Davis Crewel and Homme Fatale #2

 目標を定め正しく奮励の精神を発揮したデイヴィス・クルーウェルは、2年生に進級した時点で次期寮長と称された。その姿、立ち振る舞いとて美しき女王を冠する寮にふさわしく一部の隙も見当たらないものだった。
 そして、応用錬金術の授業。下級生ながらにスキップして取ることとなったこの科目において、既に学内トップクラスの実力と自信に胸を張るクルーウェルとのペアを望む生徒は少なかった――上級生の鼻とて彼は一年の内にへし折って居たし、クルーウェルの実力に裏打ちされた完璧主義がそれに拍車をかけてもいた。
 そうして、珍しく取り巻きもない中で一人の方が気が楽だとパラパラと既に頭に入っているテキストを捲っていたクルーウェルに声が掛けられる。「失礼しても?」
 それはあの声だった。クルーウェルに初めての屈辱を与えた男の、あの嫌味なほどに脳を貫く甘い声。決して慌てずにゆっくりと視線を向けた先にいるのは、太陽光を浴びて青く艶めく射千玉色の髪と透き通るような嫉妬の瞳を持った思い描いた通りの美しい男だった。“あの時”と違うのは、男のその視線が確かにクルーウェルに向いていて、そして、クルーウェルに話しかけていることだった。
「勿論、どうぞ――復学されていたのですね。アルアジーム先輩」と。声が震えることなく返すことができたのは、自信を取り戻すべく奮励したクルーウェルの努力が実った結果であったのだろう。
「ああ、家督の引き継ぎが終わってね。君も無事の進級おめでとう――クルーウェルくんだろう?」
 しかし、その言葉にはたと動きを止めてしまったのはそれがクルーウェルにとって想定外の言葉に他ならなかったからだ。
「タルターロンから優秀だと聞いているよ。フ、あの石頭に次期寮長だろうとまで言わしめるとは――面白いものが見られた」
 微かに口角を上げて告げられたその言葉に隠し切れずパチリと目を瞬いた。タルターロンは応用錬金術の講師であり、サイエンス部――詰まるところクルーウェルの所属する部活の顧問であった。
「お言葉に預かり、光栄です」
「ああ、今年から私は同級だよ」
 男のグリーンアイがこちらをジと捉えていた。言葉足らずながら求められていることは明らかで、緊張から微かに干上がる喉を口内の唾液を飲み込むことで潤してから、口を開いだ。
「そうだな」
 目を逸らすな――自身を示せ。今この男の目の前にいるのは俺だ。「俺はデイヴィス・クルーウェル」
 半ば睨み付けるような視線で、しかし口角は不敵に上げて。自分が最も美しく見える角度をもってクルーウェルは男に対峙する。
「ポムフィオーレ寮所属。得意科目は錬金術で、サイエンス部所属だ。よろしく」 お前の前にいるのは有象無象ではない俺だとそう告げた。暫しの沈黙の後、男のグリーンアイが微かに歪んだ。
「ああ、賢い子は好きだよ――私はディアソムニア寮長に再任したアンワル・アルアジームだ。好きなものは話の早いもので、現在の所属はボードゲーム部だ。よろしく、デイヴィス」
 今日この時、取り巻きがいない専門科目であったことにデイヴィスは心の底から信じても居ない“神様”に感謝した。

 そうなれば、あとは一直線だった。

「アンワル」
「デイヴィスか、いつものお友達は?」
「君と一緒にいる方が為になる」
「それは光栄だ」と。返した男の表情は平時と変わらなかったが、その目がクルーウェルを確かに捉えていることに満足を覚えた。
 
「……退屈していないか」
「いいや?お前の話は建設的でいい。その髪色も凡人には真似できないだろうが、お前によく似合っているよ」と。らしくない不安へと、当然のように返される男の言葉と、揺らがないその目に確かに救われていた。
 
「もういいか。私も暇じゃないんだ」
「――アンワル」
「やァ、デイヴィス」
「次の授業は同じだろう。遅れるぞ」
 こちらを睨め付ける凡夫に対する、仄暗い優越感を否定はしない。彼の隣は自分の席だと確かに思っていた。

「君はバイセクシャルなのか?」
 そう問いかけることとなった感情の明確な移ろいは、昨夜の深夜に見知らぬ男へと口付けを送る男を見てしまったからだ。深い口付けの中で、ツイと視線でデイヴィスを捉えた男のグリーンアイに、カと顔が燃え上がったのを忘れることなど出来はせず。その熱は一夜が空けても消えることなく、デイヴィスの腹に溜まるばかりだった。
「ああ、そうかもしれないね」
 そう返す男が面白いものを見るように笑うから、その顔があまりに真っ直ぐにデイヴィスを捉えるから、グと食いしばっていたはずの口が解けてしまうのだろう。「――好きだ」
「初めて見た時から、そして、お前を知るほどに。……ムカつくほどに。お前が好きだ」
 決して目を逸らさなかったのは負けず嫌いのデイヴィスの性であり、そして、目の前の男の感情の移ろいを少しも見落とすまいとした恋心の影響でもあったのだろう。
「――そうか」
 変わらない声色にグと心に重石が入る。
「デイヴ」
「は」
「そう呼んでいいかと聞こうと思っていたんだ」
 錯覚かもしれない。幻かもしれない。けれどそれは、柔らかな声だった。
「――ああ、もちろん」
 デイヴィス・クルーウェルらしくもなく、赤く染まった無様な顔を男は決して笑わなかった。
 
 ・
 
「デイヴ」
 熱砂の国の冒涜的な茶のようなザリザリとした甘い声がクルーウェルの聴覚を支配する。彼の微かな息遣いと身体中の快感だけが今のクルーウェルを現実へと縛り付けていた。
「デイヴィス、デイヴ――俺のウエヌス」
 ただシーツを掻き抱いて男の目を見た。その言葉もグリーンアイもひどく懐かしい。まるで時が戻ったような感覚と共に、ふと口角が上がった男に、ああ、ダメだと思った。きっとこうして何度だって恋に恋する生娘のようにどこまでも落ちていく。
「――お前になんて、出会わなければよかった」
「そうか、残念だったな」
 苦し紛れの本音を溢したクルーウェルへと、そう返す言葉の軽さよ。碌な男ではないとわかっていた。それでも逃れられないとそう思っていた。
「俺だけだと、俺が唯一だと言ってくれ」
「お前だけだよ、デイヴ」 思ってもいないくせに――本当に酷い男だ。今いる子供の数だけ、女を抱いたのだろう。デイヴィス・クルーウェルという最上級の男を虜にしてもなお、それに価値が無くなれば捨ててしまえる男なのだ。目の前のこの美しい男は。
 NRCで彼の御眼に叶わなくなった者達へ向ける視線を、クルーウェルは知っている。その冷たい視線に自身が選ばれ続けている優越感すら感じていた。だから、卒業を迎える直前ふと不安になった――子を成せぬこの身体に、この残酷な男がどれほどに意味を見出してくれるのだろうか。
 デイヴィス・クルーウェルは優秀な男だった。自分の価値を下げるような、努力を怠る真似はしない。けれど、女でないと、子を成せないという一点において、デイヴィス・クルーウェルはどれほどの婢女にも劣るのだ。だからこそ、デイヴィスがさようならを告げた卒業のあの時、追いかけて欲しかった。少しでいいから縋って欲しかった。数多の女でなく、俺を選んでほしかった。デイヴィス・クルーウェルはただ目の前の男の唯一になりたかった。
 
「そうか。ならば達者で。デイヴィス」
 
 けれど。いつもの甘い言葉でなく、愛称でなく。ただの他人のようにそう告げた男に、デイヴィスは確かに絶望したのだ。追いすがることすらできないほどに――だから知っている。報われるわけがない恋だ。この男は愛をくれることなどないのだから。彼は愛など必要としていないのだから。それでも、ただ、彼の瞳に映されるのが心地よいのだと知っている。
「愛してくれ。今この時は、俺だけを」
「君が望むのなら。俺のウエヌス、美しい子」
 シーツの中で、彼の緑の瞳が煌めいた。

 
「デイヴィス・クルーウェルとオム・ファタール」了
[] | []
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -