■ 駒

「殺しの依頼だ」

いつも、この瞬間が嫌いだった。
頭を垂れ、磨かれた床を見つめる。部屋の中は室温より二度ほど冷たく感じ、肌を晒している部分はほとんどないはずなのに、布を通り抜けて寒さは針のように刺さった。
全ては、今自分の前に座る人物のせいだと思う。現佳月家当主、実の父だ。
佳月の家は、その血を継ぐものだけがもつ力で家を盛りたててきた。火を自在に操り、時にその炎に命すら与えるその力。何人の子供が生まれようと、この力はたったひとりが受け継ぎ、その者が次期当主となることが決まっていた。
最初の頃は、それこそ武器として扱うことが大抵だったらしい。今となっては、音楽や舞に合わせ、その炎を共に舞わせる。いわば芸事に特化した家となった。だが昔のことといえど事実は残る。その力が武器として『使える』ものなのだと、たくさんの人間は理解している。

それを守るため、家に固執し、外との関わりをほとんど絶ったこの家には独自の忍部隊を作る文化が根付いていた。

「依頼先は木の葉の里だ。全くこちらも忙しいというのに」
「…質問を、よろしいでしょうか」
「許す」

ひとりだけに力が受け継がれるのが分かっているから、代々当主は兄弟を持つことがない。目の前に座る父にも兄弟はない。

「木の葉の忍たちでは、出来ない任務なのでしょうか」
「…上忍ほどの実力を持った、『子供』を指名している」

だが自分には兄弟がいる。
正確には妹。双子の妹だ。彼女が力を継ぎ、次期当主になることが決定している。
その兄の自分は、何の役にも立たない子供だ。せめて役立たせようと有効な使い方を父や母、祖父母が考えた結果。家の忍軍の頭になれと育てられた。

「お前が適任というわけだ」
「…勿体ない、お言葉です」

妹の名前が世に出ていくことは不思議ではない。あちこちに呼ばれては舞台にたち、その唯一無二の芸で、世間を魅了している。
だが自分は。家にも、世にも。知覚されることを拒むように生きてきた。佳月家に長男がいたことなど、誰も知らないだろう。だけどなぜ、自分に声がかかったのか。木の葉があちこちに声をかけ、たまたま自分がぶつかったのか。恩を売るため父がその話に手をあげたのか。
考えを逡巡させるが、結局自分には関係のないことだろうというところへ行きついた。

結局どこに行っても、駒として働く以外、選択肢はないのだ。














「ねえねえ」

チャクラをコントロールする修業、ということで手を使わずに木を登るという課題が出た。
木の上から下で奮闘するナルトやサスケたちを見ていると、横から声をかけられる。自分と同じく、一回で木の上まで登りきったサクラが、少し目を輝かせながらこちらを見ていた。

「ヨイって、佳月の家の子なのよね」
「そうだけど」
「メイちゃんの、兄弟なの?」
「メイは、双子の妹」
「えー!!そうなの!!」

急に大きな声を出すので下にいたみんながこちらを見る。気にしないで、とサクラが下に手を振り、今度は小声で会話を再開する。

「前にね、一度舞台を見たの。すっごい綺麗だった。お母さんから、あの子あなたと同い年なのよって言われてほんとに驚いた!」
「…そう。メイが聞いたら喜ぶ」
「ヨイもあれ出来るの?」
「出来てたら、ここにいない」

メイ以外の、同い年の子供と交流するのは初めてだった。
生まれてから勉強も修業も、ずっと家の中でだ。ほんのわずかな期間だが、学校に通ったのも初めてだし、里の外へ出たのも初めてだ。世間知らずな行動はとらないように気をつけてはいるが、他の人から見てどうなのかわからない。

「…家を継ぐのが決まってるのはメイだ。僕は関係ない。だから忍者になろうと思った」
「なるほどねぇ。名家にも色々あるんだ」
「色々…」

また下に目をやると、同じ班のカスカと、アスナの姿が見える。
木に足をつけてもそのまま滑り落ちるだけのアスナを見て、カスカが笑っている。
アスナ。彼女が、自分とカスカがここにいる理由だ。

「でも、道が一個しかなかったわけじゃないでしょ?」
「道?」
「忍者になる以外」
「ああ…」

無邪気に、ただ同級生と、仲間と話をしようと、サクラは笑いかけてくる。
道がいくつもあったかなんて、分かりきっている。そんなものはなかった。ひとつもない。自分が選べる道はひとつだって。

「おーい」

考えこみかけたところで、下から声がかかった。いつの間にか息を止めていたようで、急には、と呼吸を再開する。

「おしゃべりしてないで、お前らも修業しなさい。登って終わりにしない」
「はーい。降りよっか」
「…落ちないようにね」
「登れたんだから落ちないわよ」

言葉どおりにとんとん、とサクラは順調に降りて地面へたどり着く。同じ道を辿って降りると、目の前でアスナが小さく拍手した。

「ヨイすごい。どうやってるの?」
「さっき習ったでしょ。足の裏でコントロールして…」
「それが出来ないんだよ」
「根気よく教えてやりなヨイ坊」

いつか僕は、目の前の彼女を殺すかもしれない。彼女の周りで何人が泣き叫んだり、石を投げたりしてきても、僕は彼女を殺すしかないのだ。隣で笑うカスカも、彼女を殺すためにここにいる。

(やっぱり、道はひとつだ)

誰かを傷つけてしか、生きていけないのかもしれない。
それが、自分の生き方なのだろう。









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