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16-2



「え?今日ですか?」
『ああ。急ですまないが、都合はどうだ?』

よく通る落ち着いた低音を電話越しに聞いて、私は足を止めた。通りには車が行き来しているが、平日の午前中ということもあり交通量はあまり多くない。そう広くもない車道を大きなトラックがスピードを上げて通り過ぎると、ぶわりと風が舞って電話口に雑音が入り込んだ。

『外にいるのか?』
「はい、これからご飯を食べようと思って。今日は休みなので大丈夫ですよ。タイピンもお返ししたいですし」
『そうだったな。では19時に』

用件だけの手短な通話を終え、画面で時刻を確認する。11時。早めに来て正解だった。夜はホテルのレストランでご飯ということなのでお腹を空かせて行くとしよう。私は再び見慣れた歩道を歩きはじめる。
パーティーの時に沖矢さんから食事でもどうかと言われていた件だが、色々あってまだ行けていなかった。彼もFBIでかなり忙しそうだったので、これは流れてしまうパターンかと思っていたのだが、先程の唐突な電話である。
ここ最近、私の身の回りで起きている事件も第三者的な赤井さんになら話し易いし、少し相談に乗ってもらうのも良い。彼らは日本で公に動けない立場だ。そのぶん完全に独立した情報ルートを持っているだろうから、いざという時にどうやってそれを借りるか探っておいた方が良いだろう。ところでさっきの声は赤井さんだったけど……さすがに沖矢さんの姿で来てくれると信じてる。まあそうそう安室さんとばったり、とかいうことはないと思うけど、万が一鉢合わせてしまったら死んだふりでもするしかないな……私は緊急時のシミュレーションを早々に諦めて、ポアロのドアを開けた。

「いらっしゃ……あっ!」
「梓さん、こんにちは」
「ナナシさん!カウンターでいい?」
「はい、どこでもいいですよ」

お盆を片手に振り返った梓さんは、こちらを見るなり声を上げた。どこかそわそわとした様子の彼女にカウンターに通されて、私は思わず笑ってしまう。何か話したいことがあるようだ……分かりやすい人だなぁ。他の客に呼ばれて慌てて離れて行った梓さんを見送りつつ、鞄を置こうとしてメールがきていることに気付いた。

「あ……」

確認すると、2日前に遊園地で会ったばかりの刑事さんからだった。メールの文面を見て少しだけ驚く。
降谷という人物を見つけて、向こうが今夜会えないかと言ってきているそうだ。仕事柄なかなか時間の都合が付かないので、今日を逃すといつ会えるか分からない、らしい。時間は……21時以降と書かれている。随分、見つけるのが早いな。まあ警察関係者ならば身内だから、名簿でも入手すれば探すのは容易いか……苗字も珍しいし余計に。ともあれ、連絡先を教えてもらってメールでやり取りをするより、申し出の通り直接会った方が色々と分かることもある。疑問なのは刑事さんが私のことをどう伝えているかだが、その辺は降谷という人物に会ってカマをかけるついでに把握するとしよう。下の名前を知らない以上、本当に目的の人物だとは限らないのだから。
赤井さんと会うのが19時からなので、こちらが出先から向かうこと、時間は22時以降が嬉しいということを書いて送る。

「ねえ、安室さんとはその後どうなったの?」
「……えっ?」

送信完了画面から顔を上げると、カウンターに戻った梓さんがものすごく真剣な表情でそう尋ねてきた。瞬きをする私に、更に身を乗り出した彼女が声を潜める。

「……コナン君が言ってたんだけど、ひどい喧嘩したんですって?私、気になって気になって……」
「へ?」

思いもよらないことを言われて私の目は点になった。最近距離を置いているからそう思われたのかと考えたが、ひどい喧嘩と言い切るからには原因がある。そもそも私と安室さんが喧嘩するという映像が浮かんでこないんだけど……。そういえばコナン君、パーティーがあったホテルで一緒に走っている時もそのあとも、安室さんのことを一切聞いてこなかったな。あんな怪しい現場を目撃したのだから、彼なら気にして何か聞いてきそうなものだが……ん?ま、まさか悪の組織の人にスイートでひたすら迫られたアレを痴話喧嘩か何かだと誤解して……?いや、考えようによっては痴話喧嘩だった、のか?

「……梓さん、」

梓さんの目力に負けて真実を白状しようとするも、ふと思い直す。現在距離を置いているのは確かだし、ここは濁しておいた方が自然かもしれない。

「そうなんですよ、ちょっと安室さんが分からず屋だし強引だからカッとなっちゃって……」
「やっぱり……ナナシさん、ちゃんと仲直りしてくださいね?最近の安室さん、すごく元気ないから何だか可哀想で……」
「……元気ないんですか?」
「こないだだって、ナナシさんの名前を出した途端遠い目をしながら「僕は避けられているので……」って言ってましたよ!」

梓さん、それたぶんあなたの反応が面白いから遊ばれてるだけですね。だいいち距離を置き始めたの安室さんの方だし。しかし、演技でもいいからすごく元気がない安室さんって見てみたい。単にすごく元気がないイケメンなんだろうな。
そうこうしている間に刑事さんからメールが返ってくる。場所はホテルからそう遠くない公園にしてもらった。すぐ近くには以前安室さんと出掛けたショッピングモールがある。あの辺りなら夜中でも無人にはならないので、ひとりで歩いても物騒ということはないだろう。

仲直りできるように、スペシャルメニュー!という苺がたっぷり乗ったケーキを梓さんにご馳走になってから、私はポアロを後にした。





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