はじめて呼ばれた名前
繋いだ手のぬくもり



「政宗」
「…」
「まーさむね」
「……」
こうして呼び続けてはや数十分。政宗は客間を一人で占領して、私に背を向けて寝たふりを決め込んでいます。なかなか、手ごわい。政宗に会いに行く前に小十郎さんからきいていたものの、ここまで頑なだとは思わなかった。
じいっとその背中をみつめて、ため息混じりに尋ねた。
「ねてるの?」
「…I'm sleeping」
やっとかえって来た答えはそれ。でも口を開いたことは一歩前進ってことだ。そのままじりじりとにじり寄って、政宗の横に寝転んだ。
「政宗が話してくれないと、寂しいんだけどなあ」
「…別に寂しくないだろ」
会話してくれるようになったことに少しだけほっとする。しかし、思った以上に拗ねてるらしい。
でも向けられた背中を見ていると寂しいのは本当だった。だから、そういわれて少し腹がたった。
「じゃあ、政宗は私と話さなくても寂しくないんだ。ふーん、へー。そうなんだ」
「ちが、…っ!」
私がいじけたフリをして(とは言っても半ば本気だけど)そういえば、政宗はすごい勢いで起き上がり、否定しようとしたところで、にんまり笑う私の顔を見てはめられたことに気がついたらしい。
「違うの?」
「…Shit」
にやにやと笑いながら首を傾げて尋ねれば、政宗はそう小さくつぶやいて、降参というように両手をあげた。
「やっとこっちむいた」
「あれはやり方がずるいだろ」
「でも本音だし、騙したんじゃないもん。ちょっと言い方を本気で怒った感じにしただけ」
「…そこがずるいっていってんだよ」
はあ、とため息をついた政宗にはもうあの刺々しい空気はない。だから、手をのばして、そのさらさらの髪に触れた。
「でも、悲しかったのはほんとだよ。だって政宗は政宗しかいないんだから、他の人が代わりになれる訳無いでしょう?だから、無視されると、つらい」
くん、と長い前髪を掴んで、ひっぱる。その後ろで、驚きに見開かれた隻眼が見えた。あぁ、綺麗な黒い瞳だななんておもっているうちにぐいっとその手を引かれてあれれと思っているうちに私のからだはすっぽりと政宗の腕の中に閉じ込められていた。
「ま、政宗!!」
「楓は」
「え?」
抱きしめられた体勢のまま政宗を見上げれば、ライトが逆光となって政宗の顔は見えなかった。
「なんで、欲しかったものをくれるんだろうな」
「まさ、むね?」
表情は見えなくても、声がひどく悲しそうで私は息をつまらせた。手をのばして頬に触れようとすればそれは政宗の手に絡めとられて手の甲に優しく唇を押し当てられた。
「…お前の傍は心地良すぎる」
そういって政宗はまだなにか言おうとして、結局は何も言わずに口を閉じた。そして私の手を強く握るとそっと私の身体に回していた腕を解いた。
向かい合ったときにはもう既にいつもの政宗に戻っていた。
「ンだよ、もう拗ねてないぜ?」
「…政宗」
名前を呼べば、いつもの笑顔。
先程の泣きそうな子供の影はもうどこにもなかった。
「まァ、今度は拗ねるなんてガキくせぇことせずに、Hneyが他の男のところにいってたらさっきみたいに抱きしめて閉じ込めることにしたからな」
「はぁ?!」
「覚悟しとけよ?」
にやりと笑う政宗に、先程抱きしめられたことを思い出して一気に顔が熱くなる。
「とりあえず今回は機嫌をなおしてやるよ、Honey」
「いちいち政宗は言い方が偉そうなんだよ!何様だ!ばか!」
恥ずかしさを紛らわすために近くにあった枕を投げればそれはたやすく受け止められた。
「そりゃ。奥州筆頭、伊達政宗様だ。OK?」
「むー!」
そういえばそうだったとあまりの悔しさに言葉に詰まれば、政宗がそんな私の顔を見てぶはっと吹き出した。
「お、おま今の顔すごいぞ」
「ううううるさい!政宗のばーか!」
くつくつと笑う政宗の頭をぱしんといっかいたたいて、そのまま扉へと向かう。ちょうどよく、したから佐助さんがご飯だよと呼ぶ声が聞こえた。
「ほら、ごはんだって、いくよ政宗!」
無意識に差し出した手をみて、政宗の顔が今まで見たことがないぐらい優しい笑みを浮かべた。
それをみた瞬間、何故か煩くなった動機と熱くなった頬に戸惑っていたら、さっき初めて名前呼ばれたなあなんてことまで思い出してしまって握られた手にぎゅうっと力を入れた。



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