STORY | ナノ

▽ ダイヤモンドグレネイド


 控えめなノックの音が静かな部屋の中を響かせた。
 部屋の主、ラムレザルは反応しない。犬を膝に乗せ、椅子に腰掛けてただただ地面を見つめていた。視線を寄越してもやらない。
 程なくして扉は開かれ、ラムレザルのよく知る人物が扉の先からちょこんと顔を覗かせた。あどけなさを残した愛らしい顔が、動いた拍子にベールを揺らす。
「ラム。いるの?」
 返事はない。現在この飛空挺においてこの部屋は日当たりの悪い位置にあるらしく、部屋の中は日が沈んでしまったあとのような薄暗さで非常に視界が悪かった。純白のドレスを身に纏った少女、エルフェルトは、目を細めて辺りを見渡した。エルフェルトは目は悪い方ではない。むしろ普通の人間よりも非常に視力はいい方なのだが、ラムレザルの肌がこの薄暗い部屋に溶け込んでいる為か、なかなか部屋の主の姿を認識出来ずにいた。ラムレザルは顔を上げた。薄暗い中でもそれなりに目立つ白髪が視界の端に映ったのだろう。そこでようやくエルフェルトはラムレザルを見つけたのだった。
「ラム! よかった見つけられて。もう、いるなら返事くらいしてくれてもいいのに」
「なにしに来たの」
「ラムとお話ししようと思って。今シンはいないし。きっとひとりぼっちは寂しいと思ったから」
「話すことなどない。道具にそんな感情はない」
 そんなこと、と言いかけてエルフェルトは言葉を詰まらせた。きっとラムにも感情はある。そう信じて疑わないエルフェルトだが、それと同じように自分が道具であり、感情はないと頑なに言い切る彼女の姿に、ひどく悲しさを覚えてしまうのだ。そして、それは違う、絶対にこうだ、と自信をもって言い返せないことがエルフェルトは歯痒くてやりきれなくて仕方なかった。
 返す言葉を失ってエルフェルトは目を落とす。そこでラムレザルの膝で犬が大人しく座っていることに気が付いた。シンが生み出したという魔法犬だ。体を丸めて、突然の来訪者であるエルフェルトをじっと見つめている。先程までは眠っていたのだろうか。そう思えるくらいにその場に馴染んでいて、なんだか微笑ましい。かと思えばラムレザルが手を動かすと、犬はがぶりとラムレザルの手を噛んだ。痛い。抑揚のない声が漏れる。思わずエルフェルトは頬を緩めた。
「その子、ラムにとってもなついてるんだね」
「懐くということは慣れ親しむということだ。犬が噛むのは警戒心から来る。その言い方は不適切だと思う」
「じゃれてるのよ。振り切りたいくらい痛いわけじゃないでしょう?」
「…理解出来ない。痛い」
 また犬はがぶりとラムレザルの手を噛んだ。犬は嬉しそうに尻尾を振っている。やっぱりなついている。犬は善い人と悪い人を見抜く力が備わっているのだとエルフェルトは聞いたことがあった。自分は道具だと言って聞かないラムレザルだが、この犬はラムレザルが根本から悪い子ではないのだと分かっていてくれているのだろう。
「エル、貴方は何故ここに来たの? 一人きりで私に会いに来るのは禁止されているはず」
「警備員さんの目を盗んで来ちゃったの! やっぱりまずいかなぁ…」
「それを分かっていてどうして来たのか理解に苦しむよ。勝手な行動は貴方の立場を余計悪くさせるだけ」
「うう、ごめんなさい。でも私、どうしてもラムに会いたかったから。…あれ?」
 眉尻を下げるエルフェルトだったが、ふと首を傾げた。なに、とラムレザルは機械的にエルフェルトに先の言葉を促す。
「もしかしてラム、今私のこと心配してくれた?」
「どうしてそうなる」
「だって私の立場のことをわざわざ言及してくれたじゃない。やっぱりラムには感情があるのよ」
「私はエルの視点からそう分析しただけ。他意はない。貴方のそのなんでもかんでも感情に結び付けるのはやめた方がいいと思う」
「ラムは優しいね!」
「話を聞け。離れろ」
 屈んでまでラムの首に腕を回すエルフェルトにラムレザルは不快感を隠さなかった。それでもエルフェルトは離さない。えへへ、と幸せそうな笑みをただ浮かべるだけだった。
 エルフェルトが抱き付いた拍子に犬はラムレザルの膝から飛び降りた。犬は特に怒ることもなくただ尻尾を振って二人を見ていた。



2019/03/24



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