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その小さな音を拾えたのは、不本意ながら感覚が鋭敏になっていたせいだったのだろう。カチ、と何かがはまる音が場違いのように響いて、ふたりは同時に動きを止めた。部屋の入り口からだ。私が振り向いたことで、背後にいた男と一瞬だけ視線が絡む。続いて聞こえてきた、慎重にドアを開ける音。素早く体勢を直して拳銃を掴んだ褐色の指を横目に、私は勢いを付けて寝返りを打つようにベッドから転がり落ちた。手を伸ばしてシーツの上の靴を回収するのも忘れない。……ここは浮気か不倫現場か。いや、というかこんなに迅速な身のこなしを普通の男女はしないので、逆に怪しくないだろうか?そう突っ込みたくなったが、私の姿が入口から見えないようにベッドから降りて拳銃を構えた彼の広い背を見て、唇を引き結ぶ。

そこへ聞こえてきたのは予想外の声だった。

「ナナシさん、いるの!?」
「……コナン君?」

緊張した分、思わず間の抜けた声が出る。安室さんも驚いたように構えを崩して銃を下ろした。バタバタと足音を立てて部屋の中に走ってきたのは、カードキーを握り締めたコナン君だった。子供らしく上気した頬はここまで大急ぎでやってきたことを示している。コナン君は私の前に立っている安室さんの姿を見て、驚いたように目を見開いた。

「安室さん!?何でここに……」
「コナン君こそ、こんなところまでどうしたんだい?」

銃を隠しもしないということは、そしてコナン君がそのことに驚きもしないということは、コナン君は安室さんの別の姿を知っているということか。子供の身長に合わせて身を屈める安室さんのシャツの袖が少しだけ皺になっているのを見つけて、はっとした私は大慌てで自分の身なりを整える。乱れたシーツの上に散った赤い花弁が視界の端にちらついて、なんだかとても良くないことをしていた気分になった。いや、実際いいことか悪いことかと聞かれたら悪いことなんだろうけど。くそ、それにしてもいつもの安室さんに戻ってるのがずるい。前も言ったけど、私の前でも常に安室透で大丈夫です。

「安室さん、何してるの?」
「ちょっと彼女に用事があってね」
「用事って?何で2人が一緒にいるの?」
「それは言えないかな……コナン君、こんなところに来たら駄目だろう?」

私が服を整える間に、ふたりは声を潜めてひそひそと話を始めている。真剣な表情だ。……どういう関係なんだ?

「っ、そうだ、大変なんだよ!この先に死体があって……爆弾が取り付けられてるんだ!」
「爆弾……?」

穏やかじゃない。死体、はさっきの銃声だとしても、爆弾とは。幸い上の階層に客はいないが、 ホテルで火災でも起きれば周辺含めて大パニックになるだろう。

「ナナシさんから銃声がしたって連絡をもらって、みんながなかなか戻って来ないからマスターキーを借りて探しに来たんだ。そうしたら……エレベーターを降りたところでベルモットを見た」
「ベルモット?ここに来ているのか……妙だな」

一緒に来たんじゃないの?と訝しむ声がする。ベルモット?その名を不思議な気分で聞いた。本名ではなさそうだが、一緒に……ということは安室さんの仲間ということなんだろうか。それを知るコナン君は一体、何者なんだろう。

「とにかく、まずは爆弾を解除しないと!」
「ああ……君は彼女と一緒に先に下りていてくれるかい?全員の誘導が終わるまで、爆弾が仕掛けられていることは言わない方がいい……もちろん彼女にも」

あの、一言一句漏らさず聞こえてます。耳がいい。
頷いたコナン君は、ベッド脇で座り込んだままの私の元へタタッと駆け寄ってくると、こちらを覗き込んできた。

「ナナシさん、ここは危ないから、とりあえずあか……昴さんと合流しよう」
「うん……」

私は何の疑問も抱いていないような顔で素直に返事をした。どっちが子供だか分からない。うっ、コナン君の後ろにいる人からの視線を感じる。今は見ないでほしい。私はコナン君に促されて足に力を入れ、立ち上がろうとして腰を浮かせかけたが、カクンと膝の力が抜けて再び床に崩れ落ちた。いや満身創痍すぎるでしょ。

「大丈夫!?立てないの?」

ええ、腰砕けってやつですね。悪の組織、許さない。怒りでぷるぷるとしていると、サッと近付いてきた安室さんが私の背後に回り込み、ベッドに放ったままだった自分の黒いジャケットを掛けてくれた。ふわりと、先程までベッドの上で香っていた甘い匂いに包まれる。そうだ、そこそこ大変な状態になっていたんだった。この部屋の照明がそんなに明るくなくて助かった。お礼を言うこともなく無言でどうにか立ち上がった私の背後で、じっとこちらを見下ろしている気配がする。……一発殴っておくべきか。だけど今は振り返れない。

「さあ、急いで!」
「うん!」

入口に向かって駆け出したコナン君に急かされ、慌てて靴を履く。一歩足を踏み出したとき、何かがそっと髪に触れたことに気付いたが、やはり振り向くことはできなかった。



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