STORY | ナノ

▽ 十二月の向き合い方 兆


 最近、チームクロメの活動が少ない。
 そう言うと少し語弊があるかな。このチームはもともと他のチームに比べれば活動は少ない方だ。集まりはするけどもタグマに行ったりするのは週に三回程度で、それ以外の日はみんなで話をしているだけだったり、集まらずに個人個人の時間を楽しんだり。タグマだって週によっては増えたり減ったりで、いつやるかなんかも特に決まってはいなかった。ただ、明日はタグマに行こう、って前日に声を掛けるだけ。几帳面なインクリングが見れば卒倒してしまいそうなチームだ。とはいえ時間に追われるといえばルールやステージの変更の時くらいのものであるこの街でそんなインクリングがいるのかどうかは謎だけど。
 だけどここ最近全くタグマに行かなくなってしまった。何故ならいつものように明日はタグマに行こうと言ったところで、エンギが予定があるからと首を横に振るのだ。それも一度だけじゃなく、ずっと。だからこの前ケイの提案で行ったタグマは本当に久しぶりで。まぁ生憎僕の方が回線落ちしちゃってその挙げ句気まで失っちゃったんだけど。
 なんとなく、だけど。きっとエンギは嘘を吐いている。
 それがなんなのかは分からない。聞けば済むはずなのに、こういう時に限って臆病な僕が顔を出す。聞いて、タグマはもううんざりだと言われたら。もうこのチームでやるのが嫌だからって言われたら。そう思うとなかなか聞き出せない。ああ、ここ前のタグマでホクサイを持ってきたことに難色を示したのが良くなかったのかも。前にこのことで散々傷付けた癖にね。あまりにも身勝手な自分についつい笑ってしまう。
 それにこのチームはもともと不幸体質を持つケイの為に作られたチームだ。そのケイは不幸体質を無事克服して、あれからよくガチマに潜っているらしい。ケイの実力ならカンストも目と鼻の先だろう。そう。もうこのチームは、必要ない。
 必要ない。必要ないなら、もうなくなってしまうのかな。
 駄目だ。依存するのはやめようって決めたはずなのに。どうしても心が拒絶する。嫌だ。嫌だ。みんなと離れるのは、嫌だ。


「カザカミ?」
 訛り混じりで僕の名前を呼ぶ声に、僕ははっとなって顔を上げた。顔を上げた先では、橙色の瞳が僕の顔を覗き込んでいる。
「気分でも悪いんか? えらい静かやったけど」
「そんなことないよ。僕はいつもこんな感じだから」
 慌てて平静を装って首を横に振ると、僕の顔を覗き込んでいる本人、ライムは、ふーん、とさして気にしてない様子で僕から目を離した。前を向いた拍子に黄緑のゲソが揺れる。隠す必要もないけど、深く追求してこないことが今の僕にはとてもありがたかった。
「にしてもいつまで経っても並んでんな」
「ほーんとそれ。あのインクリングの群れにポイズン投げたいわー」
「まぁ俺は発売日当日に朝並びましたからー」
「さすがオタク」
 僕とライムの前でインクリングの群れを眺めていた二人、イカノルディックのゴーグルをくいとやるモモセに、目の前であまりにも溢れているインクリング達に不満をもらすキイロは純粋に褒め称えるように黄色の目を細めた。
 フチドリ達じゃない。他の誰かと一緒に。いや、他の誰かなんて他人行儀もいいところだ。彼らは「LMi」という名のチームに所属しているインクリングだ。「LMi」と書いて「ルミィ」と読む。由来は、「ライムさんがめっちゃイケてるチーム」だとかなんとか。訛りのある特徴的な喋り方をするわかば使いのライム、オタクを自称するスシコラ兼スプシュ使いのモモセ、物騒なことをよく言うエリデコ使いのキイロの三人からなる、全員カンストで全員ボーイのなんだか硬派なチーム。てっぺんまで上ってきた日が街を照らすお昼時、僕は今、そのチームLMiと一緒にカンブリアームズに来ていた。
 まさかこんな短期間の内にまた新ブキの様子を見に来るとは思わなかった。そしてヒトが違えどみんなよく同じ反応をするものだと肩をすくめたものだ。まぁ折角新ブキを見に来たのにいつ来ても目の前に広がるインクリングの群れは減りそうにないんだもの。そうなってしまっても仕方ないか。
「カザカミは新ブキなんか買った?」
「僕はなにも買ってないかな。前にも来たんだけど商品に近付けなかったし」
「マジか。これもうしばらく見れそうにないな」
 ライムは小さく溜め息を吐いた。わりと残念そう。ライムの持ちブキはわかばシューターだから、わかばの亜種であるもみじシューターに興味があったのかもしれない。
「ライムさんはやっぱもみじ気になる?」
「いやぁ別に。てか絶対もみじ弱いやろあの射程やで」
「あーライムさんが持ちブキ弱い扱いしてる」
「わかば以上に弱いブキいっぱいあるのになぁ。どうする? 処す?」
「こっちは弱いブキ持っとるんです風に言ってもライムさん知っとるからな。二人が強ブキ使いやって」
 呆れたように睨むライムに、前の二人は、こわーい、なんて暢気に笑っていた。
 このゆるい空気、まだ慣れそうにない。
 そもそも何故僕がチームLMiと行動を共にしているかというと、先程まで対抗戦に行っていたからだ。この前に勇気を出して参加したはじめての即席対抗戦。あの時一緒の対抗戦に行っていたインクリング達こそがこのチームLMiであり、LMiはチームメンバーが三人しかいないということもあってあれ以来定期的に対抗戦に呼んでもらっている。クロメじゃ対抗戦は行かないしチーム活動も少ないから、僕にとって対抗戦のお誘いはとてもありがたいもので。僕自身は未だにS+真ん中止まりの未カンスト勢だから迷惑を掛けていないか不安だったけど、お誘いしてくれる辺り大丈夫なようだ。チーム三人の中に即席で一人入ってくれるインクリングがいないから仕方なく、ということもあるだろうけど。
 そんなチームLMiの特徴は、とにかく緩い。
 なんていうか、全体的に雰囲気が物凄く緩い。チームのリーダーであり突っ込み役だと胸を張っていたライムでさえ僕から見てみれば相当緩い。それにキイロを筆頭に唐突に茶番劇がはじまることもあってついていけない。普段は行き過ぎたおふざけはライムが注意するのだが場合によってはライムまで乗り出すので手に負えない。この前の対抗戦後だってロビーを出るなり唐突にキイロが苦しみだして、それを心配したモモセがキイロに触れた瞬間頭を抱えだしてとても驚いたのを覚えている。その上ライムもかなり真剣な目でなにかを二人に訴えているのだ。突然の出来事に僕は挙動不審になってしまったが、しばらくしてからあれは茶番劇の一つに過ぎなかったのだと知らされた。キイロ曰く「中二病ごっこ」らしい。本気で心配して損した。周りの目もあれは心配してるんじゃなくて危ないものを見た、といった感じの目だったんだなと思うと恥ずかしくて仕方ない。とにかくまぁ、LMiはその場のノリで生きているようなインクリングが三人集まったチームなのだ。
 とはいえLMi自体メンバーは緩いもののカンストチームなだけあって腕は確かだ。今まで参加させてもらった対抗戦、未カンストでお荷物な僕を抱えても勝率は高かった。負けてしまうところもちゃんとあるけどその都度ちゃんとライムが悪いところを指摘してくれて、次の試合ではその反省した部分はちゃんと活きるのだ。ただし何故かモンガラだけは僕が知る限りでは一度も勝てたことがないんだけど。みんなの苦手ステージなのだろうか。僕も嫌いな部類に入るくらい苦手だし。
 そんな彼らに付いていけず目をそらす。ふと、なにかが目に入った。あれは。
「んでどうよ。新ブキの使い心地は」
「んー、実は俺そんな使ってないんだよね。ワサビもいつものスシスシコラでじゅうぶんかなって感じ」
「まぁモモさんのスシとスシコラの使い分けるステージもう決まりきっとるもんな」
「場合によってはアンチョビで使うのもありだけどスパショが恋しい」
「モモセモモセ。俺知ってるよ。この前の対抗戦でアンチョビだった時見間違えて裏取り行ってた俺にスパショ撃ってたこと」
「でへへバレたか」
「滅ぼそうと思った」
「仲間割れやめんかい」
「ねね。俺もっかい対抗戦行きたい」
「ライムさんは別にいいで。モモさんは?」
「大丈夫ー」
「モモセへの恨み晴らすわ」
「え、こわ…」
「まだ続いとったんかい。じゃあカザカミは…カザカミ?」
「…あ、ごめん。なに?」
 ずっと隣にいると思っていたのだろうライムが、僕のいた場所に目をやった。僕は慌ててその位置に戻ると、ライムが怪訝そうな顔で、どこ行っとったん、と聞いてきた。ちょっと色々見てた、とそれらしい理由で誤魔化すと、僕はなんの話題だったのか尋ねた。
「対抗戦。あと一本くらい行くかって話なんやけど」
「僕は大丈夫だよ」
「じゃあライムさん募集よろしくー」
「おうまかせとき」
 ライムがイカ型端末を懐から取り出すとそのまま店を出ていった。それに続いてモモセ、キイロ、僕も店を出ていく。
 僕は懐に手を当てる。懐にしまわれたそれは、くしゃり、と小さく音をたてた。



 対戦相手はすぐに見付かり、今はプライベートマッチ控え室。
 ルールはエリア。ステージは初回おまかせで選んでそこから右回り。先に五回勝った方が勝ち。
 現在チームLMiは四勝四敗。つまり同点。どの試合も圧倒的に勝つ負けるがなくて一瞬も油断出来ない。凄くいい勝負だった。
 だけどそんな勝負も最後に選ばれたこのステージによって全て崩れることになる。
「も、モンガラァ…」
 次のステージを見てキイロはこれまでにないくらい悲痛に満ちた顔で頭を抱えだした。
 次のステージはモンガラキャンプ場。あの短射程泣かせの色々と長いステージ。そう。チームLMiがどれだけ反省を重ねても勝ち越したことがない、あのモンガラキャンプ場なのだ。戦う前から敗北確定。チャンスがあったって勝機は薄い。実際、今までモンガラで逆転出来そうになった時は大抵最後にまた巻き返されてしまっていた。キイロがこんなに落ち込むのも無理はない。
「モモさん…。そろそろ解禁する時とちゃうんか」
 ふとライムがどこか含みのある視線をモモセに寄越した。対するモモセは俯いたまま、なにも話さない。
「…なにかあったの」
 沈黙が妙に落ち着かなくて、僕は間を置いて尋ねた。
「昔モモさんジェッカス使っとったんや。その頃はLMiは四人チームで、わかばジェッカスエリデコハイカスっていう編成やったなぁ。ハイカスの子は抜けてったけど」
「それは…なかなかの編成だね」
 さすがにふざけた編成だねとは言えず、咄嗟に誤魔化した僕だった。
「でまぁモモさんはジェッカス使っとったんやけど、ある日チームノワールのスイレンに呼び出されたらしくってな。ほら、あいつなんかジェッカス使いを潰して回っとるって噂あるやろ? それに合ったらしくってそれ以来モモさんジェッカス持たんくなってしもたんや」
「ええ…」
 そんな噂はじめて聞いたんだけど。なにやってんのスイレン。僕は呆れずにはいられなかった。
 つまるところモモセはスイレンからトラウマを植え付けられてしまった訳だ。ずっと黙っていたモモセだが、ライムが一通り話終わると、おなさけない話、と両手を合わせた。それから、ごめん、とも。
「それからチームノワールを見るだけで心の奥底から恐怖が這い上がってくるっていうかさ…。本当はスシコラに持ち変えるならオクタがよかったんだけど向こうにもオクタいるじゃん。しかも全一。自分で買ったはずのオクタから圧を感じたよね」
「性能同じじゃん」
「そうだけどさぁ。俺の心の問題。ノワールが怖いのもあるけど、それよりも俺なんかが全一と同じブキ持つなんて恐れ多いし」
 モモセは困ったように笑った。
 性能のスシコラとオクタでそんな線引きがされるのか。よく分からないな、と思った。要約するととにかくモモセはノワールと同じブキは持ちたくないようだ。
 ライムがあんなに大袈裟な口調でジェッカスのことを話題に出したのはスシコラよりもジェッカスの方がモンガラで有利だからと考えたからかもしれないけど、正直それでも勝てるかどうかは分からない。あんなに勝てないのならばブキ云々以前の問題だと思えてしまうのだ。それに編成的にも塗りがきつくなる。モモセも嫌がってるみたいだし、無理に持たせる必要はないんじゃないか。
 だからごめんだけど、とモモセが首を横に振って背を向けた時、なにかが僕の目の前を通りすぎた。黄色のゲソが揺れるのが見える。キイロだ。キイロがモモセの腕をがっしりと掴んでいる。
「逃げるなよ」
 いつもより低い、怒ったような声をキイロは放った。
「別に、逃げてなんか」
「嘘吐くなよ。俺知ってるから。モモセが今でもジェッカス大切にしてること。タグマで相手にジェッカスいる時、羨ましそうな目で見てることも」
「…」
 言い返せなくなったか、キイロは振り返らないまま視線を落とした。
 あ、これは、と僕は思った。
「確かに怖い目に合ったかもしれない。それでもそんなもので覆せないくらいのジェッカスとの日々があったはずじゃんか。今まで嬉しい時も辛い時も一緒だったって、モモセ言ってたよな。一番の相棒だって、言ってたよな!? あれは嘘だったっていうのか!?」
「違う! 俺はジェッカスのことをたしかに──!」
「ちゃんと言えたやんか」
 やっと振り返るモモセの肩を、ぽんとライムが叩いた。え、とモモセはキイロを見る。キイロは慈愛に満ちた表情をモモセに向けていた。
「それがモモさんの本音なんやろ? もう我慢する必要ないんや」
「…ライムさん」
「ほらモモセ言ってみて。モモセが持ちたいブキはなにか」
 優しく微笑んでキイロは掴んでいた腕を離した。モモセは自由になった腕をじっと見つめ、拳を強く握り締める。
「俺…ジェッカスが持ちたい。もうずっと持ってなくて足を引っ張るかもしれないけど、お願い。みんな、俺に力を貸して」
「よっし任せろ!」
「俺達のチーム、チームLMiがモモさんをサポートするわ。ライムさんはモモさんのこと、信じてるで」
 お互いを見合って同時に頷くと、モモセは早速ジェッカスに持ち変えた。ギアもそれ用に変えて。ギア構成はスイレンと似ている。ジェッカス使いにとっての理想のギアはこうなのかもしれない。
 長いこと話し合ってしまった。モモセが着替え終わったところで準備の制限時間が終わりを告げ、僕達はモンガラへ転送してくれる装置の上に乗る。
 …なんだったの、この茶番。
 僕は頭を抱えずにはいられなかった。



 ロビー内の出入口付近。
 自動ドアのセンサーに反応されないくらいの位置に僕とチームLMiは立っていた。
「やっぱりモモさんのジェッカスは強いなぁ。めっちゃ助かったわ」
「いやーそれほどでもー」
 ライムに褒められたモモセがへらへらと笑った。その隣でキイロも、よくやった、よくやった、と深く頷いている。もうあの茶番劇の面影はなかった。
 モンガラエリアの結果は、圧勝だった。隙さえ与えない。勝機も見せない。そんな試合だった。
 僕が考えていたモモセがジェッカスを持つことで起こりうるデメリットはほぼ起きなかった。塗れないのならば数的有利を作ってしまえばいい。そんな風に僕と一緒に初動右に行っていたモモセはすぐに一枚落とし、もう一枚を警戒しつつ自陣側の援護、死角に潜んでいた敵をホッカス持ちの僕がキルすると、完全に正面を制圧した。
 勝てないのはブキ以前の問題だと思っていたけど、全然そんなことはなかった。むしろ、逆だ。モモセはジェッカスだからこそ動き方が分かっていた。ライムやキイロのサポートのお陰ということもあるだろうけど、分かっていたから、みんなお互いのことを分かっていたから、理想の試合の形を相手に押し付けることが出来た。
 このチームLMiはみんながみんな、どこか一人で動いている節がある。スシコラを持つモモセの動きはその緩い性格に反してとても攻撃的で、このチームの前線を支えていると言っても過言ではない。キイロは虚を突くのが好きなのか、よく裏取りに行ったりする。ただ二人とも自分の動きにあまり報告をすることがない。言うことがあるとすれば誰かをキルした時かスペシャルが溜まった時くらいだ。その分わかばを持ったライムが塗って面積を広めつつ戦況を把握して、ただ一人ずっと二人に対して報告をしている。最前線を行くモモセ、裏を取るキイロ、戦況の確認を怠らないライム。ライムが全てを見渡して報告してくれるから一人で行動し続ける二人は安心して背中を任せていられる。たまにライムがバリアを分けにモモセと行動を共にすることもあるけど、とにかく一人行動の目立つチームなのだ。それでよく勝ててきたなと思う。まぁこの三人は昔から一緒にいるみたいだし、言葉にしなくても大体分かるのかもしれないけど。
 だから強制的に意識を割かれるステージがこのチームの弱点だった。敵も味方も二手に別れてしまうステージでは別れてしまった側をライムは見ていられない。別れてしまうようなステージは大抵ライムとキイロが一緒に行動しているんだけど、そうなった時モモセは完全に一人になってしまうのだ。その上モンガラみたいなステージは短射程はどこまで攻めて、どこまで引けばいいのか分からない。その迷いがモモセの動きを悪くさせ、攻撃的な立ち回りを見せられなかった。モンガラのこの圧倒的な勝率の低さはこれだ。
 しかしジェッカスは? ジェッカスは短射程ではない。スシコラみたいな明確な立ち位置も強みもない。だけどモモセは確かにジェッカスの性能を信じ、迷いのない動きをしていた。僕はジェッカスを持ったことがないから分からないけど、なんだかジェッカスとの信頼関係を見た気がして、とても驚いた。そして、ライムやキイロとも。
 ジェッカスはスシコラのように最前線を支えることが出来ない。一人で前線を維持することが出来ない。だからなのか、いつも一人で立ち回るモモセが味方の動きを見て動いていた。それをライムやキイロも理解していたのか、ジェッカスを持ち、射程の暴力とも呼べるそれで前線を見据えていたモモセに合わせて動いたりサポートしたりしていた。スイレンの持つジェッカスは射程を活かし、味方の位置を見て動く一人きりの裏仕事のような強さだけど、モモセの持つジェッカスは、味方と息を合わせることで強さを手にしているようだった。
「ジェッカス楽しいよ。やっぱり」
「じゃあこれからも持つ? ジェッカス」
「んー保留」
「処せ! 勿体ぶるそこのピンク頭を処しちまえ!」
 ライムの問い掛けに曖昧に笑うモモセに、キイロは勢いよく体当たり。からのヘッドロック。ぐえ、と苦しそうな声を出すものの、モモセの表情は楽しそうだ。どうやら吹っ切れたみたい。恐らく今後対抗戦であの深緑を目にすることが増えていくんだろうな。僕としてもジェッカスが味方に来た時の立ち回りを勉強出来るからありがたい。とはいえこれからも対抗戦のお誘いが来るかどうかなんて保証はないんだけども。
「今日はここいらで解散やな」
「ライムさんこの後暇ならどっか飲みに行こ」
「おっ。ええで」
「やったぜ」
「俺はさっさと帰って寝るわー。すやみー」
「すやみー」
「カザカミはこのあとどうするん?」
 手を振るキイロとモモセを隣に、ふとライムが尋ねてきた。
「僕も帰るよ。今日は対抗戦誘ってくれてありがとう」
「いやいやこっちこそ。いつも来てくれてほんま助かるわ。またよろしく」
 ライムは満面の笑みで礼をすると、モモセと先にロビーから出ていった。続いてキイロも。残った僕は振り返り手を振ってくる彼らに手を振り返す。
 またよろしく、か。
 カンストチームからすれば足手まといでしかない僕をまた対抗戦に誘いに来てくれるらしい。
 まだ発展途中な僕の腕でも必要としてくれることがらしくもなく嬉しくて、僕はしばらくその場で立ち止まったままでいた。



 がちゃん、と無機質な音を立てて後ろ手に玄関のドアを閉める。
 玄関やリビングを通り抜け自室に入ると、僕は肩に掛けたホッカスの入ったブキホルダーを壁際に置いた。夕日が窓から差し込むだけの薄暗い部屋の明かりを点けると、僕はベッドに腰掛けた。
 結局あの後対抗戦の余韻からガチマに潜り込んでしまった。カンストだらけの対抗戦の後だったので、野良ガチマはとても静かに感じられた。ウデマエはまぁ、微妙に上がったくらいだけど。対抗戦を通じて僕自身の腕も上がっていると信じたい。
 懐から無造作に突っ込まれてくしゃくしゃになった紙切れを取り出す。色褪せて所々ぼろぼろになっている古い紙切れ。枚数は三枚。盗みを働いてしまった罪悪感と、紙切れの内容に対する緊張で、懐から出したものの読めず、くしゃくしゃになったそれをじっと見つめていた。
 カンブリアームズのレジの後ろの棚の端で本と本の間に挟まれていた古ぼけた紙切れ。やけに気になって仕方なかったそれを、僕はカンブリアームズの店主、ブキチの目を盗んで持ってきてしまった。あんなに新ブキで大盛況していて店のあちこちでインクリング達から質問責めに合っているブキチの目を盗むことなど造作もない。盗んでおいてあれだけど、もう少し警戒心を持った方がいいんじゃないの、なんて心配になってしまった。
 何故こんなに気になってしまったのかは分からない。不自然に古びたこれに、僕の好奇心が止められなかったのかもしれない。棚にしまわれていたのだから埃が被ってだとか色焼けしてだとか色々理由はあるだろうけど、それでもこのぼろさは異常だった。気になる。知りたい。謎で不思議で包まれたこれを、僕の頭に叩き付けたくて仕方ない。ああ駄目だ。好奇心を優先させたっていいことなんか今まで一つもなかったのに。
 もしただのブキの設計図だったらきちんと謝って返しに行こう。そう自分を落ち着かせ、僕はくしゃくしゃになった紙切れの皺を丁寧に伸ばした。
 その紙切れはどうやらブキの設計図ではないようだった。
 建物のような地形のような図が小さく書かれていだけで、他はびっしりと文字が並んでいた。一目見ただけで難しそうな話だということが分かる。これは読み終わるのに時間が掛かりそうだ。覚悟して僕は一枚目の頭から読み始める。文字を追う目が早くなっていくのを、僕はどこか他人事のように感じていた。



2019/01/06



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