■ 逢引のはなし

「これ、何て読むの?」
「りんごだな」
「リンゴってこう書くのね」

くるくるとよく動く瞳から幼さが垣間見える。誰も、今ここに座る少女がポートマフィアきっての暗殺者だなどと思わないだろう。
少女、月子は、安くはないとわかる服や、薄く施された化粧から大人びているような落ち着いているような、独特に一般人ではない雰囲気を漂わせていた。しかし、品書きを眺めるその姿や、髪を束ねる大きなリボンが同時に幼さを醸し出しそれを中和する。いいところのお嬢様、とでもいうような印象を周囲に与えている気がした。
町でたまたま出会った月子に連れられやってきた店も、本人に同じく落ち着きや高級感がある。喫茶だとは言っていたが、暗めの色とアンティークであろう店内の家具たちが西洋の国の雰囲気を漂わせた。

「織田作はどうするの?」
「珈琲でいい」
「じゃあ決まりね」

ひらり、と月子が小さな手があげ、すいません、と店員を呼ぶ。サービスも十分質がいいのかすぐに給仕がやってきて注文をとる。月子の手を何気なく眺めていると、いつもの黒い手袋がはめられていないことに気付いた。

「なあに」

注文を終えた月子は視線に気が付いたのかこちらを見つめてきた。ケーキも欲しくなった?とからかうように言う。

「今日は手袋をしていないんだな」
「…ああ。だって、仕事じゃないもの。汚れることもないし…仕事気分と変えたかったっていうか」
「そうか」
「織田作会ったときに言ったじゃない。いつもと違うって」

確かに言ったがその時気が付いたのは服装だけだった。束の間の休日をこの子は買い物に使いたかったらしい。今日出会った場所も、服や宝飾を扱う店の前だった。ぼんやりと硝子越しにディスプレイを見ていた。
黒やそれに近い紫などでまとめられているが、今日はスカート以外は明るい。スカートもタイトなものではなくふわりと広がっている。系統こそ仕事時と変わりはしないが、十分違う印象を受けた。

「違いを褒めて欲しいものだけれど」
「そういうのは太宰に頼め」

少女と大人の中間を行き来する月子を満足させる褒め言葉を出すなど、自分には到底無理だと思える。月子は愉快そうに笑った。

「安吾が見たときは『そっちの方がいいですね』って言ってくれたわよ」
「意外だな」
「年相応に少女らしいですって」

褒め言葉だったのか微妙だわ、と零す月子との間を割って注文した商品がやってきた。給仕は迷いなくケーキと紅茶のセットを月子の前に、珈琲を自分の前へと置き静かに戻っていく。

「林檎じゃなかったのか」

やってきた赤は苺だった。ケーキの頂上に乗せられたそれを、フォークでころんと落とすとその下へと改めてフォークを入れていく。

「…また次に織田作と来た時にとっておこうかと思って」

なぜだか少し、ツンと澄まして月子は言った。











「聞いたよ織田作。月子と逢引したんだって?」

いつものバーへ行くと太宰がいて、横に座るとそう言われた。あれはそういうものだったのか、と頭の中で考えていると太宰は猫のように目を細めて隅に置けないね、と呟いた。

「あれはデートなのか?」
「お互いの休日に会ってお茶して買い物に行ったんだろ?十分デートじゃない」

あのあと、月子は買い物を続けるとなり、俺は帰ろうと思ったが都合がいいのならば付き合ってくれと言われた。荷物持ちかと少々覚悟はしたが、服を数点と日用品を買っただけで終わった。

「兄が妹に付き合わされたの方がしっくりくる」
「またまた。月子は喜んでいたよ」

太宰の話では、態度こそいつも通りだったが表情には色々浮かんできていたらしい。

「月子は織田作に懐いているから」
「そうか?」
「そうだよ」





尻切れ


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