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さて、さっさと置いて行かれてしまったわけだが、走りながら作戦を考えなければならない。ここは階段も近いモールの端っこの方だ。おそらく敵がいるのはここから正反対の位置。階段に仕掛けが、と言っていたことからして彼らお得意の……かどうかは知らないが爆弾でも仕掛けられているのだろう。距離を取ったのはそのためか。少し曲線的ではあるが建物は概ね真っ直ぐで、全長400から500メートル程。真っ向からの銃撃戦には向かない。相手はどうやら1人だ。そしてそれは刑事さんではない。安室さんが言うには組織の中でも相当危険な人物らしいが……なぜ様子見のような真似をしているのかは分からない。倉庫で私の味方らしき人物、つまり安室さんが現れたおかげで、相手は私が1人で来るとはおそらく思っていないだろう。だとすればそれが誰かを拝んでから始末しようとしているのかもしれない。
刑事さんと敵の組織の男は繋がっているのだろうが、私のことは普通の女だと思っているだろうから、戦力としてほとんどないものと考えられていることは間違いないな。待ち合わせ場所を公園からこの場所に変えたのも、私の背後にいる人物、安室さんが指示したとでも思われていそうだ。その安室さんも「私を助けた人物」としての顔は割れていないが、なんとこの先にいる組織の危険人物と面識があるというから運が悪い。
そして肝心の刑事さんは一体どこに潜んでいるのか、この時点で出てこないのだから私と顔を合わせる気はないのかもしれない。組織の危険人物と、足手まといの一般人の女を連れた公安の警察官。警察官は相手方に潜入中であるため顔を知られている。普通に考えたら、不利なのは圧倒的にこちら側だ。

……だが。その一般人の女が、銃を扱えたとしたら?

安室さんの後を追って、だいたい200メートルほど走っただろうか。現れた障害物に足を止める。最初に3階に到着した時、彼が倒した警備員服姿の男達だ。だらりと投げ出された手足。手加減してもらえなかったのかまだ復活する気配はない。私はしゃがんで、男が身に付けているホルスターから拳銃を抜き取った。1階で出会った男達は安室さんに追い剥ぎされていたが、こいつらはそのままで助かった。姿勢を低くした状態で手にした銃を見る。M9、日本での流通量は少なくないとはいえ、とてもこんなゾンビ役が気軽に手にできるような代物ではない。小型でも女の手には重いがまぁどうにかなるだろう。これまた重いスライドを力を込めて引き、弾を装填する。15発か……この銃を撃つのは初めてだが、他の奴から弾を奪っている余裕がないため無駄撃ちはできない。レバーを親指で引き下げて念のためデコッキングすると、私は立ち上がって再び移動を開始した。

安室さんは自分が囮になると言っていたが、さすがに最初から正体を晒す真似はしないだろう。ギリギリまで引きつけようとするはずだ。そして私が銃を持って近付いてくるとは、到底思っていない。よし、狙いはそこだな。そうと決まれば、まずは安室さんに追いつかなければ始まらない。
テナント側ではなく、敢えて全体を見渡せる吹き抜け側の柵すれすれを音を立てないように走る。安室さんと敵がかち合えばどちらかが発砲するはずだ。この暗さではサプレッサーを装着していたとしてもどこで撃ったか一目瞭然である。

そう考えてから間もなく、前方でパン、と乾いた音がした。銃口が噴き上げる一瞬のマズルフラッシュの位置は、あの紳士服売り場の近く。そこから離れた場所に何となく人影が見える、ような気がする。ふたつの人影はまだ距離があり、どちらが安室さんでどちらが敵なのかは分からない。私は走る速度を落とすと両手で銃を握り、左手に力を込めて右の指をトリガーに掛けた。もっと近くに行かなければ安室さんを判別できないが、今その必要はない。今の私が余計な真似をしても互いを危険に晒すだけだ。重要なのは彼を助けることではなく、とにかく顔バレしないように邪魔することである。

更に近付くとフロアの案内表示板に身を隠して、銃口を2人のちょうど真ん中に向ける。指に力を込めて引き金を引くと、パン、と乾いた音を立てて弾が発射された。ダブルからの初弾は重い。衝撃で腕が動いたためか狙った位置と微妙にズレて着弾したが、2人の注意を逸らすには十分だったようだ。久々の感覚、と言いたいところだが男の手でトリガーを引くのとはわけが違う。……下手くそだな。軽くショックを受けつつも影の1つがエスカレーター側に寄ったのを見て、そちらが安室さんだと気付いた。……この状況で別の方から弾が飛んできたら、敵だと思うだろう。挟み撃ちにされないように退路を確保しようとする。そしてもう一方はおそらく、突然現れた援軍を確認しようとするに違いない。
と、エスカレーター側に寄った方の影……安室さんが、予想外にもこちらに向かって発砲してきた。

「っ!」

弾は表示板に掠って私のすぐ近くに撃ち込まれる。……危なっ。喧嘩っ早いな、安室さん。じゃなくて組織の人か。思った通り、もう一方の敵はテナントの側で動きを止めている。位置的には悪くない。そういう体を張ったギャグはごめんなので安室さんに撃たれないように気をつけながら、表示板の影から今度はテナントに向かって銃を向ける。トリガープルは初弾と違って軽い。照準を合わせて引き金をひき、1発目を撃ってすぐに2発目、3発目と発砲した。狙うは敵の近くにある紳士服を着たマネキンである。連射とほぼ同時に左肩、左腕、左足と全弾が命中すると、弾かれ右方向に傾いたマネキンは見事狙い通りの位置に吹っ飛んだ。そう、テナント近くにいた敵に向かって。まさか人形が自分に飛んでくるとは思わなかったであろう敵が身を引くのと同じくして、安室さんが一瞬戸惑ったように動きを止める。発砲と同時に銃の上部から飛び上がった3つの空の薬莢が、私の足元に落ちた音がした。




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