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13-6


「まさかこんなに上手く行くとはな……情報をくれた奴に感謝だ」

多目的ホールから出ると、私達はエレベーターに乗せられた。黒手袋の指先が押したのは37階。上階のカードキーがないと上へは行けないため、事前に入手したとみられる。リーダーの男の表情は見えないが、その声には喜色が滲んでいた。
一緒にエレベーターに乗ったのはリーダーの男と犯人グループの別の男が2人、それに赤井さんと嶋崎さんと私だ。6人中の半分が自分達を陥れようと企てていることなど、早くも浮かれている男は思いもよらないだろう。
男の言う情報だが、このパーティーが開催されること自体は秘密でも何でもない。男の堂々とした態度から見てそれなりに悪事を重ねているのだろうが、そんな男がすぐに動くべきだと判断して急いで人数を集めたということは、うまい儲け話が急に舞い込んできたということだ。

37階に到着すると、私は赤井さんに腕を掴まれたままエレベーターから降りた。ちなみに赤井さんはここまで無言である。

「こっちだ。ここで落ち合う予定になってる」

リーダーの男はそう言ってひとつの扉の前で立ち止まった。この階は全室スイートルームだ。コナン君達を除く全員がホールに閉じ込められているため、30階から上は無人になっているはずだ。男はキーをスロットに差し込み、赤井さんに先に入るように促した。赤井さんと私、嶋崎さんと犯人グループの男2人、リーダーの男が順番に入室する。リーダーの男は部屋の中をぐるりと見回してから、ずっと手に持って構えていた銃を下ろした。

「さて、まだ時間があるな……こいつらの写真を送っておくか」

男はポケットからスマホを取り出し、操作し始める。落ち合う予定になっている、ということは、鈴木会長と娘を捕らえるように指示した誰かがいるということだろうか。この男がここで身代金でも要求すれば分かりやすかったのだが、そう単純な話でもないようだ。

「おいお前ら、いつまで突っ立ってんだ。そうだ、多少惨めったらしい方が奴も喜ぶだろ。脱がせろ」
「!!」

そして最悪なことを言いやがった。命令された男達が私に近付いてきて、思わず軽蔑の眼差しで見てしまいそうになる。駄目だ、娘さんはこういう時どんな反応をする性格なのか分からないけど、一般的には恐怖に怯えるだろうからちゃんと怖がらないと。あ、嶋崎さんも同じような反応になってどうにか絶望した顔を作っている。
やめて、と小声で呟いて後ずさろうとする私を、犯人役の赤井さんが押し留めた。そして、別の男の手が私に向かって伸びてくる。命令した男が下卑た笑い声を漏らすのを耳にして、不快な気持ちが込み上げた。くそ、今すぐ殴ってやりたい。ボコボコに。
しかし、その手が私の肩に触れる直前で、赤井さんが男と私の間に入ってきた。触れる寸前で邪魔された男は小さく舌打ちして、赤井さんに顔を近付ける。

「何だよ、お前がやりたいのか?」
「ああ、そうだな。おやすみ」

言うが早いか、男が真横に吹っ飛んで行った。私の位置からでは見えなかったが、右手で横っ面を張ったのだろう。それにしては鈍い音がしたけど……もの凄く痛そうだ。振り向かずに伸びてきた赤井さんの長い腕に胸元をトンと押されて、私は数歩後ろにたたらを踏む。彼は確保した空間を使って足を大きく振り上げると、咄嗟の出来事に反応できないもうひとりの男に蹴りを入れた。ひゅん、と空を切るかの如く素早い一撃は回避不能。顎を蹴り上げられた男はたまらず床に倒れ伏して動かなくなる。ようやく我に返ったリーダーの男がこちらに銃口を向けるも、照準を合わせるより先に男の眼前に躍り出たしなやかな体躯から鋭い突きが繰り出された。

「がッ……!」

まともに食らったリーダーの男は呻き声とともに床に崩れる。ものの10秒で大人の男3人を倒してしまった。この男、めちゃくちゃ強い。寸でのところで調節される力加減から、対人において非常に実戦慣れしていることが分かる。生身の体をよく知らなければ、相手に出来るだけ傷を付けないように制圧することは難しいものだ。ぴくぴくと床で痙攣する男達を一瞥して、赤井さんは覆面を脱ぐとこちらを向いた。

「すまない、少々力を入れすぎたようだ」
「え?」

言葉の意味が分からず、疑問符を浮かべる私に赤井さんが歩み寄ってくる。彼は何も言わずに、私の胸もとに固定されたタイピンを引き抜いた。よく見れば紫の薔薇の花弁がひとひら、根元から外れて今にも取れそうになっている。先程押された時に手がブローチに当たったのだろう。
赤井さんはポケットに押し込んでいたらしい自分の赤い薔薇を取り出して、指先で無事なのを確認すると、タイピンに固定してスッと差し替えてくれた。ありがとうございますと控え目に呟けば、グリーンアッシュの瞳がじっと見下ろしてきて、ちょっとときめいてしまう。い、イケメンだ。というか大人の男だ。もちろん周りにも大人の男と呼べる人はたくさんいるが、例えば誰かさんのように人目を集めるような眩しい感じとはまた違う。

「……特に動きはないようだが、ここで落ち合う予定の人物とやらを待ってみるか?」

私がうっかり感動している間、いつの間にか拘束を自分で解いてドアスコープを覗いていた嶋崎さんがそう言った。
ホールに残っているのはモデルガンを所持した男が3人と、テーブルに縛ったままの男が1人だ。ラウンジから戻ってきた蘭さんがドアを蹴破り、犯人達がボコボコにされる未来しか浮かばない。というかもう伸されている頃かもしれない。私達が上に連れて行かれたことは伝わるだろうから、やがて到着する警察が探しにやってくるだろう。時間はまだある。

「そうですね」

私が返事をして、赤井さんも同意するように頷いたその時。
一発の銃声が響き渡った。




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