その瞳が、あまりにも綺麗だったので。



夕食はさながら戦場だった。肉が舞い、箸のぶつかる音が響いてとどめに行儀が悪い!とオカン二人のお仕置き。ぎゃあぎゃあと騒がしいなか終えた食事のあと布団を引きに私と食器洗いをしている佐助さん以外のみんなは二階へいってしまった。
みんなで子供部屋に寝る習慣は実は私の部屋が元通り眠れる環境になっても続いていた。もちろん私は自分の部屋で寝るといっていたのだけれど、何故かみんなから止められてしまった。男性と一緒の部屋で寝ることには少し抵抗があったものの、今では慣れてしまった。だから今更一緒に寝るのが何人になろうともあまりきにならない。…まあ、結婚前の乙女がどうかと思うけれど。
「佐助さん?」
よんでも返事はない。キッチンを覗いてもそこには誰もおらず、首を傾げた。
「あれ、いない」
つぶやいてぐるりと周りを見渡す。最後は佐助さんだけなのになあ、と思いながら部屋を見渡すけど気配はない。
「佐助さんどこいっちゃったんだろ…」
はあ、とため息をついた瞬間だった。
「俺様になにか用かな?楓ちゃん?」
「ひゃっ、ぐむっ」
「しー。おおきな声出したら上のみんなが来ちゃうでしょ」
いきなり後ろから囁かれた低音に世にも間抜けな悲鳴が漏れそうになったのを寸前で大きな手で喉の奥に押し戻された。
ね、と言われて大きく首を縦に振ればいい子だとかいわれたけど、よく考えれば悲鳴をあげそうになった原因は今後ろで私の口を押さえている、佐助さんだ。悲鳴をあげさせた張本人が何をいう。
「ぷはっ、さ、佐助さん」
「ん、なぁに?」
やっと外された手を掴んだまま名前を読んで顔をあげれば、にんまりと笑う佐助さんが後ろから私を抱きしめるような体勢で見下ろしていた。
「あのですね、お昼のことなんですけど」
「うん。俺様、まだ拗ねてるよ」
「うっ」
にこにこと笑いながらそういう佐助さんが、怖い。政宗よりも頑な!な感じだ。しかも笑顔でフランクに話しかけて来るだけ、よりタチが悪い気がする。
「ご、ごめんなさい」
謝ったが勝ちだと、素直にそういえば佐助さんの顔が少しだけ曇った。そしてはあ、とため息が聞こえた瞬間にぽすん、と佐助さんの頭が落ちて来て私の肩に乗った。てっきり怒られると思っていた私はその意外な行動に暫く瞬きを繰り返すことしか出来なかった。
「…そういう顔、させたいんじゃない」
「え?」
「怒ってないよ。でも寂しかったのはほんと」
腰に回された手に力が篭る。ごろごろと猫みたいに額を押し付けられれば橙のふわふわした髪が頬をくすぐった。
しばし逡巡したものの、そっとてをのばして、その髪に触れた。その瞬間びくりと佐助さんの身体が震えたけれど、なにもいわないし、なにもしなかった。だから、そのまま柔らかな髪に指を絡ませ、そっと頭を撫でた。
「あはー、俺様、子供みたい」
「…たまには、いいとおもいますよ」
「…うん」
くすくすと私の肩に唇を押し当てて佐助さんは笑う。
これはもしかしたら甘えられているのだろうか。大人の男の人から甘えられたことなんてないから、わからないけれど、これはもしかしたらもしかして甘えているのかもしれない。
よくわからないけれどただひとつわかっていることは、今佐助さんを突き放してはいけないということだけだった。
「ねぇ、楓ちゃん」
「はい」
「楓ちゃん。俺様が楓ちゃんのこと信用してないって思ってるよね」
「…っ」
いきなり突き付けられた問いに身体が跳ねた。それは確かに真実だった。そして、そのことを佐助さんだって気がついていると、わかっていたのに。
それを佐助さんに肯定されるかもしれないことが、ひどく怖かった。
「はは、ほんとに正直」
「さすけ、さん」
名前を呼んだけれどその声は掠れてしまった。足の先からすぅっと熱が引いて、身体が冷たくなっていくような感覚の中で、触れている佐助さんの身体だけが温かかった。
「ま、気がついてると思うけど俺様あんまり人に興味もったことないんだよね」
いきなり始まった話について行けずに伏せていた顔をあげて佐助さんの方を見た。
「忍だからってのもあるけど今までの人生で俺が人を判断する基準は真田の旦那に害があるか、ないか。それか俺の仕事に使えるか使えないかだった。優しくするのもそうすることによって自分に利益があるから。…うわあ、自分でいっといてなんだけど、俺様すごいやなやつだよねえ」
佐助さんは笑った。伏せたままだから顔は見えない。それでも、笑っているふりをしているのはわかった。
「だから、楓ちゃんに対してもそうだったんだよ」
けれど、次に告げられたナイフのような冷たさをもったその言葉にぎゅうっと喉が苦しくなった。わかってはいたけれど、どうしようもなくさみしくなって思わず涙が溢れそうになる。
泣くなと、自分を叱咤したけれどどうしようもなくて。ぼろりと最初の一粒が零れおちそうになったその時だった。
「最初はね、確かにそうだったのに」
「…え?」
「いつから気持ちが変わってたのか。俺様にもよくわかんないんだよね」
そういってはじめて佐助さんは顔をあげた。少しだけ、佐助さんの瞳もゆらゆらと揺れていたようにも見えた。
「ねえ、楓ちゃん。君が思っているより俺は君を想ってるよ」
その声はやさしくて、そして何より向けられた笑顔が今までとは違う、やわらかなものだった。
そのときはじめて、私は本当に佐助さん自身を見たのだ。
「それだけは知っててほしかった」
「…はい」
答える声が震えてしまった。さっきとは別の意味でこみ上げてきた涙がこぼれてしまえば、佐助さんが慌てた顔をして服の袖でごしごしとそれをぬぐった。
「佐助さんの、こと、私は、好きです」
「…うん」
「ちゃんと、わかってますから、私だって佐助さんのこと」
「あはー、熱烈な告白だね」
私の腰に回していた腕を解いて、向かい合う形にして優しく私の涙を拭きとる佐助さんはそう言って笑う。それに私は子供みたいにぼろぼろと泣きながらしゃくりあげる。
「あ、そうだ告白されついでに、我儘を言ってもうひとつ」
佐助さんは人差し指をぴんと立てると落ち着いてきた私の手を取って、自分の頭にのせた。そしてにんまりと、いつもの笑み浮かべた。
「焼いてたのは本当。だから、俺様の頭もたまには撫でてくれない?風魔ばっかり撫でるのはずるい」
「それが、わがままですか?」
「そ、これが我儘。俺様だって旦那たちみたいに甘えたいときだってあるんだけど、ダメ?」
そう言って首をかしげる佐助さんの顔がひどく幼く見えて、私が笑えば、佐助さんも笑った。のせられた手をぐしゃぐしゃと橙色のふわふわの猫毛をかき交ぜるように動かせば、佐助さんが気持ちよさそうに目を細めた。

「そういえば」
「なに?」
用意が出来たぞ、という小十郎さんの声に返事をして二人で階段を上っている途中で私はあることを思い出して後ろにいる佐助さんに顔を向けた。
「さっき、なんで台所にいなかったんですか?呼ぶちょっと前はいたのに」
「あーあれ?」
あはーといつもの声をあげて佐助さんが笑う。それはもう悪戯ににんまりと。
「あれさあ、あんまりにも俺様を探す楓ちゃんが可愛くてついつい」
「ついつい…?」
「隠れてその様子見てた。後ろにいたの気がつかなかったでしょ?何せ俺様、忍だからね!」
「なっ!ちょ、ちょっとそれ相当性格悪いですよ!」
「ええー違うって、それは愛故の行動だからね」
その言葉になんなのこのひとなんなの!と思いながらもばしっと軽く肩をたたけば、佐助さんがくつくつと笑った。それがまた悔しくてばしばしと何度もたたいてたら今度は声をあげて笑われた。
「も、もう佐助さんなんか知りません!」
「でも、楓ちゃん。俺様のことすきなんだもんね」
その言葉に先程泣きながら言った言葉がよみがえって、自分がぐわあああと耳の先まで真っ赤になるのがわかった。
「こ、小十郎さん!佐助さんがいじめます!」
「あ、それって卑怯じゃない!?右目の旦那怖いんだから!」
慌てた佐助さんの声を聞きながら、私はそのまま二階にいる小十郎さんのもとに駆け込んだ。




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