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01-1


ミョウジナナシ。
それが私の名前だ。
生まれは現在も暮らしている、この米花町。
両親はごく普通の会社員だったが、私が19才の時に「自然に囲まれて過ごしたい」とか言って離島に移り住んでいる。一人暮らしをしていた私が大学を卒業すると、海の綺麗な島から出る気をすっかりなくした両親は、家が勿体無いからと私を実家に呼び戻した。現在は両親の家に私が一人で住んでいる状態だ。まあ、家賃が浮くのでそこは構わない。仕送りをしたいところだが、何と島々を転々としており自給自足のような生活をしているのでいらないと言われてしまった。漁師でもしてるのか。
両親のことは置いておこう。この先話す機会もあるかもしれないので、変人だということだけ覚えていてくれれば問題ない。
私はというと、何の変哲もない一般企業の事務員をしている。他には大学時代の恩師に頼まれて、たまに別の仕事をすることもある。特に刺激的なこともない、とても平凡な毎日だ。素晴らしいことだ。

家から徒歩で20分のところに、お気に入りの喫茶店がある。このまえケーキを大量に食べて店員さんにちょっと引かれたあのお店だ。
行きつけの店、というのは憧れだった。何回も同じお店に行けるなんて素晴らしいことではないか。少し歩くけど、運動にちょうど良いし、毎回ルートを変える必要もない。
今日も今日とて「行きつけの店」のドアを鼻歌まじりに開けた私だったが、出迎えてくれたエプロン姿の店員さんの視線がいつもより高い位置にあることにピタリと動きを止めた。あれっ、梓さんじゃない。

「いらっしゃいませ!」

見たことのない人だった。ふと、この前に梓さんが言っていた新しい店員さんの話を思い出す。ああ、この人がそうなんだなと思うと同時に、私は感動していた。
うっわー、すごいイケメンだ。健康的な褐色の肌に金髪に近いミルクティーブラウン。色素の薄い髪がブライト・スカイ・ブルーの目の色を美しく引き立たせている。少しタレ目気味なところが甘い雰囲気まで醸し出しており、フェロモン系男子かと思いきや口もとは邪気なく笑っていてまったくいやらしさがない。身長も高く、すらりとしたモデル体型だ。な、なんてことだ。完璧だ。イケメンだし美人だしキュートだ。なんて素晴らしいんだ!
感動しすぎて言葉もない私に、笑顔の店員さん。いらっしゃいませからここまでで2秒ほどである。

「ナナシお姉さん、今度は何に感動してるの?」

ふいに斜め下から名前を呼ばれて我にかえる。
視線を向けると、そこにはこちらを見上げる子供の姿があった。

「あ、コナン君!」

江戸川コナンくん。この子はこの喫茶店の上の階にある毛利探偵事務所に住んでいる。詳しいことは知らないが、わりと最近見かけるようになった子なので色々な事情がありそうだ。時折見せる大人びた表情は私の中の色々なものを掻き立てる。けれど深入りはすまい。関わったらいけない、これは勘だ。前世で「関わったらいけない」と直感するような人間は片手で数えるほどしかいなかったので、この子は、たぶん相当なのだろうと思う。私のそういった感覚が鈍っていなければだが。
私はここの常連で、上の階の住人ともたびたび顔を合わせている。そんなわけで、コナン君とは近所のお姉さんポジションでたまに話すような関係だった。小学生相手に関係も何もっていう話だけど。

「安室さんに感動したんでしょ?」
「あ、うん……」

何に対しても感情を露わにしていたら、いつしか感動しやすい女だと思われてしまった。否定はしないけど。
コナン君の近くまで寄って、身を屈める。

「コナン君、よくわかったね……その通りだよ。お姉さん、あのかっこいいお兄さんにときめいちゃったんだ。この胸のドキドキ、何回体験してもいいものだよね……なかなか慣れなくて……はぁ」
「ナナシお姉さん……」

ああ、また「心を持たない人工知能搭載型アンドロイドがひょんなことで感情を与えられ、感じたままに感動を口にした」みたいな台詞を言ってしまった。この年齢で今のセリフはおかしいだろう。コナン君といえばジト目で私を見ていて、オイオイ……という心の声が聞こえてくる。大人をそんな目で見るな。
かっこいいお兄さんに案内された私は、テーブルに着くなりたらこのスパゲティとアイスティーとケーキをオーダーした。この店のメニューは完全に暗記している。

かっこいいお兄さんは安室さんというらしい。入ったばかりなのに随分手慣れた様子で、まるでずっとここで働いているかのようだった。後ろ姿もかっこいいな。
前も喫茶店などの飲食店で働いていたのだろうと思って聞いてみると、意外な答えが返ってくる。

「え、探偵?」
「はい、毛利先生に弟子入りしたんです。それで近くでバイトを」
「へ〜、熱心ですねぇ」
「まだまだ学ばないといけないことがありますから」

そう言ってにっこり笑う好青年。探偵というのは意外だった。一見、探偵には見えないから逆に便利だったりするのだろうか。コナン君が私の隣の席にタタッと寄ってきて椅子に乗り、「安室さん、すっごく頭がいいんだよ〜」と言ってから、「ね?」と彼に向かって子供らしく首を傾げている。毛利先生ほどじゃないよ、と笑う安室さんをコナン君はジッと見つめて、今度は私に笑顔を向けてきた。

「ナナシお姉さんは、この近くでお仕事してるんだよね?」
「そうだよ、コナン君。知ってるかな、……っていう会社なんだけど」
「うん、知ってる!学校行く時に近くを通るから」
「そうだったんだ。学校楽しい?」
「うん!」

かっわいいなぁ。不穏な勘がなければもっと仲良くなりたいのに……いや、変な意味ではなく。この子は将来、すごいカッコよく成長する予感がするぞ。私の勘はだいたい当たる。あ、今フラグを立ててしまった。さて、今日は録画したドラマを見たいし、そろそろ帰ろう。最後に残したイチゴをフォークで刺して口に入れる。

「ごちそうさまでした」
「ありがとうございました。今度、新メニューを出す予定なんです。ナナシさんもぜひ食べてくだ……」
「新メニュー!?絶対きます」

安室さんのセリフに食い気味に返事をしたら笑われてしまった。コナン君は呆れている。そういうところが子供っぽくないんだよね。
会計を済ませ、ありがとうございました、という声に笑顔を返して店を出る。外に出て背後でドアが閉まると、私はちらりとお店の中に視線を向けた。

今日も美味しかった。新メニューが楽しみすぎる。だいたい、一週間のうちで土曜か日曜はお昼を食べにこの店……今更だが名前をポアロという、に来ているのだが、平日も早起きした朝などにはモーニングを食べに来ている。これから彼とも結構顔を合わせることになるんだろう。まあでも、と、私は先ほどの安室さんの笑顔を思い浮かべた。何の裏もない完璧なあの笑顔を。

あれは観賞用にはいいかもしれないけど、触るのはダメだな。

ま、私は美味しいものが食べられればいいし、そこに笑顔のイケメンと嬉しそうな梓さんがいるならもっと美味しく食べられそうだ。
それだけである。




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