組織のお兄さんは外2



「……え……?」

私はこくりとコーヒーを飲み込んで、瞬きを繰り返す。全員、顔がいい。彼らの目は一様に、まさか、助けてくれるよね?と訴えかけてきていた。なんと……もしや私が呼ばれたのって、そういう意図で……?私はしばらく黙って何も気付かないふりをしていたが、三人の圧に屈してカップを置き、俯く。
私の家でよければ、ひとりくらいは泊められますけど……。そう言うしかなかった。こうなってしまったものは仕方がない。人間諦めが肝心だ。それで、誰を泊めるかだが……。私が顔を上げると、真剣な表情で一言一句聞き漏らすまいと唇を見つめてくる三人の視線が突き刺さってくる。圧がすごい。けれどそんなに見られたって一人泊めるので精一杯だ。私は心を鬼にして、彼らに順番に言い聞かせるように、口を開いた。

「とりあえず……ここは降谷さんの自宅なのであなたはここに」

「……安室さんは私の家で」

「えっと……組織のお兄さんは外で」

言ってやった。三者三様の反応を眺めて私は頷く。自宅に泊めるなら安室さんがいいだろうと思ったのだ。三人の中で「!?」という反応をした組織のお兄さんがテーブルに近付いてきて、私の前に手袋をした片手を突く。

「何故ですか?僕を野放しにするのは危険ですよ。何を仕出かすか予測不能ですから」
「自分で言うなよ」
「……でも確かに一理ありますね。僕達は本体から離れてしまった……組織の彼が我を忘れて悪事を働くことがないとも言い切れません」
「組織の俺だけでも消せないものか……」

「組織の彼は本体の悪の部分。降谷零が改心すれば消えるのでは?」
「改心って何だよ……俺は別にやりたくて「これが僕のコードネームです……」とかやってるわけじゃないからな」
「それ僕のことディスってます?喧嘩なら買いますよ」

私の発言によって喧嘩が勃発してしまった。というかさっきから全部同じ声で、喧嘩してても口調はあんまり乱暴じゃないし、なんだか眠くなってきてしまう。私はお昼寝するので最後に勝ち残った人が声をかけてほしい。家に連れて帰るから。

「なら安室透はどうすれば消えるんだ」
「さあ……降谷零が女の子からチヤホヤされたいと思わなくなれば消えるのでは?」
「っ……俺はそんなことは思ってない。ナナシの前で妙なことを口走るな。というかお前はカフェ店員じゃなく探偵だろ」

今度は降谷さんと安室さんが喧嘩を始める。ふたりが睨み合っている間、ちょっとうとうとして油断していた私の唇に、温かくて柔らかいものが触れた。……ん?と思った時にはすでに離れている。私は呆れて、すぐ側に立っている男を見上げる。

「…………何でいまキスしたんですか」
「消える前に好きなことをしておかなければと思いまして」

組織のお兄さんは身を屈めて、座っている私に耳打ちするように顔を寄せてきた。小声で囁かれる低い声がくすぐったい。

「ひどいと思いませんか?僕はこんなに無害なのに組織の人間というだけで冷たい扱いを受けるんですよ」
「や、でもやることやってるわけだし自業自得じゃ……」

無害というのは、さすがに。潜入捜査のためとはいえ実際に犯罪に手を染めているのだ。そして今は降谷さんから離れてしまって完全にただの悪いお兄さんなんだろうし。お兄さんは、ふぅ、と溜息をついて、切なげな声で呟く。

「本体から分かたれた僕には何もないんです。唯一残っているのは組織の一員であるという事実と、あなたを想う気持ちだけ」
「…………」
「あなたに冷たくされたら、本業に精を出すしかなくなってしまいます」
「え……!?」

雲行きが怪しいとは思ったが、ものすごく不穏なことを言い出した。私の脳裏に、吹っ飛んだ貨物車のニュース映像や暗闇の中で追い掛け回された記憶が蘇る。あれだって降谷零が目的のために組織の男として行動した結果だ。それが初めから組織のために励んでしまうとか、何それ怖い。私のせいで事件が起こる、だと?
おそるおそる男の方に顔を向けると、もう私が文句を言わないと分かっている組織のお兄さんは、そっと肩を引き寄せてもう一度キスをしてきた。

「んっ」

受け入れたのは良かったものの、一回目と違って男の口付けはだいぶ獰猛だった。私がお兄さんは外って言ったことを怒っているのかもしれない。一度触れ合わせた唇の角度を変えてがぶりと噛み付くように口付けてくる。私よりも大きな口でそうされると、食べられてしまいそうだ。本格的に唇を割り開いてきた舌がするりと口内に侵入してきて、長くて熱いそれにすぐに捕まってしまう。思わず逃げようとした私の頭を、手袋をした手のひらが掴んでやや乱暴に後頭部を引き寄せた。

「っ……んん……ッ……」

ぬるりと粘膜どうしが擦れあって、感覚をおかしくする水音が吐息と一緒に唇から漏れる。……まずい、これは流されるパターンだ。そうやってキスに気を取られていた私だったが、ふと、いつの間にか辺りがシンと静まり返っていることに気付いた。さっきまで聞こえていた同じ声同士の言い合いはもう聞こえない。私達が交わすキスの音だけが部屋に聞こえている。他の二人が息を飲んでこちらを見ている気配がした。
恥ずかしさのあまり一気に顔に熱が集まる。頭を引こうとしてもがっちりと押さえ付けられていてどうしようもないので、しがみ付いた男のループタイをぐっと指で引っ張った。ようやく唇が離れて、ぷは、と酸素を取り込む。すぐにまた男の顔が近付いてきたので、私はその胸元を慌てて押し返した。

「ちょ……ちょっと待って!見てる人いるから……!」
「……では場所を変えましょう。僕があなたの家でいいですね?」

こくこくと頷いた私に、見てる人……降谷零と安室透は揃って唖然とした。

お前が……お前が最後持って行くのか。
それは誰も予想していなかった展開だった。




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