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16-5




「梓さん、すごい誤解してましたよ?コナン君もですけど」

真っ白なオーバルプレートの真ん中に盛りつけられたパスタをくるくるとフォークに巻き付けながら、私はそう言って安室さんの顔をちらりと見た。途端、ばちりと目が合う。私は瞬きをひとつして、再びお皿に視線を落とした。

「ふたりにはそれとなく言っておけばよかったのに」

指先でフォークをくるりと回すたびに、ねじれる麺にクリームソースが絡まる。巻き終えたそれを持ち上げるととろりとソースが溢れ出した。こぼさないようにさっと口に収めて、もう一回視線を上げる。また目が合ったので数回瞬きをして、視線を外しながらもぐもぐと口を動かした。リボンの形をした平打ちパスタはもちもちと噛みごたえがあって、濃いめのクリームソースとよく合っている。入っているトマトやズッキーニの味が溶けてよく馴染んでいて美味しい。思わず口元が緩んだ私を、正面に座っている男がずっと見ているのを感じる。……そう、目が合うのは当たり前で、彼は食べずにこちらをずっと見ているのだった。いや最初から知ってたけど。……た、食べないのかな?まあ安室さんは私よりも食べるのが早いから、ゆっくり食べてくれて全然いいんだけど。その表情は探っているというより、むしろ……。ドキドキする。安室さんの格好も態度もいつもと違うのでどうにもやりにくい。

「……確かに僕はナナシさんと上手く行ってない素振りをしていましたが、どうして分かったんですか?僕が意図的にそうしていると」
「上着を返す予定だった日に安室さん、来なかったでしょう?その時にポアロで安室さんの知り合いっていう女の人に会って……様子が妙だったんです。何かを探ってるような……」
「それだけで?」
「見ない顔だったし、あの事件の直後だったから私も色々警戒してて気付いたんですけど……安室さんの方にも接触してるんじゃないかなって思って」

このところまともに会っていなかったので、あの事件の話題を安室さんの前で出すのは初めてだ。しかし彼は顔色ひとつ変えずに頷くのみで、それ以上は何もなかった。はいはい、あれは組織の悪い人で目の前にいるのは別人ってことなんですよね。もう今更いいけど。全然、根に持ってなんかないけど。
安室さんはようやくフォークを手にすると、料理に手をつけ始める。今度は私が見つめる番だ。

「……ええ、その前日に僕もある女性に声を掛けられました。ナナシさんのことを聞かれたので、今はあなたに会わない方が良いと思ったんです」
「それ、この間一緒にいた女の人ですよね」
「はい」
「私が安室さんと親しいってことを、あの女の人に知られたくなかったんですよね?」
「その通りです」

あれ以来あの女性は私には接触してこないが、安室さんとは会っているようだ。私と初めて会った時、彼女は安室さんと付き合っていると、そう言っていた。けれど安室さんが言うには、彼女と安室さんが初めて会ったのはその前日。明らかに嘘だとは分かっていたものの少しホッとする。しかし、彼女は一体何者で目的は何なのだろうか。それを尋ねようと開いた唇は、彼が先に言葉を発したことによって再び閉じることになる。

「でも、あなたがポアロに来たら一言謝ろうと思ってたんですよ。それくらいなら怪しまれることもないでしょうし。それなのに僕のシフトを見事に避けてくるので……焦りました」

何もあそこまで徹底して避けなくても良かったのに、安室さんはそう言って料理に視線を落とした。伏し目がちにパスタを巻く動作すらかっこよく見えてしまう。ずるい男だ。そしてその唇は引き結ばれている。……もしかしてちょっと拗ねてる?

「結果的にはそうした方がよかったでしょう?」

首を傾げた私を、視線を上げた安室さんがじいっと見つめて溜息を吐いた。
「良かったというか、悪かったというか……」と、歯切れの悪い答えが返ってくる。今日はいつもの安室さんじゃないなぁ、そう思っていると、彼はフォークを置いて改めてまじまじと私を見つめてきた。今日、見つめられすぎてそろそろ穴があきそう。少し熱くなってきてミネラルウォーターを口に含む。正直水の良し悪しはよく分からないが、美味しいお水だと思った。

「まぁ今回は僕も色々と思うところがありまして……」
「……何ですか、思うところって」
「秘密です」
「安室さん、秘密ばっかりはよくないですよ。そういうのは適度に小出しにしないと逃げられますよ?」

とん、とグラスをテーブルに置いて私は眉根を寄せる。最初から彼が自分のことをぺらぺらと喋るはずもないのは知っているので、今更腹も立たない。今もあの女性のことを聞こうとしたのに上手く先を越されてしまった。だが小言くらいは聞かせなければ。そう思っての発言だったが、瞬時に正面から伸びてきた彼の手がグラスに添えたままだった私の手をガシッと掴んでくる。振動でガラスの器の中の透明な液体がゆらゆらと揺れた。
驚く私の手をグラスから引き剥がして、褐色の大きな手が包み込むように握ってくる。

「な、何?」
「……逃げられたくないので」

そう言った男の顔は、あまり余裕がなさそうだった。




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