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15-1



前にもこんなこと、あったなあ。私は部屋の外の様子を窺いながら溜息を吐いた。
パーティーの騒ぎの時にメイちゃんに手紙を書こうと思いついたのだが、よく考えたら嶋崎家は現在色々と立て込んでいる。郵便物は果たして少女の元に届くのだろうか……そう思ったのが発端だった。

手紙が届くとしても中身は改められるだろう。小学生に出す手紙だ。読まれたって困らない内容だが、心情的にはあまり嬉しくない。私と嶋崎さんの関係を疑う者からはよく思われないだろうし。そのようなわけで次に嶋崎さんに会った時に手渡そうと思っていたのだが、それを彼に連絡したら、家に遊びに来て直接渡したらどうかと提案された。……そりゃ直接渡せば中身を見られはしないだろうけど、ますます関係を疑われるのでは。しかしダンディな嶋崎さんは「こそこそすればするほど人は疑いたくなるものだ」と言って、メイちゃんが次の休日を過ごすという別邸の住所をくれた。……まったく男というのは、噂話とかそういったことには楽観的に構えているものだ。

で、今日である。教えてもらった住所にやってきたのは良かった。お手伝いさんにはメイちゃんとふたりで遊びたいからと言って外してもらって、すっごく美味しいジャムクッキーと紅茶をいただきながら、メイちゃんが学校で勉強しているノートを見せてもらったり。お手紙も渡すことができた。しかし何故というべきかやはりというべきか。そこで不穏な空気に気付いてしまった。

「何かあったんですか?」
「それが、今日はナナシさんがいらっしゃると聞いていたので、お断りしたはずなのですが……手違いがあったようで」

騒がしい玄関の様子についてお手伝いさんに尋ねると、おしとやかそうな女性は困惑の表情で頬に手を当てた。この家は普段から使われているわけではないそうで、維持管理をお手伝いさん達が任されている。先週、庭木の剪定を業者に頼んだのだが、やり残しがあると言って今日またやってきたらしい。来客があるから今日は無理だと断ったはずなのに、4、5人で押しかけてきた。それで玄関で揉めているようだ。この時点で私はかなり嫌な予感がしていたのだが、どうかお気になさらないでください、お見苦しいところを申し訳ございませんと綺麗な角度でお辞儀されて笑顔を返すしかなかった。

「メイちゃん、この家の周りってお店とかないよね?」
「うん、ないよ。ぜんぶお父さんのお庭だから!あっちに広いそうこがあるんだよ」
「倉庫?」
「かくれんぼするところだよ!」

部屋に戻って鍵をかけた私は絵本を広げつつ、窓の外にちらりと目を向ける。なぜか、庭木の少ない場所に立っていた作業服を着た男と目が合った。男は誤魔化すように適当な葉っぱを鋏で切って、どこかへ行ってしまう。うわ、と思って見なかったことにしようと思っていると、今度は、トントン、と部屋のドアがノックされた。……お茶を運んできたお手伝いさんのノックじゃない。やばい、ここにいたら誘拐されるのは時間の問題だ。メイちゃんが。なぜ、なぜ私がいる時に限って不穏な事件が起きるのか……。もうそういう星のもとに生まれたと諦めるしかないのかもしれない。そんなわけで冒頭に戻る。
物語ってそういうものでしょう?と、聞き覚えのある声で誰かが囁いた。

さて、部屋の外にはおそらく剪定業者を装った悪い人が待ち構えている。お手伝いさんは大丈夫かな。
警察に連絡するべきだけど、まだ未遂だし、敷地内だし……無駄に事を大きくするのは問題ありだ。スマホを取り出して、素早く番号を呼び出してコールする。数コール目で出た相手にわざと切羽詰まった声で住所だけを告げて、すぐに電話を切った。これでよし。

「お姉ちゃん、かくれんぼしたいなー。倉庫に連れて行ってくれない?」
「いいよ!」
「お手伝いさんに見つからないように、お庭から行こう」
「……う、うん!」

メイちゃんはハッと息を飲んで、ピンクのワンピースの胸元で両手をグッと握り締めた。頬が赤くなって、目はキラキラと輝いている。こんな小さな悪事にも免疫がないらしい。悪い大人でごめん。お手伝いさんが洗濯を取りこむためのものだろうか、幸いにも窓の外にはサンダルが置かれている。私がメイちゃんを抱きかかえればオッケーだなと考えていると、メイちゃんは部屋の隅にあった箱からごそごそと一足の赤い靴を取り出してきた。

「新しい靴、おろしていいの?」
「これはあの子のおうちなの。ちょっと借りるね」

棚の上に飾られていた卵形の人形を指差して、メイちゃんは言った。なんと……そんなピカピカで高級そうなお靴を人形のおうちに……?お金持ち、すごい。私は窓をからりと開けて、辺りを窺いながらそこにあったサンダルを履く。ちと歩きにくいが仕方がない。赤い靴を履いたメイちゃんと手を繋いで、私達は家を抜け出した。





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