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16-13




人の気配のない西洋風の巨大な建築物。白い外壁が暗闇の中に浮かび上がって、静かにそびえ立っているとひたすら不気味である。テナントが入っているのはモールの3階までだが、4階と5階、屋上階に駐車場があるため、合わせると規模はそれなりだ。1階にあるカフェのガラス窓から見える、暗闇に包まれた異国の街並み。何かが反射しているのか、奥の方のベーカリーらしき店のレジカウンターが薄ぼんやりと青白く光っている。人の気配はないと分かっているのに、そこに何かいるような気がしてくるから不思議だ。非常灯の緑色のランプがなかったら、賑わっていた街が廃墟になってしまったような、そんな錯覚を覚えたかもしれない。
ビデオを見ただけなのに突然呪われたり、携帯を持っていただけで急に呪いの電話がかかってきたり、なんか知らんけどとにかく何も悪いことしてないのに「な、なんで?なんでこんな理不尽な目に遭うの?」ということが多い日本のホラーであるが、いま、そういう気分だ。私は何もしていないのにどうしてこんなことになっているのだろう……。これ以上のホラーは許さない。
そうしてしばらく中の様子を覗いていたが、入口の自動ドアに近付いた安室さんが「開いてますね……」と呟いたので、内心やっぱりなと諦めつつ彼の元へ歩く。自動ドアの電源は入っていないが、少々隙間が空いており、鍵は掛けられていなかった。

「入れと言わんばかりですね……」
「やっぱり入るんですか?」
「とにかく、先方に会わないことには始まりません。行ってみましょう」

安室さんがそう言いつつ隙間に手を差し入れて、片手でドアをこじ開ける。……何が始まるのか私は怖いです。人ひとりが通れるスペースを作って早速身を滑り込ませた彼に続いて、内部に侵入した。ドアの内側に入ると、行く手を阻むベルトパーティションのポールをこれまた片手で難なく持ち上げてずらし、モールの通路に足を踏み入れる。これ、安室さんが一緒だからここまで10秒で来られたけど、私ひとりだったら数分かかってるな。
建物の内部はやはりシンと静まり返っていた。闇に慣れてきた視界が足元に転がる何かを捉える。どこかのお店の売り物が転がっているのかと思い拾い上げると、それは棒状のあまり見慣れないものだった。

「これ……」
「発煙筒ですね。どうやら今日は防火訓練が行われたので閉店が早かったようです」
「訓練?じゃあ、誰もいないのは偶然……?」

見れば確かに訓練に使用したと思われるカラーコーン等の備品が隅に寄せられている。何てことだ。せっかく場所を変えたのにどちらにせよ無人だった、だと。まあ、あの公園よりはここの方がぜんぜんマシだけど……。だが、閉店しているなら外で待っていれば良いのに、わざわざ扉を開けて不法侵入していることからして何かがある。訓練が重なったのは不幸な偶然だったのかもしれないが、こういう大型施設の場合は消防への連絡義務があるため、防火訓練の情報を事前に入手することは可能だ。そう、刑事さんなら尚更。けどこの場所に変えてと言い出したのは私だし、女ひとりを相手に何か仕掛けるだろうか。
いや、待てよ……刑事さんは私が倉庫で何者かに助けられるのを目撃しているわけだから、仲間がいると思われている可能性は大だ。しかも人に向かって銃をぶっ放すような危ない奴。私よりもそっちを警戒してこんな手の込んだことをしているのかもしれない。こうして結局、銃をぶっ放す危ない奴……もとい安室さんとふたりで来てしまったので、事実はどうであれ、私と安室さんは情報を共有する仲間だと思われてしまうだろう。一度商店街で顔も合わせてしまっているし。
しかしあんな殺人現場に人を呼び出してくることからして、普通じゃない。一般の女性をあんなところに呼ぶ理由で考えられるのは、恐怖を与えて情報を聞き出すためだ。こうなってくると、本当にこの先に降谷さんが待っているのか怪しくなってきた。刑事さんは、たぶんいるんだろうけど。そうまでして手に入れたいなんて、私が"八坂"に託された情報って一体……?そして、それは刑事さんと何の関係があるんだろう。

「ナナシさん、あまり離れないでください」

発煙筒を手にしたまま唸っている私を振り返って、先に進んでいた安室さんが抑え目な声で促してきた。暗がりの中ではグレーのスーツも黒く見える。こういう時、金髪はやっぱり目立つなぁと思っていると、安室さんは音を立てずにこちらに戻ってきた。……今は結構落ち着いているようだ。このままでは頭がおかしくなりそうなので、整理するためにも少し質問してみよう。

「……あの、安室さんは降谷さんと知り合いなんですよね?」
「…………」
「私が降谷さんに何を伝えたいか、本当は見当がついてるんじゃないですか?」
「どうしてそう思うんです?」

降谷さんの名前を出したら怒るかと思ったが、一瞬沈黙したのみで普通に答えてくれた。よかった。この一連の事件、私の想像力だけではそろそろ限界である。

「だって、変ですよ……降谷さんに会うって言っただけであんなに怒るなんて。私が持つ情報が何なのか知っていて、それを渡されたくなかったんじゃないですか?」
「残念ながらそれは分かりません……あなたがあの刑事と会うと思っていたので、予想外の名前が出てきて驚いたんですよ」

……嘘ではなさそうだ。というか、食事をしている最中もそのあとも、ずっとこの男は「誰と会うか」を気にしていたし、むしろ刑事さんだと決め付けていたので今更ではある。私が聞きたいのはここからだ。

「その……降谷さんに会うのはそんなに駄目なんですか?私は顔を知らないので、どんな人か全然分からなくて……」

困ったように頬に手を押し当ててそう言った私を、安室さんがまじまじと見下ろしてくる。そして男は、目を閉じて大きく溜息を吐いた。




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