜ」
「わぁ。フチドリって案外ポジティブだね」
笑って背中を叩かれる。こいつ、ホクサイ使いなだけあって見た目に合わず力強い。思わずむせた。それに焦ったエンギが俺の背をなでる。ケイはこういうことに無関心だったので、気を遣われると少し調子が狂う。
そうこうしている内に開始の合図が鳴る。自陣はオレンジ。敵陣は青だった。とりあえず相手の動向を探る。そのまま突っ切っていくエンギの後を追い、中央に出た。そして周りを塗り固めていく。リッターの構造上、まだ中央までは到達していなかった。これがチャンスだと言わんばかりにエンギは左へ消えていく。俺はとにかく、シールドを使って中央を守ることに専念した。
しかし、いくら待とうと一向に敵が来る気配はなく、ただ時間だけが過ぎていった。おかしい。それとも、エンギが上手いこと攻めてくれているのだろうか。来ないのならば、ここで待っていても無意味だ。そう思い塗っていなかった広場を塗りに行こうと振り向いた時だった。途端に、体が破裂した。不意打ちだ。その正体は、まさかのキャップ野郎だった。ホッカス片手に、ここぞとばかりに辺りを塗り散らかしている。なんなんだ、こいつ。きちんと、自分の意思で動いている。それだけじゃない。俺に気付かれないよう、塗りもせず歩いてここまで来たのだ。塗らなければ、相手の位置を探ることは出来ない。全く、してやられたと思う。体が元に戻ると、まずは広場を塗りたくる。そして、また中央へ向かった。相手が潜んでいないか、警戒しながら。先程の塗りでスペシャルは溜まっている。ケイはこちらに来ないだろうし、ほぼキャップ野郎専用だ。実際潜んでいたらしいキャップ野郎をあぶりだすことが出来た。即スパジャンで逃げられたが。
バトル時間も残り一分。水門が閉まる音がする。つまり相手が攻めてこれる幅が増えたということだ。
そんなこと、させるわけにはいかない。エンギが攻めてくれたお陰で敵陣もかなり荒らされているようだし、勝てるかもしれない。前はエンギに任せて、俺は後ろで塗り残しをつぶしていこう。勝利まで、あともうすぐ。



「あなた、かなりチャージャー捌きが上手ね。的の練習になったわ」
「わたしもわたしも! 避ける練習になったよ〜!」
ハイカラシティ。ロビー前。街中と変わらず騒がしい場所で、よく声を出すインクリングが二人。エンギはともかくケイがそんなに声を出せることに驚いた。普段人気のない場所で会っているからだろうか。
そして、その近くで、睨み合う二人も。
「良かったじゃん勝てて。おめでとう」
「だいぶな。懲りたらもうその面見せんな」
「言われなくたってそうするよ。君と違って学習する方だから」
相変わらずの無表情で言い放つと、キャップ野郎は踵を返した。こいつ、普通に話すことは出来ねぇのか。エンギ以上に疲れる。その上腹が立つ。そもそも何故勝負をすることになったのかがよく分からない。なんの条件もない勝負だった。ただケイが言い出しただけ。
これでもう奴の顔を見ることはないだろう。その時だった。肩に衝撃がぶつかり、思わずよろける。突然の出来事に苛立ちが募り、舌打ちをする。その衝撃の正体は、エンギだったようだ。そしてエンギは慌てたようにキャップ野郎に声を掛ける。
「ね、ねぇ!」
「なに」
「そ、そのさ。わたし達のチームに入らない?」
爆弾発言。これにはさすがのキャップ野郎も面食らったようだった。俺も思わず間抜けな声が出る。
「なんで僕がそんなのに入んないといけないのさ」
「そうだぞ。こんな奴入れたってなんの得もねぇだろなに考えてんだあんた!」
「で、でもその子一緒に戦ってくれてたじゃん」
エンギが怖がっている表情で、しかし力強く言った。こいつは一度決めたことは譲らない。ここ数日で散々思い知らされたことだ。しかし俺としては絶対に入れたくない。ケイの体質に影響を受けない、実力もそこそこあるかもしれない。だがそれだけだ。それ以外にはろくなものを持っていない。先程もエンギのことを傷付けにかかっただろう。それはエンギだって、よく分かっているはずだ。このままいけばきっとケイにさえ傷付ける。そうなるくらいなら、また一から別の奴を捜した方がいい。
しかしまあ、今日は運のない日だ。先程まで傍観者であり続けたケイが前に出る。その時点で嫌な気はしていたのだ。
「いいじゃない。私は賛成よ」
「ばっ、な、なに言って」
「確かに彼はきっぱりとものを言うけれど、それも必要だと思うの」
ね、とケイはエンギに微笑む。怖がっていたエンギは味方を得て安心したのか、笑顔に変わった。ケイはあくまで、エンギの味方であり続けるようだ。でも、そんな理由で、必要だと利用するだけの為に、怖い思いを押さえ込むのは、果たして必要なのだろうか。
「大丈夫よフッチー。なにかあればすぐに首にしてあげればいいわ」
「さらっと怖いこと言うよなぁ、あんた。そもそも俺達が勝手に話し合ってるだけで、こいつが入る訳」
「いいよ」
「...は?」
想定外の返答に顔を歪める。言いだしっぺのエンギも口をあんぐりとさせていた。
「本気かよ。あんた」
「まぁ、頑なにチームなんてって思ってるけど、案外自分の認識と違うものもあるしね。仲良しごっことか興味ないけど、知ることは良いことだと思う。ただ、なにかあればすぐにやめるけどね」
驚いた。嫌味なだけな奴だと思っていたが、ただプライドが高い訳ではなく、変えていこうとする思考を持っているようだ。確かに、学習はする奴。そこだけは見直した。
「やった、嬉しいよ! わたしエンギだよ。よろしく!」
「さっき聞いたね」
「私はケイよ。よろしくね」
互いに握手をし合う。このままいけば俺も挨拶しなければいけないのだろう。非常に気が重い。案の定、キャップ野郎はこちらを見た。改めて見るとインクリングにしては珍しく背が低く、そのせいで睨まれているような気になる。
「なんで俺が...」
「一応君のチームから誘ってきたんだから先に名乗るのは常識だからね」
「はいはいフチドリ」
「カザカミ。よろしくね」
握手をする。思いの外冷たい手をしていて、すぐにでも離したい気持ちになった。他からすればただの一瞬だが、俺からしてみればかなり長く感じた。時間というのはかなり不便なものだ。手を離してカザカミと名乗るキャップ野郎に向き直った。変わらない無表情。見ているだけで腹が立つ。
「ところで、このチームはなにをしているの」
「一応、タッグマッチでみんなでウデマエを上げていきましょう、といったものね」
「ふーん。だとすれば僕、役不足かも」
「え、そうなの?」
「僕、ガチに行ったことないから」
エンギが驚いたように声を出した。それもそうだろう。プラベでの戦いぶりを見てみても、あの動きは完全にガチを知っている動きだ。しかし、嘘ではないようで、イカ型端末から情報を見てみると、ホッカス使いで、ランクカンスト間近の、ウデマエは記載されていなかった。ナワバリのみであの動きだとすれば、かなり高い実力を持っているといえる、
「大丈夫よ。私C-だから」
え、と今度はカザカミが驚いた。こんなところでそんな表情を見せるのか。
「ま、まぁあれだ。なんとかなる。そのためのチームだからな」
「意味分からなすぎだけど、まぁ分かった」
かなりなにか言いたげだったが、納得はしてくれたようだ。ここで突っ掛かってこなかったことは少しだけ感謝した。これ以上なにか言われるとそろそろ堪忍袋の緒が切れる。
まだ日が暮れ始めたばかりだったが、カザカミが一旦考え事がしたいと言って、今日はここまでで解散となった。色々なことが重なりすぎて疲れていたのでありがたい。エンギとは住むところが近いらしいので、途中まで歩いて別れた。途中までとはいっても長い距離でもなかったはずだが、エンギとだとかなり長く感じる。疲れている中あんなに話題を出されると誰もが長く感じるだろう。むしろ疲れを知らない姿は純粋に凄いと思う。
ここ数週間で一気に関わるインクリングが増えた。ケイと二人だけの時は感じたことのなかった疲労感も、最近になって顕著に表れるようになった。でもまぁ、ケイが嬉しそうにしているならそれでいいか、と済ませてしまう辺り、俺もかなり甘くなったようだ。
家に帰るとそのままベッドへ。晩ご飯も忘れてすぐに目を閉じた。明日からもっとしんどくなるのだ。一日くらい、いいだろう。心の片隅に、そうやって行き場のない言い訳をして。



2016/05/02



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