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16-14



安室さんがこんな態度を取るということは、降谷さんっていうのは簡単には会えないような立場のひとなのかな。もしくは、所謂そっちの世界の人間とか。死期を予感した男がこれだけはと残したメッセージの相手だ、ただ者ではない。

「……伝えたいことがあると言っていましたが、なぜ、顔も知らない相手に?」

目を開いた安室さんは、ようやく冷静に話しをする気になったらしい。私はほっとして、少しでも降谷さんのことを聞いておかなければと内心で拳を握り締めた。

「ある人から伝言を頼まれて……どうしても直接伝えたかったんです」
「その人物が降谷という名前をあなたに教えたんですね?けど、あなたは降谷という人間の顔すら知らない……それなのになぜ伝言を預かることになったんですか?」
「それは……預かれるのが私しかいなかったからです」

というよりは勝手に見つけたと言った方が正しいけど。あのメッセージは、メイちゃんが大部分の鍵を握っている。"八坂"は初めから、誰があのメッセージを解読するかある程度は分かっていたはずだ。メイちゃんと仲が良くないと見つけられない……つまり、嶋崎家に害を為すような人物はたどり着けないのだから。

「それで、刑事さんが降谷さんを知ってるって言うので、間に入ってもらったんです……け、ど……、どうしたんですか?」
「いえ、何でもありません。続けて」

暗がりでスッと細められた視線が怖い。安室さんが怒るポイントがまったく不明なので、また駐車場の時みたいに迫られたらと思うとビビってしまうが、ここでめげてはいけない。私は少し俯いて考える素振りをしつつ、彼から視線を外した。

「……今思えばおかしな部分はあったんです。警察の人だからって簡単に信用しちゃったんですけど……今日の待ち合わせ場所も、本当はあの公園だったんです……」

頭上で安室さんが息を飲む気配がした。あの公園のことは、安室さんがいなければ知り得なかったことだ。

遊園地で刑事さんは、倉庫で何か見つけなかったかと聞いてきた。私はそれに対して、降谷という人物を知らないかと尋ねた。たったそれだけで、今、この状況。……よく考えてみると刑事さんは、情報そのものを私から聞き出したかったわけではなく、降谷さんに渡したくなかったのではないか。降谷さんというより……誰かに渡したくなかったのだ。同期が捜査していたからといってあそこまで詳しく内情を知っていたのも、今思うと不自然である。
しかし、倉庫で何か見つけなかったか、と聞いてきたということは、彼の言う通り「色々な部署が捜査を行なったが、結局何も掴めなかった」、つまり私以外に、もちろん刑事さん自身も、"八坂"のメッセージを見つけていない。そもそも、本当にそんなものが存在するかどうかも掴めていなかったのだ。そこへ私が情報を入手した可能性が出てきた。警察で調書を取られた時にも、私はその情報を伝えようとはしなかった。関係のない人間にはたとえ警察であっても絶対に口を開くことはないと、隣で見ていた彼はそのように確信したと考えられる。降谷さんに会うまで、その情報が漏れることはない。ならば降谷さんを知っていると嘘を吐いてそれ以上探させないようにし、呼び出して、それから……。おそらく私が持つ情報の中身など、彼にとってはどうでも良かった。何か掴んだかもしれないひとりの女を、あの公園で消すつもりだったのだ。
しかし警察の人間である彼がそんなことをする理由が分からない。警察官が一般市民をどうにかしようとするなんて、普通に考えたら相当に荒唐無稽な予想である。けれど、彼の顔を思い出そうとするたびに去来する違和感は、その予想が決して突飛なものではないと私の心に訴えている。

刑事さんが初めて私に接触してきたのはいつだった?
安室さんが、例の組織の人間として嶋崎さん本人に接触しようとしたあのホテルの一件の、直後だ。まだ尾行されるか、されないかの時に声をかけてきて、彼は何と言った?
困ってるんだろ、そう言った。

妙なことが起きていると言っていた嶋崎さん。頑なに夫人以外の女性とプライベートで関わろうとしなかった男が大切にしているという、私の存在。……私を探っていたのは尾行していた人間のほうじゃない。尾行から私を助けて、警官であると明かし、近付いてきた男のほうだ。

再び顔を上げると、安室さんが静かに私を見ていた。もうその表情に怒りはない。暗くてはっきりとしないせいなのか、なぜ、そんな顔をしているように見えたのだろう。置いていかれた子供のような、とても頼りなげな。

「もし、今日僕と食事をすることになっていなかったら……あなたはひとりであの公園に行ったんですね?」
「……そ……そうかもしれません」

場所は変わっていたかもしれないが、どこか人気のないところに呼び出されていたのは間違いない。それはちょっと、ゾッとしてしまう。見上げる男の顔は、刹那の間にいつも通りになっている。私の見間違いだっただろうか。目を凝らして瞬きを繰り返す私に、安室さんが小さく息を吐いた。

「僕に相談するつもりはなかった?」
「だって安室さんは……」

言い淀む私に、それ以上彼も何も言わなかった。それはそうだろう。嶋崎さんに関係する事件については、安室さんは味方とは言えない。一度は手を引けと忠告もされている。降谷さんへの伝言が"八坂"からの……つまり嶋崎さん周辺に関連するものだということは言っていなかったけれど、今のこのやり取りで大体の見当はついてしまうだろうな、この人なら。それはもう致し方ない。

「……肩書きがないままというのも考えものだな……」

安室さんはそんなことを言って、じいっと私の顔を見つめてきた。肩書きって、公安警察でしょう?真意がわからず見つめ返していると、安室さんは再び私に背を向けて歩き出してしまう。私は足音を立てないように追い掛けて、その隣に並んだ。や、まあ、これだけ喋ってたら意味ないと思うけど。

「あ、あの、勝手なのはわかってるんですけど、降谷さんの顔を私は知らないので……これから会う人が万が一本物だったら、教えていただけませんか?」

この流れだと偽・降谷さんが刑事さんと一緒に待っているか、刑事さんがひとりで待っているかのどちらかになりそうだが、何が起こるかわからない。実は今までのが全部私の一方的な被害妄想で、ちゃんと本物の降谷さんが待っている可能性もあるのだ、物凄い低い確率だが。すると周囲を警戒しながら隣を歩いていた男は、私をちらりと見て、どうしてなのか笑った。

「僕にそんなことをお願いしていいんですか?あなたの持つ情報を狙っていて、嘘を言うかもしれませんよ?」
「その時は……悪い男に騙された私が迂闊だったので、潔く諦めます」
「…………悪い男って僕のことですか?」
「自分で言ってたじゃないですか、僕は悪い人間ですよって」
「…………」

見上げる先の唇が笑みの形から、きゅっと引き結ばれる。
無言で伸びてきた逞しい腕が、腹いせのように私の肩を乱暴に抱き寄せた。




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