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14-5




「この辺は人も多いですし、大丈夫ですよ」
「でも君、なんか気になるっていうか……危なっかしく見えるんだよなぁ」
「そうですか?」
「俺、結構そういうの分かるんだよ……ここで何か起きるなって思うと次の日誰かが首吊ってたりさ……」
「うわぁ……それ聞きたくなかった」
「こないだもさ、警察署の中で……」
「言わなくていいです!」

私は思いきり嫌な顔をして刑事さんを見た。こういう軽い男が不吉なことを言うと途端に恐ろしく感じるのは何故だろう。最近はよく危ない事件に巻き込まれているので、笑い話ではない。そんな私を見て男は笑っている。その顔をどこかで見た気がして、私はおやと首を傾げた。……この人、誰かに似てる気がするなぁ。いや、それともどこかで会った?最近こうして記憶が曖昧な事が多いような……もしや老化の始まりだろうか。商店街の駐車場の前で、私は思わず彼を見つめたままぴたりと足を止めてしまった。刑事さんもつられて止まると、不思議そうに私を見てくる。

「どうしたの?」

基本的に私は会って話した人の顔は忘れない。昔の記憶があったおかげで、子供の頃のことも結構覚えている。ならやはり、誰かに似ているのだろうか。不思議に思いながらも無遠慮に刑事さんを見つめて考え込んでいると、本当に唐突に、後ろから聞き覚えのある声がした。

「あれ、こんなところで何してるんですか?」
「えっ?」

振り向いてみてびっくりした。ちょうど商店街の方向から歩いてきたらしいその人に、会うのは久しぶりに感じる。そこにいたのは、片手に紙袋を持った安室さんだった。そしてその少し後ろに、先日ポアロで声をかけてきたあの女性の姿がある。女性はこちらに気付くと、はっと驚いた表情になって咄嗟に顔を伏せた。安室さんはいつもと変わらない様子で私を見ている。

「お仕事帰りですか?」
「はい……偶然ですね。安室さんは?」
「僕はちょっと買い物で……いつもはこっちまで来ないんですが、たまにはと思いまして」

話すのはパーティーの一件以来だ。やっぱりというか、あの時のことはまるで無かった風である。害のなさそうな爽やかな雰囲気で笑いかけてくる安室さんに、私は負けじとにこりと微笑み返す。そう言えば、目の前の駐車場に見覚えのある白い車が停められていることに気付いた。立ち止まらなければ会わなかったかもしれない。同じ方向から来たとしたら、私達の後ろ姿は見えていたかもしれないけど。
ところで、と、安室さんが続ける。

「そちらはどなたですか?」
「あ、この人は……知り合いの人で、有川さんです。有川さん、こちらは安室さんです」
「どうも〜」

横に立っている刑事さんを紹介すると、彼は笑顔で挨拶しつつ、私の二の腕辺りの服をちょいちょいと引っ張ってきた。顔を横に向けた私に、彼は身を屈めてひそひそと耳打ちしてくる。

「……俺、君に名前教えたっけ?」
「手帳に書いてありました」
「あの一瞬でよく見えたね……」

知り合いという雑な紹介になったが、刑事だというのは余計なことだ。言わない方が良いだろう。殺人事件の捜査をしている刑事ならば公安、まして警察庁のほうとはまるで関わりもない。安室さんはこちらのやりとりをじーっと見つめている。穴があきそうだ。何もやましいことがないのに悪いことをしている気分になるのって、お巡りさんが発している特有のオーラか何かのせいなのだろうか?この金髪の人、全然お巡りさんに見えないけど。いや待て、こっちも刑事さんだった。やっぱりお巡りさんには見えないけど。にこやかな安室さんと軽そうにへらりと笑う刑事さん。だんだんと同じ属性に見えてくる。……怖くなってきた。
ふと、安室さんの後ろの女性と目が合う。反射的にほぼ同時にぺこりと頭を下げた。それを一瞥した安室さんがそろそろ行きましょうかと呟いたので、私と刑事さんは立っていた場所を譲るように駐車場の入口の端に移動する。

「では、僕達はこれで」
「はい、またお店で」

一旦助手席側に回って彼女のためにドアを開けた安室さんは、運転席に乗り込む前にこちらに振り返った。

「……気をつけて帰ってくださいね」

ドアが閉まり、白いスポーツカーが颯爽と走り去るのを、ふたり並んで見送る。刑事さんはどこかぽかんとした様子だ。気持ちは分かる。安室さん、何をするにしても目立つなぁ。もう見慣れているはずなのにうっかり一挙一動を見つめてしまった。いちいちかっこいい。
隣の男が視線を前方にやったまま、思い出したようにぽつりと呟く。

「そういえば君の名前聞いてなかった。教えて」
「いやです」
「何で!?」

テールランプの光が遠ざかっていくのを見つめながら、私は刑事さんに八つ当たりした。




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