Novel


≫新連載 ≫短編 ≫大人 ≫Top

16-21




紳士服を着て佇むマネキンの後ろから様子を窺う。だが、あそこまで射程が長ければもうどこにいても同じだろう。死角から顔を出した瞬間に狙われるのは分かりきっている。

「フラグは叩き割りましょう」
「気付いてましたけど、安室さんって男前ですよね」

フラグを叩き割るどころか粉砕しそうである。本当なら別々に逃げるのが良いのだが、それは許してもらえそうにない。既に安室さんの手はしっかりと私の手首を掴んでいる。が、頑張ってついて行かなきゃ。身体能力の差がありすぎて、リアルに転んだまま引きずられる可能性大だ。それは女として避けなければ……別の方向で緊張感を高める私を、彼がちらりと見た。

「離れないで」
「はっ、はい!?」

普通に返事をしようとして声を発した瞬間、思い切り引っ張られて強制的に走らされる。舌を噛みそうになった。出発の、合図をしてください。頼むから。待ち構えていたかのように、空を切り裂く嫌な音がすぐ近くで聞こえる。パキン、と聞こえた硬い音は鉄の支柱にでも当たったか。まだ遠くから撃っているようだが、何故近付いてこない?そして、こんな時に見計らったようなタイミングで前方から人影がやってくる。警備員の格好をした例の男達だった。微妙にフラついていることからして、一回のされて倒れていた奴だろう。

「あ、安室さん、前!大丈夫!?」
「言ったでしょう?ナナシさんは僕が守りますよ」

弾の出所を正確に突き止めるべく視線を巡らせていた安室さんが、前からやってくる男達を視界に入れる。私の手を引いたまま、速度を落とさずに走り込んで行くのを、私が止められるはずもない。

「あなたが一番に呼ぶのが僕じゃないとしてもね……!」
「……っ!?」

飛んでくる銃弾を物ともせず、安室さんは銃を手にした方の腕を曲げ、男の顔面に肘を叩き入れた。向かってくるこちらの勢いに呆気にとられる間もなく、男は衝撃に膝を折って自重を支えきれなくなり、バランスを崩す。安室さんに手を引かれる私が走り抜ける横で、ひとり目の男が床に倒れた。続くもうひとりの顎下に、目にも止まらぬ速さでシルバーの銃のスライド部が思いきりめり込む。これは純粋に痛い。再び舞い戻ることとなった冷たい床上に踊る男達を見ることもなく、ふたりは更に走った。

一番に呼ぶ。いま安室さんはそう言った。それはたぶん、倉庫で誘拐されそうになった時、真っ先に刑事さんを呼んだことを言ってるんだろう。彼がレストランで口にしていた、思うところがある、という言葉が思い返される。……それはそうだ。普通、命の危険に晒されて、さあ最初に誰を呼ぶかという場面で選択肢は他にない。言い換えれば、公安警察を呼ぶ人間はいない。あの時は公安だからと言うよりも、嶋崎さんのことを調べていた安室さんを呼ぶわけにはいかないと思ったのだけれども。
だが今後も危険な状況に陥ることがあるとして、やはり私は、安室さんの番号を一番にコールすることはないのだろうと思う。もちろん信用がないとかそういうわけではない。彼が誰よりも頼りになるのは、こうして実際に目の当たりにしてよく分かっている。だがどんなに頼りになっても、彼は普通の警察官ではない。優先すべきものは個人ではない。いざという時に自由に動けず、誰の元でどんな顔をしているか分からない、そんな男。

そんな男が親しい人を作り、その人を守ると誓ったところで、その信頼に応えられるとは限らない。どんなに鍛錬に励み、実戦で腕を磨いても、それを行使するべきは個人を守るためではない。自身の立場から危険に巻き込み、助けを求められたとしても……その手を握ってやれるとは限らない。下手をしたら薄暗いモルグで、物言わぬ最悪の結末だけを目にすることだってあるのだ……。……これは例えばの話で、昔、どこかであったかもしれない話だ。

銃弾から私を庇うように走る、私よりずっと大きな男。力強く手を引いて、離れるなと、自分を見ろと言う。もし私が何も知らない普通の女だったら、優しくて、強くて、頼りになるこの人に一番最初に電話を掛けるんだろう。きっと真っ先に走ってきてくれると信じて、この人を呼ぶのだろう。

走りながらキャスケットの下の横顔をじっと見つめると、安室さんがそれに気付いたように私を見た。

……降谷さん。

声にならなかった唇の動きは、彼に伝わってしまっただろうか。掴まれた手に力が込められた。


……タップする指先は別の番号でも、きっとその時、私の唇はあなたの名前を紡いでいる。





Modoru Main Susumu