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16-4




ご丁寧にコース料理のオーダーまで予約者が済ませていたおかげで、することといえばメインディッシュと飲み物の選択くらいだった。キラキラした夜景と安室さんの相乗効果が危険すぎてメニュー表で遮っていると、ナナシさんと呼ばれたので仕方なく顔を出して視線を合わせる。

「今日はお酒、飲まれますか?」
「いえ、今日は遠慮しておきます」
「ちゃんと家までお送りしますよ?」
「実はこのあと予定があって……ミネラルウォーターにします」

メニュー表のミネラルウォーターの欄には7種類もの採水地が書かれていた。迷っていると、安室さんが僕と同じものにしましょうかと言ってくれたのでそうさせてもらう。側に控えていたウエイターさんにオーダーする安室さんを、私はここぞとばかりに見つめた。シャツの袖からちらりと覗く腕時計は文字板と針のアナログ時計だ。半分は偏見だが、その時計をしていると彼の目立つ外見も相まって現場に出てくるような階級の警察官ではないのだなと感じる。何時何分と、それを素早く読み上げて記録する機会がないという意味で。スーツは暗くて分からないけど、何となく支給品とは別に自分で仕立てていそうだ。まじまじと服装を観察していた私は、彼の視線が再びこちらを向いたことに気付くのが遅れた。

「……このあとって?」
「はい?」
「予定があると言いましたね……そうするとかなり遅くなりますよね?」

注文を済ませた安室さんがそう尋ねてくる。約束は22時にこの近くにある公園だが、コース料理を食べることになるだろうなと思っていたのでその時間にしてよかった。家まで送ると言われたら、予定があるのでと言って断れたのだろう、相手が赤井さんなら。もしくは公園まで送ってもらうことも出来たかもしれない。しかし、目の前にいるのは安室さんだ。予定があるのでと言ってそうですかと引き下がらないだろうし、かと言って公園まで送ってもらうこともできない。彼が組織の人間として例の件に関わっているとなると、不用意に関係者に会うことは喋らない方が良いだろうが、完全に隠すのも不可能だ。下手な嘘はすぐに見破られてしまう。多少の本当を織り交ぜて適当に誤魔化すしかないか。

「ええ……どうしても今日済ませないといけない用事なんです。これを逃すといつになるか分からなくて」
「人と会う約束ですか……」
「……よく分かりましたね」
「この時間ですから。お店も閉まってしまいますしね」

運ばれてきたカプレーゼのトマトにフォークをすとんと落として、口に運ぶ。安室さんも向かいで同じようにそれを食べた。……別の意味でドキドキしてきた。丸いモッツァレラチーズがオリーブオイルでつるつると滑ってうまくすくえない。

「それにしても、夜中にしか都合が付かないなんて随分お忙しい方なんですね。……男性ですか?」
「それは……」

本当のことを言おうかどうか迷って、ふと気付いた。……降谷さんが男か女か知らない。言葉に詰まってから、友達に会うとか何とか言えば良かったのに……と後悔する。しかし妙な間を空けてしまったので、今更友達ですとも言えなかった。まあ、22時に友達と公園で会うか?という話にもなるけど。濁すように笑ってからチーズを口に入れた私に対して、安室さんはフォークを止めて首を傾げ、探るように見つめてくる。

「……言えない?」
「え、えぇ、何というか……そう、秘密なんです。秘密主義な方なので、私が勝手に言うわけにはいかなくって」

それどういうこと?と自分でも思った。性別秘密って一体どんな人だよ。下手すぎて突っ込みどころ多数な私の答えに、安室さんは少し考えてから、なるほどと呟く。

「秘密を共有する仲、というわけですね」
「そ、そんな大したものじゃないですよ……」
「僕とこうしているのがその人に知られたら、まずいんじゃないですか?」

明らかにおかしな私の言葉をそのまま受け止めた彼は、わざとそうしたのだろう。これは探られている。とはいえ私は降谷さんと会ったこともないので、安室さんの問いに対する答えはすんなり口から出た。

「いえ、それはありませんね」
「…………それはそれでひどいですね」

安室さんはその綺麗に整った眉尻を下げた。つまり僕のことは眼中にない、そういうことですよね。憂いを乗せて伏せられた瞼から少しだけ見える青い瞳は悲しげだ。……いや、絶対そういうキャラじゃないでしょ?作戦か?自分の顔面レベルの高さを巧みに利用した作戦なのか?悲しそうな顔も無駄にかっこいいな。私がこれから会う人物との関係を誤解しているのか、誤解したふりをして探ろうとしているのかだんだんわからなくなってきた。しまいには彼らしくもなく溜息を吐いたので、私は内心やや焦りながらも呆れた視線を向ける。

「もう、今日は何なんですか?安室さんじゃないみたい」
「安室透が良かったですか?ナナシさん」
「そういうことじゃありません。というか答えにくいこと聞かないでください!」

ちょいちょい触れてはいけない部分をぶっ込んでくるようになった。なぜ私がそこを心配しているのか分からないが、安室さんの設定は厳守してほしい。
泣き落としを早々に諦めたのか、安室さんは次のお料理を持ってやってきたウエイターさんににこやかにお礼を言っている。そんな彼を半眼で見つめてから、私はウエイターさんがしてくれるお料理の説明に耳を傾けた。





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