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15-3




プレハブからひょっこりと顔だけを覗かせた女の子に向かって、私は念を押すように人差し指を自分の唇に押し当てた。

「大丈夫?鬼に見つからないようにね」
「うん!」

彼女は元気よく頷いて小屋の中に引っ込んだ。中にあったビニールシートを持ち出して廃材にかぶせ、あたかも誰かいるように見せかけたあと、自分はその死角に隠れる。退路も確保済みだ。……かくれんぼのプロか。何者か知らないけど、お兄ちゃんに相当仕込まれたな。メイちゃんが完全に隠れたのを確認して、私は反対側のスペースまで移動を開始する。ここからは見えないが、倉庫の入り口付近が騒がしくなってきたのだ。助けか、誘拐犯か。双眼鏡でもあればよかったのだが、ないものは仕方がない。
私は足音を立てて、20メートルほど続くスロープを渡りコンテナが積んである方へ走った。メイちゃんがいないことに気付かれてはならないので、傘に布をぐるぐる巻きにしてその上から服を着せ、フードっぽいものをかぶせて右手に持っている。遠目からだと子供に見えないこともない、かもしれないレベルの怪しい物体だがないよりはマシである。さっきふたりで作った。

「おい、待て!」

男の叫ぶような声が聞こえた。どうやら声の感じからして助けではない。振り向くとやはり作業着姿の男が2人追い掛けてくる。距離はまだ遠い。倉庫内が迷路のように入り組んでいるおかげですぐに追いつかれることはなさそうだ。メイちゃんが隠れている場所から引き離したあと、私も隠れて助けを待つのが良いだろう。

「この女!待てって言ってんだよ!」
「嫌です!女の子を複数人で追い回すなんて最低!」

さっきより少し狭まった距離に、慌てて階段を駆け上がる。後から据え付けられたそれは安全面をあまり考慮していないらしく、アルミ製の踏み面をカンカンと打ち鳴らすたびに不安定に揺れた。この先にはコンテナ群がある。そのうち、異変に気付いた男のひとりが声を張り上げた。

「おい、連れてるのガキじゃないぞ!ゴミだ!」
「失礼なこと言わないで!」

私は一旦足を止めると、振り向きざまに左手に持っていた布ぐるぐる巻きの傘を投げ付ける。バレたなら仕方がない。階段を上るために一列になっていた男達は避けるに避けられず、傘は先頭の男の腹にものすごく綺麗に刺さった。殺傷力はあまりないが痛そうだ。呻き声を発して転んだ男を乗り越えて、後ろの男がなおも追ってくる。

「クソッ……止まれ!撃つぞ!」
「……っ!?」

驚いて振り向くと、男は小型の黒い物をどこからか取り出してこちらに向けていた。拳銃だ。子供の誘拐だというのに銃まで持ち出すとは本気度が違うな。しかもハッタリじゃない、撃つ気だ。さすがに焦って速度を上げる。たどり着いたコンテナのひとつに回り込み、さらに奥へと走ったが、足がもつれて思うように走れない。誤算がひとつだけあった……サンダル、超走りづらい。

「そこまでだ」
「……!」

コンテナの側を走り抜け、少し開けた場所に出たところで私は足を止めざるを得なかった。進行方向で作業着の男が待ち構えていたのだ。追ってきている2人とは別に、先に回り込んでいたらしい。こちらも漏れなく銃を手にしている。後ろからもすぐに男が追いついてきて、完全に逃げ場を失ってしまった。私は目の前の男を睨みつける。さて、どうするか……。

「よーし、いい子だ。こっちに来い」

前に立っている男がにやりと笑みを浮かべて言った。犬じゃないんだけどな、そう思いつつも現状ではどうすることもできないので、仕方なく一歩を踏み出す。近付いた瞬間に拳銃を奪い、男を人質にするか……それとも顔面に一撃入れて盾にするか。おそるおそるといった様子で歩み寄る私を待つ男の顔が不快すぎて、眉間に皺が寄りそうになる。あと4歩、あと3歩……。そして、近付く私に手を伸ばしてきた男の腕が肩に触れる、その寸前。
一発の銃声が倉庫内に響き渡った。

「うわっ!?」

私の目の前で、男の持つ銃が弾き飛ばされる。衝撃で腕を振り上げた男は、呆気にとられたあと驚愕した様子で辺りを見回した。

「何だ!?」
「誰かいるのか!」

男達が警戒する中、2発目の銃声と同時に響く鉄を打ち付けるような着弾音。今度は私の背後のコンテナに向かって発砲されたようで、後ろから来ていた男が咄嗟に姿勢を低くした。状況は飲み込めないが、今だ。未だ微かな残響の満ちるなか、前にいた男の側をすり抜けて、奥のプレハブ小屋へと通じるスロープを駆ける。男が慌てて追ってくるが、すぐにそれを阻むように足下へ銃弾が浴びせられた。角度的に高いところから撃っているようだが……一体誰が?見れば上には照明点検用らしき足場が点在している。単純に水平方向に撃つのとは多少感覚が違ってくるはずだが、一切の迷いが感じられない、正確無比な射撃だ。
どうにか逃れたところで、私はほっとしてプレハブ小屋の壁に凭れ掛かる。サンダル、足痛い。反撃に出たのだろうか、それとも先ほどの銃声の主が牽制しているのか、男達の姿が私の位置から見えなくなった後でも、発砲音が数度聞こえた。……ちょっと甘く見ていた。この前、ホテルを襲った寄せ集めの集団とは練度が違う。メイちゃんは大丈夫かな。少しづつでも彼女の元に戻った方が良いだろう。確か方向は……。

「よっ、大丈夫?」
「…………」

私が凭れていた壁から体を離した瞬間、突然、そう言ってプレハブの反対側から気配もなく男が現れた。驚いて思わず呼吸が止まる。
彼は上下黒い服で黒い髪、そこそこ緊迫した状況の中、締まりのない感じで現れた。

「っ……刑事さん!」
「まったく、意味深な連絡しないでくれる?びっくりするよ……」

なんか銃撃戦やってるし……と呆れ気味に近付いてくるその手に、しがみついている女の子。私が駆け寄るとぎゅっと抱きついてくる。小さな温もりに安堵して、刑事さんを見上げた。私が住所を告げてから迅速に動いてくれたようだ。

「よかった……すぐ来てくれてありがとうございます」
「うん、俺お巡りさんだし……もうすぐ応援も来るから安心して」
「た、頼もしい!」
「でしょ!」

大きく頷いて胸を張った刑事さんを褒め称えて、3人でその場を離れる。もう銃撃の音は聞こえないけれど、あちらはどうなったのだろうか。さっきはひょっとしたら刑事さんが発砲したのかもしれないと思ったが、メイちゃんを探していたなら時間的に不可能だ。凶悪犯を追っているようなので銃を所持はしているのだろうが、普通の警官はあそこまで上手くない。いや、この刑事さんのことはよく知らないけど。ならば私を助けたのはまったくの第三者ということになる。しかし、なぜこの場所にいるのか疑問しかない。先ほどとは打って変わってシンと静まった空間を見上げてみても、人影らしきものは見当たらなかった。


「こいつら……逃がすか!」

出口へと向かう途中、鋭い舌打ちと共に男が立ち塞がってくる。そう簡単に撤収というわけには行かないようだ。先ほど銃を弾き飛ばされた男が、こちらを発見するなり勢いよく突進してきた。と、メイちゃんを背にかばう私の前に、黒い影が素早く割り込む。体当たりしてきた男の体を最小限の動きで躱したかと思うと、避けられたことでバランスを崩したその腕を素早く掴み、頭上に捻り上げた。ぐ、と呻き声が上がる。それでも往生際悪くじたばたと抵抗し、足技をかけようとする男の首に今度は鋭い手刀が叩き込まれて、ものの数秒で男はくたりと力を失って動かなくなった。体格的には刑事さんの方が細身なのだが、相手の力を巧みに利用した流れるような技だ。……あれ?この体術って……。

「ほら、ぼーっとしてないで行くぞ」
「は、はい」

相変わらず緩い感じの男は、ひらひらと手を振って私を促す。私は頷いて、メイちゃんの手を引いて倉庫の出口に向かった。





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