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02-1


さて、前の世で人様には言えない職業に就いていた私だが、今の仕事は何の変哲もない一般事務である。
9時に出社して定時は17時45分。忙しい時は残業もあるが、ここ数日は毎日定時で帰れている。休日出勤はたまにあって、その出勤ぶんは翌週以降の平日に休みをとる決まりだ。この、縛られた時間内に仕事を終わらせるというのが、初めの頃はなかなかに興奮したがもちろん誰にも言っていないので安心してほしい。
家からは徒歩で30分くらい。バスも出ているが遅刻しそうな時以外は基本歩いている。5階建てのビルの4階に私のデスクがあって、来客用窓口なども入り口付近に設置されている。この階にいるスタッフは基本的に他の従業員の勤怠管理や来客対応等その他雑務を行う、いわゆる総務というやつだ。私はそれらの仕事をやりつつ、5階の偉い人との連絡係もしていた。特筆すべきことが何もない、ふつうの仕事である。
そんなわけで、今日も平和な1日のはずだった。

「こんにちは〜」

あと数分でお昼休みに入るという頃、来客用窓口であるカウンターの方から声が聞こえた。遠目で、制服や帽子の感じから宅配業者だとわかる。
いつも来客対応をしているスタッフは、あいにく少し前にお昼に行ってしまったようだった。まあ、このタイミングなら仕方がない。私は席を立ち、カウンターの方へ急ぎ足で寄って行った。近付くにつれて、背の高い人だなー、しかもよく焼けてるなぁ……あ、なんか帽子から見える髪が金髪っぽい。と思ったのだが。

「お待たせしました!……って、え?」
「お届けものです」

カウンターの向こうで段ボールを手にしているのは、ポアロの店員さん、安室さんだった。

「な、なんで安室さんがここに?」

まさか出前でもあるまいし、いやその前にポアロにはそんなサービスはない。しかも服装は宅配業者のそれにしか見えない。宅配業者には若くて髪の色が明るい感じの人も多いので、まったく違和感がなくて本当に側に寄るまで気付かなかった。段ボールとともに送り状まで差し出してくる。確認するとちゃんと会社宛の荷物だった。
目を丸くする私に、彼はにっこりと笑う。かっこいい、じゃなくて。

「……安室さんって、宅配便の仕事もされてるんですか?」
「いえいえ、実は依頼を受けてこの会社のことを調べていまして……」
「依頼って、探偵の?」

カウンター越しに少し身を屈めて、私の視線の高さに合わせた安室さんは、シー、と人差し指を自分の唇に当てた。

「ナナシさんは知ってます?2ヶ月前に起きた暴行事件のこと」
「あ……はい、知ってます。確か先月もあったって」

実は2ヶ月前、この会社である事件が起きていた。夜遅く、従業員が何者かに暴行を受けたのだ。暴行といっても、外回りから戻った従業員がフロアに入ろうとしたところで誰かにぶつかり、その時に腕が当たったか突き飛ばされたかで、軽い怪我を負った程度だそうだ。後から調べても特に盗まれたものはなく、従業員が入って来たせいで窃盗が未遂に終わったのだろうということでその時は片付けられた。
しかし、先月も2度、女性社員が何者かに暴行を受ける事件が起きている。どの件も2階と3階で起きており、被害にあった従業員とも会話をしたことがなかったのでうっかり忘れていた。その内容も、暴行というより嫌がらせといったレベルのものだったようだし。どの件も警察には届けなかったらしいが、ここにきて探偵を雇うというのは、まさか。

「もしかして、またあったんですか……?」
「ええ、5日ほど前に」
「それは怖いですね」

今更警察に相談するのも、と上層部が渋るのが目に見えるようだ。しかも今回の事件では、女性社員が髪の毛を切られたらしい。なんてやつだ。天罰を与えなければ。
しかし事件が起きて何日目に依頼が来たのか知らないが、この5日間で私は2回ポアロに行っている。お店で私に聞かずに現場に出向いてくるとは安室さんは行動派のようだ。私がここで働いていることはコナンくんがバラしてくれたので、来客対応の人がいない時間をわざと狙って来たのだろうか。ついでにいえば、昼休み中なら業者と長話をしていても誰にも咎められない。

「しばらくこの姿で出入りしますので、内緒にしていただけますか?」
「は、はい。それはもちろん……」
「ありがとうございます。早く犯人を突き止めて事件を解決しますので」

不審人物を見かけたらすぐに逃げて身の安全を確保すること。絶対に無理をして立ち向かおうとしないこと。
カウンター越しに、真剣な顔をした安室さんとしっかり約束させられた。私は黙って2回頷くしかなかった。
なんだこのイケメン。



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