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女物が置いてありそうな店に入り込んで、目立たない色の服を物色する。もういい加減夜中なことだし、いつまでもこの薄着では寒いことに今更気付いた。ゾンビが…などと言っていたが本当は寒さを忘れるほど緊張していたのだろうか。いや、寒さを忘れるほど興奮していただけかもしれない。着心地の良さそうな布地に触れながら、これって一時的に借りるだけにしても犯罪では?と一瞬考える。まあ、今は非常事態だ。初めての犯罪が窃盗とは微妙な気分だが、あとでお金をそっと払いに来るので許してもらおう。このモールが今回の騒ぎで閉鎖されなければだけど。
動きやすそうなストレッチのきくタイトめなパンツと、ネイビーだか何だかいまいち判別できないがとにかく暗い色のTシャツに、上着はギャザーが入っていて裾が絞られている、黒いブルゾン。足もとはスニーカーが置いてなかったのでこげ茶のウォーキングシューズっぽいやつだ。ついでにキャスケットもかぶってみる。休日にジョギングしてるような格好だが、さっきまでのふわっとした感じよりだいぶマシになった。
私はその場にしゃがんで、店の中からモールの通路を見渡す。……ひとまずはここで安室さんが戻ってくるのを待つか。……戻ってくるよね?というか……人知れず刑事さんと降谷さんを葬ったりしないよね?とても心配になってきた。やっぱりちょっと様子を見に行った方が良いのでは。悩むこと数十秒、それはやめようという結論に達する。我ながら早い。しかし、ひとりでいると色々考えてしまうな。目下の悩みがありすぎるのが原因だが、今日ここで解決してくれればいいんだけど。
と、あれこれと頭の中で考える自分の声以外に、妙な音が聞こえた気がして、私は呼吸を止めた。同時に、空気が淀むような感覚がある。咄嗟に袖で口と鼻を覆ったが、目がさほど痛まないので刺激物ではないようだ。人工の煙か。不審に思って辺りを探るために店からそっと顔を出す。上を見ると上階のテナントが見えた。気付いたけど私が今いるこのお店の位置って、上からは丸見えだったかもしれない。ここにきてドジっ子みたいな真似をしてしまった。……まあ暗いし裸を見られたわけじゃないからいいけど。
暗闇には目が慣れるが煙幕の方はそうもいかない。しかし空気が流れる気配に、そこに何かいることは分かる。そこにいる何かはゆっくりこちらに近付いてきているようだった。殺気はないが、煙を焚いてそっと近付いてきていることからして何か企んでいる。ここは安室さんを見習って先手必勝といこう。
私はしゃがんだ体勢から少しだけ腰を浮かし、手を伸ばしてハンガーを手にした。これは持ちやすいし木製なのでわりと優秀な武器だ。ハンガーをぎゅっと握り込んでから片膝を立て、伸び上がり気味に手を前に突き出す。じりじりと寄ってくる気配のもとへ一瞬で迫ると、ハンガーの先端が何かにぶつかった手応えがした。ゴッ、と鈍い音がしてから、男の呻き声と、床に転がる音。高さ的に人間のみぞおちから胸くらいのつもりで突いたのだが、どうやら相手が低い体勢で近付いてきていたらしく、手に伝わった感じからして顔面に入ってしまった。ハンガーを手にしたまま、今度はこちらがそっと近付く。煙幕を掻き分けた先に伸びていたのは男だった。警備員の服装でもない、貧相な感じの。どうやら倒れる時に頭を強打して気を失ったらしい。

「な、なに?誰?」

出会い頭というか煙に阻まれて視線すら合わせていないが、やっつけてしまったものは仕方ない。とどめを……いやいや、待って、知らない人だから。しかし警備員の服も着ていないし、迷いこんだ浮浪者か何かか?息を吹き返すと面倒だな。まあ、店の柱に繋ぐだけ繋いでおくか……。よくわからないがあとはほっとこう。
未だ周囲には靄が立ち込めている。暗さもあってますます不気味さに拍車がかかった。さっそく隠れていろという言葉をシカトすることになってしまうが、煙はお肌に悪そうだし視界も悪いので、移動することにしよう。
止まっているエスカレーターを足音を立てずに上がって、2段くらい下から2階フロアの様子を確認する。モールがかなり広いので、いたるところにエスカレーターや渡り廊下がある。隠れるポイントは多そうだ。とりあえず全体を見渡せそうな3階まで行ってみることにした。エスカレーターを更に駆け上がると、そこはモール突き当たりの映画館の入り口。確かこの階にはフードコートもある。護身用に刃物でも調達しようかな、などと考えて体を反転させる。

「……あ」

思わず漏らした呟きに、視線の先……かなり遠い位置に立っていた人物が振り向いた。……安室さんだ。あんな何もないところで何をしているんだろう?

「ナナシさん?何故ここに?」

距離を詰めるのと同時くらいに、安室さんの手から黒い何かが床に落ちる。ずるり、滑るように落ちたそれは人間だった。重なっていたから見えなかったのだが、交戦中だったようだ。安室さんは崩れた男を一瞥してから私に向き直る。

「ひとりにしてすみません……あらかた片付けましたが、まだ黒幕が残っていますね」

勝手に動いたことを咎めもせず、彼が言った。辺りには出番もないまま、あらかた片付けられてしまった警備員服の人達が横たわっていた。




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