金髪確定ガチャ



※女の子を閉じ込めて何から何までお世話する3顔の話
※三人いるのか、別の人格なのか、それとも全部演技なのかわからない


「髪、伸びましたね。少し揃えましょうか」

褐色の指先が髪に触れるのを鏡の中に見て、今日は「いつもの」男だとナナシは思った。艶やかに流れる黒絹の毛束をひとすくい、大切なものに触れるかのように指の腹が毛先をなぞる。伏せた瞼で半円にみえるブルーの瞳は熱心に彼女の髪の状態をチェックしており、こちらには見向きもしない。……目が合ったらどうしようと思うくらいのとびきり美しい男だ。加えて細身ではあるが長身で、ナナシとは真逆の人目をひく金色の髪。綺麗に生えそろう睫の色素の薄さからしてこれが地毛なのだろう。鏡に映る姿を見るだけでもナナシは気圧されてしまう。長細い銀色のハサミを慣れた手つきで扱う男だが、美容師というわけではない。

「五日ほど留守にしましたが変わりはありませんでしたか?」
「…………」

ぱらりと黒髪が細かく散る。鏡越しに目が合いそうになって、ナナシは不自然にならないように瞬きをして目を逸らした。白いドレッサーの上の手鏡や化粧筆を何となく眺めて、ふとその手前に置かれたシルバーのアクセサリーが視界に入ってハッとする。モチーフも何もないシンプルなアンクレットだった。

「……気に入りませんでしたか?それ」
「あ……す、みません。シャワーを浴びる時に外したままで……」

元は綺麗にラッピングされて箱に入っていたそれが、今は無造作にそこに放置されている。五日前、この男から贈られたものだ。
……あなたと同じ顔をした男が昨日、私の足から外してそこに置きました、とは、言えなかった。
ハサミを置いた男は手にしたミストを丁寧にスプレーして、最後に手ぐしで髪を整える。

「アンクレットは古来、魔除けとしても身につけられていたんです」
「魔除け……」
「病気などの悪いものは体の外から入ってくると信じられていましたから……まあ、完全に間違いとも言えませんが」

こちらへ、と言われて手を引かれる。椅子から立ち上がってどこへ連れて行かれるのかすぐに悟ったナナシはたじろいだ。

「あ、あの……バーボン」
「座って。……何か?」

大きなベッドに座らされ、足もとに跪いた男の名を呼ぶ。素足に触れる指先はほんの少し冷たい。五日前、確かに銀色の鎖が絡みついていた左の足首を褐色の指が掴む。筋の浮き出た大きな手指ですっぽりと覆われると、このまま捻り上げられてしまうんじゃないかと不安になった。このバーボンという男、これで見た目通りの優男というわけではない。

ナナシの父親は世界的な犯罪組織にそうとは知らず手を貸していた。もっともそれは母の言い分であって本当のところはどうだか知らない。何せ幼い頃に見たぼんやりとした父の姿しか記憶にないのだ。向こうからのコンタクトも彼女自身には一度もなく、生きているのか、死んでいるのかさえ分からない。ナナシはその娘ということで組織に監視されている。もう二年ほどになるだろうか。母親は一年くらい一緒にいたが、ある日関連の企業で働くと言って別の場所に移っていった。
バーボンは組織の人間で、初めて会った頃はコードネームのない末端の諜報員であった。その時の男といえば腕に包帯を巻き、腹から血を流していたので、これはヤバい奴が来てしまったとナナシはドン引きしたものだが、「あの時は単純に油断しただけです」と今では涼しい顔で言う。あの怪我がなかったら監視の任務には回されなかったらしいので、ナナシにとっても大きな出来事だった。あまりにも痛々しい姿を見かねて手負いの獣に世話を焼いたのが全ての始まりだったように思う。

「僕に言うことがあるんじゃないですか?」
「え……?」
「たとえば……誰かがこうしてあなたに触れた、とか」
「…………」

バーボンはコードネームを与えられて幹部として認められてからもナナシを監視する任務から降りようとしなかった。組織関係者の身内、しかも一般人の監視など下っ端の仕事である。それを降りるどころか立場を利用して他の監視員を排除し、自分だけが屋敷に出入りできるようにした。部屋のドレッサーも、大きくてふかふかなベッドも、すべてバーボンが買い換えた。家具だけではない、ナナシの着る洋服、その身を着飾るアクセサリー。手のかかる長い髪や爪も自分が手入れをしたがった。

「誰かって、誰がここに入れるって言うんですか?鍵はバーボンしか持ってないのに」
「そうですね」

掴まれた片足を持ち上げられてナナシは焦る。白いワンピースの裾が捲れあがるのを押さえたが、男はそんなナナシには構いもせずに足首に口付けてきた。そのまま体を起こして立ち上がるものだから、ナナシの体はベッドに呆気なく倒される。

「別に言わなくても構いませんよ。僕がこれから確認しますから……」
「……あ」

待って、シーツに肘を突き後ずさっても、足を掴まれていて少しも動けない。ひたりと押し当てられた柔らかな唇から漏れる吐息が熱く、ナナシは身を竦ませた。割り開くように足の間に入り込まれて、ちゅ、ちゅっと少しずつ白い肌に口付けながら男の顔が徐々に上へと移動してくる。さらりとした髪がふくらはぎを擽った。
……一体どうすればいいのか、と彼女は考えた。前々から、情緒不安定とまではいかないがなんだか波のある男だと思っていた。
その波の正体に気付いたきっかけは、いつものようにドレッサーの前で髪の手入れをされている時だ。背後から、男が首を傾げて「もう少し明るい色にしてはどうですか?」と言ってきたのだ。バーボンは黒髪が好きで、それまで色を変えたことはなかった。もちろんそれだけが理由ではないが、その時、ストンと落ちるように驚くほどあっさり確信したのだ。波があるのではない。この男はバーボンではないのだ、と。その男は売り物かと思うような手作りの手土産をよく持ってくる、爽やかに笑う男だった。後で聞いたところによると職業は探偵兼喫茶店の店員らしい。
そしてもう一人。彼女にとっては無害だったのでしばらく気付かなかったのだが、何もせずにナナシを抱き締めて眠る男がいた。バーボンが任務でくたびれているだけだと思えば、どうも様子がおかしい。組織の諜報員のくせに割とよく喋るバーボンとは違って無口で、気を遣ってこちらが話しかけるとややぶっきらぼうな返事がかえってくる。目もとにいつも隈を作っていて、疲れのせいかどこかぼんやりしている。一度大丈夫かと尋ねたら撫でることを強要されて「これはバーボンじゃないな」と彼女は気付いた。正体は教えてくれなかったので、知らない。
この三人……ナナシが気付いていないだけでもっといるかもしれない……が、顔のそっくりな別の男なのか、多重人格なのか判断がつかないでいる。彼らは互いに存在を知っているかのように振舞うくせに、答えを彼女に与えない。一応、ここに閉じ込められている理由が理由なので、組織の人間であるバーボンがナナシに関するほとんどのことを決めているのだが、部屋にやってくるのがバーボンかそうでないかを素早く見分けなければ、今日のようなことが起きる。だが妙なのだ。出会った頃はこんなことはなかったのに。




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