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13-12




キスマークよりももっと心配すべきことがある。今、外はどうなっているのだろう。赤井さん達と別れてからそう時間は経っていない。けれどこんなことをしている場合ではないのは確かだ。というかこの男、職務放棄では?抱きかかえていた左手を男からそっと外して、手触りの良いシーツに滑らせる。指先がコツンと、硬い物に触れた。男をベッドに引きずり込んでハニートラップを仕掛ける女みたいだな、なんて思いながら、銃身を掴む。形を確かめるように触れて、シーツの上で手探りで回転させ、どうにかグリップを掴んだ。ああ、この感じは久方ぶりだ。持ち上げるとやけにずしりと重く、太く感じるのは女の手だからなのだろう。私は柔らかな金髪越しに、男のこめかみに銃口を押し当てた。

「待って、……って言ってるじゃないですか」
「…………」

ぴたりと静止した男が顔を上げる。銃を突きつけられても動揺が見られないのは、気付いていたからなのか、私が撃てるはずがないと思っているからなのか。

「……綺麗な女性を怒らせると怖いですね」
「退いてください」

すると男は、じっと私を見てから「これ、結構興奮しますね」などと口走った。なめやがって。自分の眉間に皺が寄る。グリップをしっかりと握り込み、グッと押し当てた。逆らうことなく首を少し傾げて、男が問う。

「ナナシさん、撃てるんですか?」
「……できないと思います?」
「さあ……それは分かりませんが、どちらにせよあなたは汚れてしまいますね」

ふ、と小さく笑う男は楽しげだ。その表情はいつもの彼とは程遠い。享楽的とでも言えば良いだろうか、しかし、この状況にはまったくそぐわないその顔に逆に恐怖を感じる。女に刃物を突きつけられて喜んでいた阿呆は前の世にもいたが、そういう属性だったらどうしよう、などと自分まで場違いな思考に囚われた。銃口を押し当てられているにも関わらず、男は、散々に嬲って赤くなっているであろう首筋を指で撫でると、そのすぐ下に顔を埋めて柔らかなそこを吸う。衣服から見えている部分ではあるが際どい位置に、焦ってその髪を指で掴んだ。

「やっ……ちょっと!」
「引き金を引いてもいいですよ?これからしようとしていることと……大差ないですから……」

ちゅ、と別の場所に吸いつきながら、顔も上げずに男は言った。撃って男の血に塗れるか、撃たずに男の手に落ちるか。どちらにせよ私は汚されるから好きな方を選べ、と。何てことを言うんだ。銃を持つ手がふるふると震える。違う、重くて。だいたい、女性用の銃も作られるくらいなのだ、こういった重い銃は女性向きではない。私の動揺を感じてはいるのだろうが、男は、頓着せずに白い肌に執心している。胸もとへ繰り返される緩い刺激に、だんだんともどかしくなってきてしまって唇を噛んだ。吐息とともに、ぐり、と男に押し当てた銃口は、果たして拒絶の意を示せていただろうか。もっと欲しい、なんて。男の腕が背中の下に差し込まれた。より男の眼前に胸を突き出すような格好にされて、曲線の肌をたどる唇が、服をかき分けて中にまで侵入してくる。

「っ……こんなこと、してる場合じゃないですよね?も、戻らなきゃ……っ……」
「じきに……警察が来て片付けますよ。それに、忌々しくも……FBIがしゃしゃり出ていたようですから……ね?ナナシさん」

ちらりと見上げてくる視線に私は言葉を失った。やはり沖矢さんが赤井さんだということを知っているのだろうか。以前、赤井さんと一緒にいたことに対して怒りを露わにし、その名前を口にするだけで空気を凍らせていた彼の様子が思い返される。今日の私と沖矢さんのやりとりを見ていて、さらにそのあと、沖矢さんが胸につけていたはずの赤い薔薇が何故か私の胸にあった。何事かを勘繰られても仕方のない状況だ。……まさか、これって嶋崎さんがどうのというよりそれに対する当て付けなのでは……?ぞっとして動きを止めた私を、男が目を細めて見つめる。

「…………ああ、その顔はいいですね。もっと見せてください」

なんだこの危ない人は。仮にこれが当て付けだとしたら、嶋崎さんから手を引くと言っても開放してもらえない可能性大である。こ、これはもう拳銃で死なない程度に殴って第一発見者として救急車を呼ぶしか方法がないのでは、などと男に負けずの危ない発想を頭の中で繰り広げて、銃を握る手に力を込める。しかし、動いたのは男が先だった。

「それ、そんなに好きですか?でも今は僕の相手をしてくださいね」

銃を持つ腕ごとベッドに押し付けられて、その力強さに顔をしかめる。弾みで手からすぽりと抜け出てしまったが、それを気にしている余裕はなさそうだった。背中に回されていた腕がもぞりと動いて、背面部のファスナーを探っている。胸の膨らみの上でいたずらに痕を残していた唇が、衣服が乱れたことでちらりと見えた白いレースの下着に歯を立てた。そのまま、咥えた布地をずり下げるように力を加えられて、私は慌てて体を捻る。

「あっ、やだ、何するんですか……きゃあっ!」

半端に乱れた状態のまま、今度はくるりと体を反転させられて、大きく開いた背中に柔らかな感触が降ってくる。背中から抱き締められて身動きの取れない状態で、擽ったさと、ぞくぞくとした快感にシーツにしがみ付いた。脱げかけの下着からはみ出た胸を大きな手でグッと覆われて、頭を左右に振る。ふ、と、男の息遣いをすぐ耳元に感じた。

「どこ、触って……っや、め……」
「僕はずっとあなたを支配したかった、こうして、」

衣擦れの音が男の声を掻き消した。ファスナーを下げ、ワンピースを脱がそうとするのを後ろ手で押しとどめる。こいつ、本気か?ぎゅっと握り締めた肌触りの良いシャツ。体温が上がったためか、強くなった甘い香りに抱かれてくらくらとした。



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