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16-11




平日の22時。大通りから一本外れると車通りはさほど多くない。対向車もなく静かな夜の道路を、白のスポーツカーが走り抜ける。アクセルに連動したターボ車特有の音がよどみなく回転するエンジン音に混じって、車内に響いた。元々、歩いても行ける距離だ。目的地にはすぐに着くだろうと思っていたのに、この数分が果てしなく長く感じる。本当なら彼に色々と確認しなければならないところだが、ちゃんと答えてくれるか分からないし、何よりこれ以上刺激してはいけない気がする。これから会う相手が刑事さんだという誤解は解けたけれど、まだそう思われていた方が良かったのかもしれない……あの怒り様を見れば。
しかし、安室さんは「降谷さんに会う」ことばかり気にしている。「初めて会う相手に伝えたいことがある」というのもかなり不思議な状況だと思うんだけど……ひょっとして降谷さんをやっつけた後に私にねちねちと聞いてくるパターンかもしれないな。私としては伝言さえ渡せれば、そのあとで安室さんが降谷さんをやっつけても別にいいやと思い始めていた。もうある程度は諦めないととてもやっていけない。そして私は逃げる。
けれどこの辺りの地理にはそこまで明るくない。ふと、そんなことを考えつつ窓の外を見る。そこで偶然目に入った違和感を訝しく思い、私は窓ガラスに顔を寄せた。周りの建物は明かりがついているのに、そこだけぽつんと取り残されたように暗い一角がある。周囲の明かりで薄ぼんやりと照らされたそこに目を凝らせば、事件現場に使用するテープのようなものが張られていることが分かった。公園、だろうか。まるで封鎖されているかのような。嫌な感じがする。

「あれって……」
「……ああ……先月、女性の警察官がここで殺害されたんですよ……」

ハンドルを握る安室さんがそう呟いた。そんな事件があったのならニュースになっていそうなものだが、見た記憶がない。

「犯人とされる連続婦女暴行犯もまだ捕まっていません」
「え……婦女暴行犯?その犯人って、他にも殺人事件を起こしてますよね?」
「……いえ。一般には公表されていませんが、その被害者の女性が警察官だったんです」
「殺されたのって、警察の人だったんですか……?」

最近米花町で起きた殺人事件。犯人は都内を騒がせている連続婦女暴行犯と同一だと見られていた。そこまではニュースでやっていたので知っている。けれどその被害女性が警察官だったとは。なぜ公表されないのか知らないが、市民に恐怖を与えないための情報統制だろうか。
あっという間に視界から消えた公園を一度だけ振り返って、私は再びシートに背を預ける。…………あれ?

「こ、この近くに他の公園ってありますか?」
「ありませんね……それがどうかしましたか?」

……つまりさっきの公園はもともとの私と降谷さんの待ち合わせ場所だ。ニュースでは地名しか伝えていなかったので、公園が殺人の現場だとは知らなかったが……おかしい。そもそも、待ち合わせ場所ってどうやってあの公園に決まったっけ。私がこの辺りで用事があることを伝えて、向こうが……といっても連絡を取っていたのは間に入っていた刑事さんだけど……できるだけ人気のない場所がいいと言ってきて。私もその方が都合が良いと思ったので賛同したのだが、公園があることはあちらから言ってきた。連続婦女暴行犯を追っている刑事さんなら、その公園が例の現場だと知らないはずがない。それって……どういうことなの?公園はいま人が立ち入れないようになっているし、単純に誰も来ないからいいと思った?女性が乱暴されて殺された現場に一般人の女をひとり呼び出して?

「……っ……」

ぞくりと奥底からこみ上げた悪寒は女としての嫌悪か、それとも……あの時も感じた過去の自分からの警告か。私は何か思い違いをしていないか。瞬きする刹那に、今まで見てきた男の顔が蘇る。いや、だけどあの人は……。どこから、間違っている?

「ナナシさん、どうしました?具合でも悪いんですか?」
「…………いえ」

大丈夫です、と返した声は自分で思ったよりも小さかった。そんな私の態度を気にしてか安室さんの視線を感じたが、すぐにそれは訝しげな声と共に前方に向けられる。

「妙ですね……」

見ればそこはもうショッピングモールの駐車場付近だった。どこまでも整然としたアスファルトと白いラインが、ライトに照らされて夜闇の中に浮かび上がっている。さすがにこの時間ともなれば車も少なくなって……いや、違う。ない。車が一台も。駐車場の入り口は封鎖されており、一般の車は入れないようになっているようだった。そしてその奥にあるショッピングモールにも、明かりはついていない。確か……ここには休館日というものはなかったはずだが。今日だけ閉店時間が早まったとか?だとしても端の方に従業員の車くらいはあるはずだし、何よりこれだけ大きなショッピングモールの建物に明かりがまったくないのは妙だ。……まあ、ショッピングモールが営業していないとしても会うという目的は果たせるんだけど、それにしてもこれは一体。




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