■ 月の影

昔、一度だけ佳月家の忍たちと関わったことがある。

国を挙げての大きな式典に当主・次期当主、両者が呼ばれた時だった。一応、里の要人なのだからこちらとしても守る義務がある。火影はボディガードとして忍たちを派遣するとして当主に伝えると、きっぱりと必要ない、と断られたのだ。
知っての通りですが、佳月家には忍部隊があります。そう言って、恭しく、家の遣いだという者は一礼するとその場を後にした。
佳月家忍軍。彼らは『月の影』と呼ばれていた。火を扱う当主は太陽、それに照らされ光るのが家名、つまり月だ。美しい例えだなと初めて聞いたときはそれなりに関心したものだが、本人たちは自分同様汚れ仕事を請け負う暗い闇のものたちだった。向ける刃は三日月よりも鋭く、忍び寄る音は夜よりも静かだ。里で育つものたちは経験したこともないような壮絶な訓練を行っているのだと、噂に聞いた。
あちらの強さ、人数とて不十分というわけでもない。今回も御役御免かと思ったが火影は折れなかった。珍しくも意地になって、任務へとあてがわれた。理由は、面子やプライドではないのだろうと、なんとなく察した。









「8歳のときに…木から落ちて、切った」

へえ、と気を使うような誰かの息が漏れる。
前を歩く子供たち3人は、真ん中にいるヨイの顔の傷の話をしているようだった。いつ頃、何があってついたのか。子供は素直だし、少し残酷だ。そういうことを気になったら聞きたがる。でも、変な含みもない分大人よりはいいかもしれない。

「ヨイみたいにすばしっこくてもそんな失敗するのね」
「…まあ」

表情は薄いが、ヨイは親しい人間に嘘をつくのが案外下手だ。今も遊んでいて木から落ちた時に切った、などと到底本人が踏まなそうなドジでごまかしてはいるが、不本意だと顔に書いてある。なんだか微笑ましくて笑ってしまった。

「あ、今カカシ先生笑ったってばよ!」
「いやいや、かわいい話だなあと思って」

目ざとく気づいたナルトによって、3人がこちらを振り返る。ヨイはいつもと表情が変わらないように見えたが、じとりと目を細めて俺をにらむ。馬鹿にするな、という視線だと、人は思うだろう。

でもあれは、真実は口にするなという目だ。










月の影の長が、子供だと知ったときはさすがの忍たちもざわついた。

一堂に会した彼ら。黒い装束に身を包み、どんな者がいるのか顔は薄ぼんやりとしか確認できない。しかし、先頭で当主へ頭を垂れている人物ははっきりと認識できた。周りを囲う者たちと比べ、明らかに小さな体躯。子供だ、と誰かが小さく口にしたのが耳に入った。
当主はぎろりとこちらを睨んだあと、傍らに控えていた馬車へと乗り込む。その時、後ろについていく小さな女の子がいた。事前資料に彼女が次期当主、メイなのだと記載があったのを覚えている。小さいのに、あの子の中には大きな炎があるのだなと目で追っていると小さくひらひらと手を振るのが見えた。相手はあの小さい部隊長だ。顔が見えないので彼か彼女かもわからないが、ほんの少し、指で地面をたたくように動かすと、それを見たメイは満足そうににっこりと笑って当主とは別の馬車へと乗り込んだ。



佳月邸は深い森の中にあり、まずはこの森を抜けなければならない。当主と火影のぶつかりあいの結果、どうやらこの森を抜ける間だけは我々木の葉の忍をつけることを許可されたらしい。森を抜ければ、会場までそう遠いというわけでもない。
その道中、同じ位置へ配置されていた月の影の者へ話しかける者がいた。なんとなく、それを聞いていた。任務中になどと、と多少言われそうなものだが、年若そうな青年は存外普通に話し始める。閉ざされ、忍たちすらなかなか屋敷の外へ出る機会など少ないらしい。彼自身も、外のことを知りたがった。同じく月の影の忍を父に持ち、幼いころから屋敷の中で育ったのだと彼は語った。中にいるものたちから言わせれば、小さな集落のような様相らしい。店こそ構えているものはないが、それなりに不便はしていない、とのことだ。

「お前らの長は…」
「ああ。ヨイ様のことか?気になるよなあ」

忍を目指す子供たちはいるけれど、こんなところにいるということはない。ましてや、手練れであろうものたちのトップになどと。

「若干8歳…最初は嫌がられてたよ、忍たちからも扱いにくいってな」
「誰かの子供ってわけじゃないのか?」
「…当主様さ」

ぴん、と糸が張ったような緊張が走る。聞いてもいいことなのか微妙な話を聞いてしまったなあと好奇心に後悔する。
曰く、佳月の炎は一子にしか継がれない。だから子供はひとりだけしか作らない。兄弟は不要なのだという考えが代々受け継がれてきた。
しかし、ヨイとメイは双子だった。母の胎の中にふたりいると分かったときには家中大騒ぎだったらしい。この世の終わりかとでもいうくらいに、年寄りは念仏を唱え、当主は怒りを誰にぶつけるでもなく憤慨した。生まれて来なければどちらが術を継いでいるかはわからない。ふたり生まれるなど今までの歴史になかった、不吉だ、継がない子供を殺せという声が大きくなる家の中で、ふたりは生まれた。

「結果、ヨイ様は何もなく生まれてきた」

捨てるか殺すか。家の名を汚すことになるかもしれない、生まれた時点で汚点なのだ、と泥の掛け合いのような議論の末、決まったのが今の立ち位置らしい。世の中には彼がメイと双子だということは隠しているつもりはないが、周知させる事実でもないらしい。

「ご子息に大人と同じような修行をさせろって言われてなあ…俺はその頃、13だったけど、俺がやっていることよりきつそうだった」

3歳頃から大人に交じって修行を始めると、毎日のようにヨイは泣きじゃくった。それまでも腫物のように扱われてきたヨイだったが、周りの大人はそれなりに子供として接した。しかし急に痛くきつく、死んでしまいそうな場所に身を置いてから誰も彼を助けなかった。次第に泣かなくなり、子供らしい表情も失せていく。父である当主は彼を息子とは扱わない。せめてと、陰ながら忍たちはヨイを見守った。

「メイ様はヨイ様を兄と認識しているし…ヨイ様は、守るようにと育てられたから」

互いの唯一で、特別な片割れなのだろう。和やかな雰囲気が流れた、その時だった。

内情を話していた青年が足をつけた木の枝が大きく爆ぜる。それが起爆剤になったかのように、あちこちから火と煙と悲鳴が上がった。何か仕掛けられていたのだろう、しかし、誰もここに来るまで気付けなかった。
原因はいい。任務は当主たちの警護だ、と真っ直ぐ馬車へ向かうと真横を黒い風が通り過ぎる。正体は、ヨイだった。賊らしきものたちが馬車を囲む中に降り立つと、ヨイはあっという間に大人を2、3人蹴り飛ばした。

「兄様!」
「メイ、出るな」

小さく開いた扉からメイが顔をのぞかせようとしたが、兄からの短い一言ですぐにそれを引っ込める。
爆発の奇襲には成功したらしかったが、これだけの数の忍を相手取ることは難しかったらしい。あちこちで賊が倒されていた。辺りが再び、森の静けさを取り戻す。ヨイは周りを見渡し、味方とのアイコンタクトで確認をとる。当主へ無事を告げようとしたその時だった。ひゅ、と何かが飛ぶ音が聞こえた。術で目隠しをしたのか、何が、どこから飛んできたかまではわからない。静かになったことで再びメイが顔を扉からのぞかせようとしたのに気づく。中に戻そうとした、その時。同時にそこへ向かったヨイの鼻から頬にかけて一線、深く抉るような傷が走った。

「ひ、あっ…兄様!!!」

甲高くメイが叫びをあげる。他の忍たちが、彼女を馬車の中へ無理やりしまうかのように戻した。再び、音を捕え斬撃のようなものが飛ぶ。一瞬反応が遅れたヨイを抱え、斬撃を避けた。怪我の具合を見ようと顔を覗き込む。耳に至る前にすんでのところで顔をそらしたらしかったが、右頬は血まみれで。一生残る傷になるということは見て取れた。

これが、ヨイの頬の傷の本当の顛末であり、俺とヨイの出会いでもあった。











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