STORY | ナノ

▽ 三月の付き合い方


違和感を感じる。
気のせいだろうか。上手く説明は出来ないが、とにかく変な感じが拭えない。
しかし、それが気のせいだけで済まされないことに気が付いた。
なにか思うところがあるのだろう。でなければケイが、俺に促させる隙を与えるはずがない。


確信してから数日が経った。賑わう街に、駅を背に掛けられた俺達の定位置。そこにぽつんと俺だけが座っている。イカ型端末に目を通すと、時刻は昼過ぎを示していた。しかし、この街に賑わない時間などない。それらを見ている俺の存在は、酷くちっぽけに思えた。
今日のバトルは、少し気のそれたバトルだった。原因は言わずもがな。ケイ。あれ以来、ちょくちょく会ってはいるものの、以前のように話す時間が圧倒的に減っていた。おかしいのは分かっているはずなのに、態度はなにも変わらないその様子が、気持ち悪くて仕方ない。問いただせばいいだけなのになにを聞けばいいのか分からず、この心地悪さをずるずると引きずっている。
ケイはバトルにはあまり行っていないようだった。あんなにもナワバリに潜っていたケイが。それに伴いフレンド合流さえしていない。俺を見つけたら真っ先に合流してくるような奴だったのに。
なにか、してしまったのだろうか。
ケイは遠慮なんて文字を知らなそうな奴だ。しかし、だからといってずっとそうとは限らない。必ず誰しもが時が過ぎれば変わっていく。バケデコを持つようになってから以前より突っ込み癖が強くなったことは自覚しているし、いくら忠告しても直せないことに苛立ちはじめているのかもしれない。もしまた注意されても直す気はないが。
どちらにしても、ケイの意図は掴めず仕舞いだ。そもそも目の前で嬉しそうにしている意味さえ分からない俺に、答えを導き出せるはずがなかった。足を組んで頬杖をつく。意味もなく彷徨わせる視線の先に、見知った緑を見つけた。驚くよりも早く、インクリングのゴミに向かって走り出す。意外にも俺の身体能力は高いようだった。まぁ昔、友達と一緒に田んぼの中走り回ってたくらいだし。
掴んだ細い腕。相手は体を揺らせて振り向いた。目には驚愕の二文字が並んでいる。
「...フッチー」
「こんなところでなにしてんだ。ケイ」
噂をすれば影、なんてこのことを言うんだろうな、と心の中で呟く。当のケイは、いつも通りの余裕ぶった表情に戻っていた。
「たまたま、お出掛けをしていたところよ。フッチーは?」
「あんたを待ってたんだ」
不意に口に出した言葉。あ、と口を塞いでももう遅い。ケイは驚いたように私を? と首を傾げている。ああ俺はなにを言っているんだ。待ってたとか、変人か。そう思うと顔に熱が集まる。言い訳をしようとして口に出した台詞もまぁ酷いもので。今日の俺は一体、どうしちまったんだ。
「今からナワバリに行くぞ。強制だかんな」


息が上がる。目の前に表示される結果は、惨敗。俺は小さく舌打ちをした。思い知らされたのだ。いくらナワバリで勝ち越そうと、ガチで勝ち上がろうと、ケイと一緒に戦っていけるレベルには達していないことを。よく守るなんて上から言えたものだ。そう苦言を言われてもおかしくなかった。
「やっぱり」
小さく囁かれた声で我に返る。声の主を見る。ケイは俺に聞こえていないと思い込んでいるのだろう。結果を見たまま。立ち尽くしていた。
「...んだよ。やっぱりって」
「いいえ。なんでもないの。気にしないで」
ケイは小さく笑って首を振った。その動作に苛立ちが募る。なんだよ、やっぱりって。この結果を初めから予測していたみたいに。もしかしたら、いけたかもしれない勝負の前から。
抗議しようとしてその肩を掴もうとするが、すぐに避けられてしまった。完全に掴む気でいた俺の体は少しよろめく。そんな俺を知ってか知らずか、ケイは笑顔だった。違和感の隠しきれていない笑顔。
こういう表情、昔よく見せられたっけ、なんてのんきなことを考えて。
「私、抜けるわ。用事があるの。さよなら、フッチー」


着地に失敗して体が落ちる。ぐえ、と気の抜けた声が響いた。慌てて口を塞ぐ。目の前には緑色のインクが散らかっていた。それは坂道の向こうまで続いている。
ケイと別れてからすることもなくぶらぶらしていた時、偶然ケイを見かけてしまった。今日はこの女に関しての運が極端にあるようだった。でなければこんなインクリングで溢れる街でそうそう見つけられるはずがない。いつものベンチに座っている、というのなら話は別だが。
ケイは、ブキ屋に入ると早々に練習場に籠ってしまったようだった。俺も潜るか、と思えばブキチに客のプライベートだから、と止められてしまった。が、そんなもん知るか。フレンドなんだからプライベートぐらい我慢しろ、と無理矢理な理屈を付けて、こっそりと忍び込んでみた。忍び込むのは案外楽だった。あんな一匹で経営しているような店、目を欺くのは容易い。不注意で痛い目に合ったが、それ以外は全く問題なかった。
練習場なんかになんの用があるのだろう。ケイは体質のせいでバトルで勝てたことなんてないらしいが、それ以外は別だ。百発百中。エイム力だけならS+に匹敵するくらい。クイボを全く使わないのが玉に瑕だが。
インクを辿って坂道を上がる。練習中であるが故に、自分と異なる色を踏んでも足を取られることはなかった。死角から広間を覗き込む。なにに遮られることもなく、すぐにケイの姿を見つけることが出来た。目の前の的が、無残に破裂する。ケイ愛用のリッターで、ではなく、リッターを持つ腕とは逆の手に握られる...クイックボム?
ケイは、ひたすらクイボを投げていた。インクを回復しつつ、時に角度を変えて。あれだけこだわっていたリッターを使おうとは全くしていなかった。
なにかがおかしかった。なにがおかしいのだろう。ケイは、ただ自分の欠点を直そうとしているだけだ。それはとても喜ばしいことだと思う。なのに、嫌な予感しか浮かばない。上手く説明しきれない、なにかが。
考え込んでいる内に体が前のめりになっていたのか、不意に足が滑って体が床と激しくぶつかった。ぴちゃん、と勢いよく響き、飛沫が飛ぶ。今日はなにかと痛い目に合う日だ。なにか悪いことでもしたのか、俺。いや、したのか。でなければこんなにケイを追いかけたりしない。痛みに耐え、節々を擦りながら立ち上がると、呆然と立ち尽くしているケイの姿が映った。何故ここにいる、とでも聞きたげに。あんたのせいだろ、と言いたいところだがここはぐっと堪える。
「なにをしているの。フッチー」
「それはこっちの台詞だ。こんなところでなにしてんだ」
「全くあなたの台詞じゃないわ。ここは私が借りて来ているはずなのだけど」
しばらく睨み合いが続いた。が、明らかに正しいのはケイの方だ。だとすれば、先に折れなければならないのは、俺。
「あんたがブキ屋に行くのが見えたから」
「それだけ?」
「そんだけだよ。で、あんたはここでクイボ練習をしていた。らしくもなくな」
「...」
ケイは俯いた。話すつもりはないらしい。ここまで言ってしまったんだ。もう隠す必要もないだろう。
「ここ数日、あんたおかしいぞ。なにかあったのか。俺に非があるなら言ってくれ。直す気はないが配慮はしてやる」
「...あるわね。たくさん」
顔を上げずにケイは言う。表情は窺い知れない。
「どうして、私を追いかけてきたの。どうしてそっとしておいてくれないの。フレンドだから? それって、非常に迷惑なのよ」
ずしりと胸に錘が乗っ掛かった。ケイが顔を上げて睨む。が、すぐに顔を歪ませた。今にも泣きそうな表情に、一気に息が詰まった。いつもなにを考えているのか分からない奴だが、今ばかりは分かった。ケイは、無理をしている。
「ねぇ、出てってよ」
「出てったら、また一緒にナワバリ行ってくれんの?」
「...!!」
鎌を掛けてみた。やはり図星だったようで、目を見開いている。
しばらく沈黙が続いた。しかし先に破ったのはケイだった。口元だけ小さく笑って。
「どうしたのフッチー。あなたらしくないわよ。本当におかしい」
「あんたがなにか思い詰めてるみてぇだから。...ほっとくわけにもいかねぇだろ」
「優しいのね」
「んなわけあるか」
「あるわよ。それに比べたら私なんて、最低だわ。最低。本当に最低。死んでしまえばいいくらいに」
なにやら言ってることが物騒になってきた。やっぱりケイはなにか思い詰めている。しかも、かなり。何故気が付かなかったのだろう。ついこの前までは、ずっと、と言える程一緒にいたと言うのに。
「私、怖いのよ」
「怖いって、なにが」
「全部よ。全部。私、あなたが妬ましいの。私より強くなっていくあなたが。勝っていけるあなたが。私の方がずっとここにいたのに、あなたより努力を重ねて、頑張ってたのにって思うのよ。でもね、それ以上にあなたが、上に行ってしまうのが怖い。あなたは、フッチーは私にとってはじめてのフレンドなの。はじめて肩を並べることが出来たの。でも、強くなっていけば、弱い私なんていらないでしょう? あなたはどんどんウデマエを上げて、私を置いていってしまう。それが怖くって堪らない。...酷いわよね。こんな自分勝手な奴、呆れちゃうでしょう。私達、フレンドやめた方がいいのかもしれない」
ケイは黒い瞳から涙を流して、言った。
今、合点がいった。ケイとあまり会わなくなったのも、らしくもなくクイボ練習していたことも。つまり、今のケイは、昔の俺だ。ずっと一緒にいた友達に、幼馴染みに、才能の違いを見せ付けられて、その場から逃げ出した昔の俺。ただ悔しくて、妬ましくて、全てに絶望した。それで意地でバレルを使い続けて、ケイと出会った。
どうすることも出来なかった。あの場から逃げ出した俺に、その迷いを打開する術など、思い付くはずがない。震えるその肩を叩いてやる資格もない。
どうするんだよ、フチドリ。ケイが、フレンドが、俺と同じ理由で泣いているというのに!

「チームを作ろう!」

目の前にいるケイが、目を見開いた。口をぽっかりと開けて。発言者は、間違いなく俺だった。俺自身も、なにを言っているのか分からないくらい、咄嗟に出た言葉だった。
「チーム...?」
「そうだよ、チーム! 俺達だけのチームを作って、一緒に強くなってくんだ。あんたと一緒に戦ってくれる奴を探してさ」
「そんな人、いるかしら。だって私...」
「いるさ。俺がいるじゃねぇか。他だっているはずだよ。だから...だからそんなこと言うな」
まるで俺がお願いしてるみたいだった。全く、格好悪い。不安そうにしていたケイは涙を拭いてふっと笑った。いつもの笑顔だった。
「私はともかく、フッチーは社交性がなさそうだわ」
「うっせ」
「でも、そうね。チーム...。うん。作りたい。私、一緒に戦える仲間が欲しいわ」
決まり、だな。
お互い手を突き出して、ハイタッチをする。ケイの表情は嬉しそうで、良かったと思う。馴れ合いなんて今でも嫌いだ。見ていて寒気がする。本当滅べばいいと思う。でも、ケイがそれで笑顔になるのなら、我慢してやる。それに、ケイと一緒なら、チームを作るのも悪くない。...やっぱきついものもあるが。
探し出すにはかなりの道のりになるだろう。なんせケイと一緒に戦ってくれる奴だ。街中で話し掛けたって意味がない。ひたすらケイとナワバリに潜るしかないのだ。今までそんな奴と会ったことがないのに、見つけられるだろうか。
しかし悩んでいる暇はない。見付け出すのだ。ケイの為にも、自分だけのチームを。明日から忙しくなるだろう。面倒だが、仕方ねぇ。こうして、俺達の、俺達だけのチーム探しが始まった。




2016/03/23



[ back ]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -