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13-15


「ナナシさんって、何者?」

懐中電灯の明かりを頼りに階段を下りていると、腕に抱えたままのコナン君がそんなことを聞いてきた。心なしか声のトーンがいつもの子供っぽい口調から、探るようなそれになっている。探偵ごっこだと思えば可愛らしいのだろうが、私の中の違和感がスッと薄くなるような気がして、ああやはり、これが彼の素なんだろうなと感じる。自分のことを探られるのは好きじゃないはずなのに、少し楽しい気持ちになった。

「さっきのことなら、あれはただの護身術だよ」
「……ボク、色んな人の戦い方をたくさん見てきたから分かるよ。ただの護身術じゃないよね?それに、襲われて3人の男の人を返り討ちにするなんて普通の人じゃ無理だよ」
「コナン君はよく見てるねぇ……でもそれを言うなら、蘭さんのほうが100倍は強いでしょう?」
「それは……蘭姉ちゃんは特殊っていうか、」

口ごもるコナン君はそれでも諦められないのか、ジッとこちらを見つめてきた。
護身術だというのは嘘ではない。時すら忘れるほど昔、世界で一番実践的だと言われたその武術は、確かに暴徒どもから身を守る目的で教えられていたものだった。軍部に次々と採用されたことで殺人術などという物騒なものに仕上がってしまったが、元は性別や体格に左右されることなく相手を圧倒する、優れた格闘術である。かつて励んだそれは何とも上手い具合に、積み重ねた経験はあれど非常に非力な今の私にはぴったりだった。……とはいえ、やはり普通の女がいきなり使うとインパクトがありすぎるな。最近ではFBIも取り入れていると聞いたことがあるし、下手をすれば赤井さんあたりには一発でバレるかもしれない。次回がないことを祈るが、次からは気を付けなければ。しかし、少し前の自分ならばあんな風に力で切り抜ける選択をしたかどうか、というところだ。ここに生まれてきて一度も手に収めることのなかった、守るべき人間の存在は大きいものである。腕の中のあたたかな体温を抱え直して、私はコナン君を覗き込んだ。

「最近は物騒でしょ?護身術、結構流行ってるんだよ?自分の身は自分で守らないとね」
「……FBIの人が言ってたんだけど……ナナシさんのこと、何回やっても尾行できなかったんだって。そんな人、いると思う?」
「…………気のせいじゃないかな」

前に誰かがそんなことを言っていたような気がする。そんなわけないだろ、と思って流してしまったが、あれは本当だったのか。私はそもそも気配を感じてすらいなかったわけだが、尾行できなかったのなら感じなかったのも無理はない。完全に無意識に、脅威を遠ざけてしまっていたということなんだろうけど、それってもはや動物に近いのでは。ちなみにそんなスキルは前の世ではなかった。危ないことに関わりたくないと思い続けて20年と少し、知らない間に習得してしまったらしい。……それって逆に怪しくないだろうか?尾行に気付いていても気付かないふり、とかなら意識して出来そうだが、まずどうやったら尾行してもらえるか分からないのだから困りものである……。もしかしたらFBI以外にも、例えば安室さん相手にも同じことをしてしまっていたらと考えると頭が痛い。いや、なんかもう今更かも。私は溜息をひとつ吐いた。

「普通じゃないって言うけど、それはこっちの台詞だよコナン君……君、小学生って嘘でしょ」
「ボク、どこからどう見ても小学生だよ?」
「そうだね……見た目はね。コナン君の中には誰がいるの?」

思ったよりもさらりと言葉が出た。コナン君が相手じゃなかったら、例え冗談でも口にしないような言葉だ。それは自分にとっても禁断の。ひょっとしたらこの子にも前世の記憶があるのかもしれない、そう考えたこともあったけれど。おそらく私は、そう考えることで安心したかった。

「ただの探偵だよ……」

俯き加減になったコナン君の眼鏡のレンズにライトの光が反射して、子供っぽい表情が隠れる。探偵かぁ、と呟いた私を、コナン君はそっと窺い見た。

「ナナシさんの中には誰がいるの……?」

本当に頭の良い子だ。いや、子供じゃない……のだろうか?私がその質問に至った理由が私自身にあると、彼はたった今そう推察したのだ。36階に到着して、足を止める。

「知りたい?私の中に誰がいるか」

コナン君になら聞いてほしいと、そう思った。こくりと頷いたコナン君をひとまず廊下におろして、私達は向かい合う。真剣な顔のその子を見て、ふと、誰かに似ているなと思った。顔がそっくりというわけではない。面影があるという言い方が一番しっくりくるだろう。……まさか。そんなことがあるのだろうか。蘇るのは夜の公園で耳にした、あの声だ。確かに聞き覚えはあった。事件のトリックを楽しそうに話す彼と、隣に立ってそれを諌める彼女のやりとりを何度も聞いたのだから。
ナナシさん、と下から名前を呼ばれて、瞬きをする。

「私の中身はね、ゴーストだよ」
「…………ゴースト?」
「うん、成仏できなかったみたい!」
「…………」

笑ってそう言った私を、コナン君はきょとんとした表情で不思議そうに見上げていた。突飛すぎてバカなことをと思っただろうか。かなり暈したが、人に言ったのは生まれて初めてだ。誰にも言うことはないと決めていたはずの秘密。これから彼は、私の言葉の意味を何度も考えることになるだろう。秘密とは口外しないから秘密なのであって、誰かに伝えた瞬間から、もう隠す必要はなくなるというのが過去に置かれていた環境下では一般的な認識だった。ある種の喪失感が私を襲う。

それを気取られてしまったのだとしたら、私もまだまだだ。
コナン君の小さな手が伸びてきて、微かに震える私の指をきゅっと握り締めた。




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