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14-2




妙な気配が背中を這っていった。

……まただ。それに気付いたのは友人と別れて用事を済ませ、そろそろスーパーにでも寄って帰ろうとした時だった。辺りは次第に薄暗くなってきて、商店街には明かりがつき始めている。……たぶん、私はまた尾行されている、いや、されようとしている。気配が昼と同一かまでは読めないが、まさか私を見失ってからずっと探してたとかじゃないだろうな。さすがにここで走り出したら不自然だし、のんびりスーパーに寄っていたらもっと暗くなって状況が悪くなる可能性がある。気付いたら気付いたで対処に困るものだなぁと思いながら、鞄からスマホを取り出してロックを解除した。……さて、誰に連絡すべきか。一番上に安室さんが出てくるが、この尾行が公安の仕業だったら何が起きるだろう。まあ、安室さんなら自ら尾行の命令を下しておいて素知らぬふりで私を助けるなんて朝飯前だろうけど、問題は私が尾行に気付いているとバレることだ。なら、沖矢さん?しかし沖矢さんの正体に気付いているのか、いないのか微妙な安室さんの耳に、「茶髪の眼鏡をかけた男と夕暮れの街に消えて行った」などと報告されては私の身が危ない。それはだめだ。せめて尾行している人物が誰の回し者なのかわかれば全力で撒けるというのに……コナン君、助けて。電話帳から戻り、明日の天気情報を無心で眺めつつ立っていると。

「ちょっと君、いい?」

ドラッグストアの前にいた若い男にいきなり声をかけられた。今度は何だ。呼び込みかと思って見れば、ススッと近付いてきた男にカラフルなチラシを渡される。何となく受け取ってしまったので一瞬目線を下に向けるも、そこには何も文字が書かれていなかった。不審に思う私の頭上で、そのまま、と低い声がしたので、私はチラシもどきを眺めたまま僅かに目を見開く。

「困ってるんだろ」
「……え、ええ」
「こっちに来て」
「…………」

年齢は20代後半くらいだろうか。黒い髪で、上下黒っぽい服を着ている。嫌な感じはしないが、正直怪しい。私はその場から動くことなくゆっくりと顔を上げて、男を見た。

「助けてくださるのは嬉しいですけど、あなたは?」
「あ、俺?俺は……」

私が手にしていた紙の下に黒っぽい手帳のようなものが差し込まれる。訝しんで男の顔をちらりと見てから紙をずらしてみると、ふたつ折りのそれが開かれた。上部に制服を着た男の写真と印字、下部はエンブレム。POLICEと警視庁という文字が刻印されている。私はハッとして再び男を見上げた。

「……刑事さん?」
「シー、静かに。今ちょっと張り込み中なんだ」

男はにこりと笑うと、私からチラシを取り上げて周りに見えないように警察手帳もしまった。まるで客を呼び込むバイトのごとく、自然な動作でドラッグストアの中に私を誘導する。そして怪しまれることなくスムーズに店の裏口から出してくれた。この男、私が尾行されていると最初から気付いていたようだ。

「ありがとうございます。お取り込み中にすみません……」

頭を下げる私に、いいよと言って男が笑う。何だかやたら軽い感じの爽やか系男子だ。顔はかっこいい部類に入るのだろうが、どちらかといえば愛嬌があるというか、態度のせいでやはり軽い男に見える。警察手帳は見たところ本物だった。警部補と書いてあったので、もし年齢が私の想像通りなら一般の警察官としては出世の早い部類だろう。こう見えてできる男なのだろうか。私を見ていた刑事さんは、ふむ、と腕組みをしてから、改まった口調でこう言ってきた。

「ご存知かもしれませんが、この辺りは最近女性を狙った事件が頻発してるんです。そろそろ暗くなるし、早く帰るように」
「はい……」

変わった刑事さんだ。一瞬、軽いなぁと考えていたことを読まれたのかと思った。まあ、誰が見てもこの人には同じような感想を抱くだろうから、自分が周囲にどう見られているかよく把握しているだけかもしれない。

「では、私はこれで」
「あ、ちょっと待って」

もう一回頭を下げて歩き出そうとした私を刑事さんが呼び止めた。振り向いた私に、上着のポケットから取り出した白い紙きれを差し出してくる。

「……これは?」

手を出して受け取ると、そこには青いボールペンで電話番号らしきものが書かれていた。驚いて刑事さんを見ると、彼はやはり軽い口調で言う。

「仕事用のだから。危ない目に遭いそうになったらいつでも連絡して。夜の一人歩きはダメだからな」
「わ……わかりました」

今度こそ、私は刑事さんに別れを告げてその場を後にした。本当におかしな人だ。まあ、警察の知り合いはほとんどいないので標準が分からないんだけど。
そう言えば、安室さんは階級で言うと何になるんだろう。立場と年齢的に見れば警視とかなんだろうが、例の場所に潜入しているのだから警察組織には記録上は所属していないかもしれない。でも、警察庁の人間が潜入捜査すること自体がおかしなことだし、彼に限っては一般常識は通用しないかもしれないな。

……上着、いつ返そう。

私は溜息を吐きつつ、手の中の電話番号をじっと見つめた。




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