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14-4



よし、今日も誰もいないな。
仕事帰り、辺りに気を配りながら商店街を歩く。このあいだ尾行された場所だが、あえてルートは変えない。今まで何もせずとも無意識に危機を回避していたので、こうして周りを気にしていると何だか昔に戻ってしまったみたいだ。あれから尾行は一度もない。
そして安室さんだが、やはりあれから一度も会っていなかった。というのも、私が最初に聞いておいた安室さんのシフトを避けてポアロに行っているせいなんだけど。急に馴染みの喫茶店から足が遠のいては怪しいし、私もポアロのご飯が食べられないのは悲しいので、行かないという選択肢はなかった。上着を梓さんに預けたことをメールしてもその返信はなく、こうも彼の気配を感じないと、出会う前に戻ったかのような錯覚を覚える。
思えば、私って安室さんのことを何も知らないなぁ。いや、本来知ってはいけない部分まで知っているのは確かだけど、そうではなく、例えば「安室さん」以外の連絡先とか、住んでる場所とか、そういうことだ。彼がポアロを辞めて、連絡先をひとつ潰せば容易に関係が切れるような状態だが、彼の職業上、それはあるべき姿。まあ探そうと思えば探せるんだけど、今はそういう話じゃなく。しかし、今までだって何日も姿を見ない日はあったというのに、我ながらこの心境の変化というか心の揺れ具合が乙女のようだ。……面白いな。そうやって客観的に見てしまうから、表面上の私は平淡なままである。……いつか男に逃げられそうだ。

「……ん?」

雑踏の中でふいに声が聞こえた。不思議なもので、女性がひそひそと囁く声は何故か耳に入ってしまうものだ。私はあれこれと考えながら歩いていた足を止め、声の方へ目を向ける。3人の女性が、道路の反対側を見つめながら小声で何かを騒ぎ立てていた。気になって彼女らの視線の先を見つめると、…………おい。思わず声を出して突っ込みを入れてしまいそうになる事象が目に入る。
私は迷わず狭い道路を渡り、そこにいた人物の背に声を掛けた。

「…………刑事さん、」
「へっ?」

電柱の陰から別の店をじっと覗いていた男は、間の抜けた声を上げて振り向いた。
数日前、謎の尾行から助けてくれた刑事さんだった。今日も上下黒っぽい服を着ている。この間は張り込み中と言っていたので、ここら一体で何かの捜査をしているのだろう。声を掛けるのはどうかと普通は思うところだが、今は逆に声を掛けてあげたほうが良さげである。何故なら。

「刑事さん……何で下着屋さんを覗いてるんですか?」
「あ、君か……。あの店、追ってる参考人がよく行く店らしいんだけど、さすがに入れなくて……だからずっと遠巻きに眺めてたんだけどさ」
「余計にダメでしょ」

体ごとこちらを向いた刑事さんは、頭を掻きつつそうだよね〜と笑った。制服を着用していないので、見た目は下着屋を覗いている怪しいお兄さんだ。いや、例え制服を着ていてもこの状況では通報事案かもしれない。

「女の刑事さんに手伝ってもらえばいいのに」
「いやぁ……最初は一緒にやってたんだけど、ちょっと色々あってな……」
「…………」
「何その、何があったか想像つくわみたいな顔」

私がまだ尾行されるか、されないかの時にいち早く気付いて、更に私が尾行を察知して困っていたことにまで気付いたのだ。相当現場慣れしている感があったのだが、こういうところを見るとなんか勘違いだったかも、と思えてくる。まあ、どんな人物であれ警察関係者ならば知り合っておいて損ということはない。以前ならそんなことはとんでもない話だったが、この先、私ひとりではどうにもならないこともあるかもしれないし。一応、調書を取られた時に風見という刑事の連絡先ももらったのだが、そこに連絡するのはちょっと勇気がいる。
ともあれ、仕事中にあまり一緒にいるのも迷惑だろうと思い別れを告げようとすると、刑事さんは「今日は撤収する!」と言い出した。

「よし!飯でも食いに行くか……ラーメンでいい?」
「え?私もですか?」
「そうだよ。ちょっと話もあるし」

捜査を自主的に切り上げて一般人をご飯に誘うとか、自由だな。前回助けられた手前もあるしまあいいか、と私は頷く。どうせ今日は帰るだけだ。並んで商店街を歩きながら、刑事さんがこちらを見下ろしてくる。

「君、一人暮らし?」
「そうです」
「前も言ったけど、最近この辺ちょっと危ないんだ。この時間はいいけど、遅くなるときは気をつけろよ」
「刑事さんはその事件を捜査してるんですか?」

そんなところかな、と彼は曖昧に頷いた。さすがにその辺のことは詳しく喋れないらしい。都内で起きている連続婦女暴行事件の犯人はまだ捕まっていない。この米花町では先々週、若い女性が殺害される事件が起きており、同一犯の犯行ではないかと騒がれていた。……乱暴した上に殺すとか、犯人は苦しんで死なないとだめだな。以前は機械的に流していたようなニュースも、自分の性別が違うだけで随分と感じ方が違う。だがまあ、性犯罪の被害者のほとんどは女だが、凶悪犯罪を含むそれ以外の犯罪被害者は圧倒的に男が多い。どちらの性別が危険ということではなく、普段から自分の身は自分で守ることを意識しなければ。




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