STORY | ナノ

▽ だってうちらは素敵に最強


 正直、世界はうちの為に回ってると思う。
 自分を中心に、だとは思わないけど本気でそう思う。だってほら、考えてみて。例えばこのハイカラシティ。存在そのものがうちそのものの為に存在してるんじゃないかってくらい充実してる街。あんな息苦しい片田舎に住んでた頃が信じられないくらいなにもかも揃っていて、もはや別の世界なんじゃないかってくらい。そんな風に思うくらい自分の生きていた世界とかけ離れてるんだから少しくらい居心地の悪さというか、気味の悪さくらい感じてもいいと思うんだけど、この街に来たばかりの頃だってひとつもそんなこと、感じたことがなかった。違和感なんて一つもなくて、うちは元からここで生まれてここで育ってきたんじゃないかって錯覚するくらいぴったりしてた。夢みたいな街。
自分のやりたいこと、望むものが好きなだけ手に入る。こんなの、世界がうちの為に回ってると思っても不思議じゃないじゃん?
「だからさぁー。って、ねぇ。ねぇ聞いてるのおにーさん!」
「うん。もちろん聞いてるよ。続けて続けて」
 テーブルを叩いて返事を促すうちに、おにーさんはぼんやりと笑った。このおにーさん、なんか聞いてるのか聞いてないのかよく分かんないんだよなぁ。相槌もあまり打たないし。穏やかそうに微笑むけど、その正直怖い方寄りの目付きがおにーさんの笑顔をそうじゃなくしてる。というか、決してそんな柔らかいインクリングじゃないよって物語ってる。
 このおにーさん。イカベーダーキャップを深く被って灰色の目をうちに向けてるこのおにーさんは、先程はじめて知り合ったばかりのインクリングだ。ハイカラシティの中心部にあるガーデンテーブルで、一人イカ型端末をいじりながら時間を潰してるうちの下に突然現れたおにーさん。こんにちは。ご一緒してもいいですか。そう言って向かいの椅子に腰を下ろしたおにーさん。今時こんなナンパで女の子の気なんか引けないよ、と思いつつ、うちとしても暇だったのでこうやって話し相手になってもらっていた。うちのパーソナルスペースにずかずかと入り込んで来たんだ。話しくらい聞いてもらわないと割に合わない。
 うちがなんでこんなところで一人でいるかというと、あと少ししたらうちの所属してるチームのプラベがあるから。予想以上に早く着いてしまったので、ここで時間を潰しているわけ。そんな中おにーさんが来てくれてちょっと助かったかもしれない。質の低いナンパでも暇潰しにはなるからね。
 うちの所属しているチームは、ウデマエ不問の超エンジョイチームだ。B帯からS帯まで幅広いウデマエのインクリングがいて、定期的にお遊びプラベを開いては馬鹿騒ぎしてる。鬼ごっこだったりファッションショーだったり同ブキ対戦だったり、全くウデマエを必要としないルールで遊んでる。頻度は最低週一回、多くて三回くらい。とにかく楽しい。うちはハイカラシティに来てから三ヶ月の超新米だけど、ウデマエがB+になったあたりでガチマってしんどいなって思い始めてたから、このチームに誘ってもらえて本当に良かったと思ってる。だって嫌じゃん? 楽しく明るくがモットーな陣取りゲームだったはずなのに、ウデマエが上がるにつれ周りのヒト達の顔はどんどんやつれていく。しまいにはこうやってエンジョイで活動してるうちらのことを批判するやつらも出てきて、本当に見るに耐えない。そんなのうちらの好きにさせろっての。あんなの地元にいたやつらと同じじゃん。息苦しくて見苦しくって仕方ない。ああいうやつらとは永遠に分かり合える気がしない。
 そんなの楽しんだ方が勝ちなのにね。するとおにーさんは、そうだねぇ、と苦笑いした。
「確かにそうかもしれない。でも楽しむの意味を履き違えてはいけないよ。そうやってガチマで上を目指しているのも彼らにとっては楽しむことの一つなんだから。楽しみ方はヒトそれぞれ。君は上を目指している彼らの姿が息苦しく見えるかもしれないけれど、彼らも君達の上を目指さないスタンスが異質に見える」
「ふーん。わっかんないの。楽しいのに」
「そういうものさ。めんどくせぇんだ。生き物って」
 そうなのかなぁ。まぁ、そうなのかも。なんかあいつらの為に考えるのも嫌になってきた。とにかくまぁ、なにが言いたいかっていうと、うちは毎日が最強に楽しいってこと!
 毎日チームのみんなとイカ型端末やリアルでやり取りしてさ、頻繁にプラベも開いて、新しいインクリングが入ってきたら歓迎会なんかもして、毎日が本当に楽しい。周りを気にしながら窮屈に過ごしてたあの頃とは違う。いつもいつも、夜が来るにつれ明日が待ち遠しくて仕方ない。あ、でも夜は夜でまた楽しい。みんなで夜更かし通話とかする時もあるんだ。毎回あの子が先に寝落ちしちゃって、気付いたらみんなが寝てたりする。で、突然誰かの目覚ましが耳に飛び込んできてみんな一斉に目が覚めるの。思い出しただけで笑いが込み上げてきた。
「本当に幸せそうだね」
 うちの話をじっと聞いていたおにーさんが目を細めて微笑んだ。
「当たり前っしょ! 分かる? このうちから滲み出る幸せオーラ」
「分かる分かる。見てるだけで面白いくらい」
「おにーさんはどう? 毎回充実してる?」
「してるぜ。君みたいな子を見てるのが日頃の楽しみでね」
「それキモいからうち以外に言わない方がいいよ」
「きも…。善処しよう」
 おにーさんの顔が若干ひきつった。素直に言い過ぎたかな。でもおにーさんのナンパ、うちみたいな女じゃないとまともに相手されなさそうだし、それを教えてあげただけでも優しいもんっしょ。
 するとおにーさんは少し目を伏せて、この街を楽しんでるみたいで良かった、と小さく呟いた。これからそんな日が続くといいな、とも。なんかおにーさん、老人みたい。まぁ似たようなもんだな、っておにーさんは笑った。
 続くよこの生活は。だってみんな仲良しだし、楽しいし、このチームに入れてよかったって心の底から思ってる。それはチームのみんなも同じだから。だからこのチームは永遠に続くし、この生活もいつまでも続いていく。最高じゃん。完全無欠だよ。だからうちは、世界がうちの為に回ってるって、この時ばかりは本気で信じてしまうのだ。



2019/03/17



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