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13-7




部屋のドアに3人の視線が集まった。近い。響き方からして廊下ではなく他の部屋だろうが、このフロアに間違いない。床に伸びた犯人の銃を回収し、ついでにホルスターまで追い剥ぎしていた赤井さんが立ち上がった。

「近いな。70といったところか」
「この部屋に来る予定の人と関係あるんでしょうか……」
「悠長に待ってもいられなくなったな」

相手は銃を所持している。それがここでリーダーの男と落ち合う予定だった人物なのか、別の誰かなのかは分からない。銃の所持は想定内だが、このような場所で発砲するということは異常な事態に陥ったと見て間違いないだろう。大抵、こういった狭い場所で銃を使用するなら音や光を抑えるサプレッサーが必須であるが、脅しを目的に銃を携行しているだけであれば用意しない場合も多い。つまり撃った人物にとってまったく予想外の発砲だったということだ。襲撃でも受けて咄嗟に撃ったか。

「…………」

一瞬静まった部屋の中に、小さな振動音が一定のリズムで響いた。神経が過敏になっているせいか些細なそれがやけに大きく聞こえる。嶋崎さんと私が視線を遣ると、その先にいた赤井さんがポケットからスマホを取り出し、耳に押し当てた。

「ボウヤか……ああ、ちょっと訳ありでね。顔は見られていないから安心してくれ。ラウンジから戻ったのか……ん?」

電話の相手はコナン君のようだ。コナン君と話をするのも今日のところは見送りになりそうだなと考えていると、赤井さんの眉がぴくりと跳ね上がる。短く返事をした赤井さんは通話を終え、スマホをしまった。

「警備隊が30人こちらに向かっているらしい。彼らが銃声の主とかち合ったら面倒だな」

銃を持った犯人が人質を取っているというのに、対抗手段を持たない警備隊が30名も押し寄せてくるらしい。おいおい……と思うところだが、今日のパーティーの主役でもある相談役の鈴木次郎吉氏は豪胆な人物だ。会長とその娘の身代わりになった人物がいると聞いては何もせずにはいられなかったのかもしれない。リーダーの男は「上の階に連れて行け」としか喋っていないため、30階から上をしらみつぶしに探させるつもりだろう。一発の銃声の後は何も聞こえてこないが、その人物が平時とは違った精神状態で警備隊とぶつかればどうなるか想像に難くない。

「……バラバラにやってくる警備隊にいちいち状況を説明している時間はないな」
「となれば、このフロアに近付けさせることなく警備隊を一箇所に集めたいところだ」

赤井さんの言葉に、部屋の中央に戻ってきた嶋崎さんが頷く。位置的に2人の中間にいた私は交互に彼らを見た。

「それ、つまりどういうことになります?」

赤井さんは奪ったホルスターを身に付け、さっき脱いだ覆面をもう一度被る。嶋崎さんは自身の上着の内側から銃を取り出すと一旦テーブルに置き、上着を脱ぎ始めた。古い型のシグザウエルだ。……護身用ですよね?そして床に熱烈な感じでキスしている男から服を奪った。こうなると私の出番はないなぁ、とぼんやり着替えを眺める。
準備を終えた男2人はどこからどう見ても犯人グループの出で立ちだった。

「もう一度、だな」
「やれやれ、私はもういい年なんだがね……」

黒ずくめの覆面男。犯人Aと犯人Sの出来上がりである。元の犯人達よりグレードアップしてふたりとも本物の銃を持っている。目的は警備隊を誘導して銃を持った輩から遠ざけることだ。警備隊より先にその輩とエンカウントする可能性もあるため、銃は持っていた方が安全だろう。シルエットが無駄にカッコいい。言っても嬉しくないだろうから言わないけど。

「君は隙を見て下に降りるか、途中で警備隊に合流しろ」
「分かりました。嶋崎さんと赤井さんもお気を付けて」

作戦第2弾の決行である。




ふたりが部屋から出て行った後、スカートのポケットに滑り込ませておいたスマホを取り出し、コナン君にメールを打った。既に警察に通報してあると思うが、銃声がこの37階で聞こえたことは伝えなければならない。素早くメールを送信して、スマホを再びポケットに入れる。
さて、私もこの部屋でのんびりはしていられない。銃を持った誰かがここに訪ねてくるかもしれないのだから。しかし、当初来る予定だった人物はもう死んでいる可能性もあるな。
私は部屋の中を見回して、倒れた男達が動かないのを確認すると、ドアから廊下に出た。ガチャ、と、閉まるドアの音がやけに反響する。

廊下はシンと静まり返っていた。赤井さんが70と言っていたのがヤードだとすると、銃声がしたのは5部屋先あたりか。スイートルームなんて今はまったく縁のない代物だが、今日からいわく付きになってしまうのかと思うと残念だ。ともあれ反対側から下に降りた方が良いだろう。その先にはフロア専用のラウンジがあり、それからもっと先に行けば非常階段がある。ひとまず私は、足音を忍ばせてラウンジに向かった。
深い緑色のベルベットのソファと、淡いミント色の壁紙。グリーンを基調としたエレガントモダンの内装は派手すぎず訪れる人の憩いの場となる。入口に差し掛かると、今の時間は無人のはずのラウンジに人影があることに気付いた。

「……え」

思わず、私は足を止める。それは知っている人物だった。ラウンジのソファの影に隠れるようにして身を屈め、こちらとは反対側にあるもうひとつの入口を見つめている男は、私が立っていることには気付いていない。他のパーティー参加者のように黒い服に身を包んでいる。離れていても一発で分かる、その金色の髪。安室さんだ。何故、ここに?いや、今はそれどころではない。彼の視線の先には客室と、その奥に非常階段がある。階段の方角から、ひとりの男が慌てた様子でこちらに走ってくるのが私の位置から見えた。ロゴの入った帽子を被っていることからして警備隊のひとりだろう。嶋崎さんと赤井さんが囮になって引きつけているはずだが、ひとりだけ階段を上がってきてしまったようだ。
そして問題なのが、それを隠れて見つめる安室さんの手に拳銃が握られていることだった。まさか、発砲するつもりか?それはさすがに無いと思いたいが、この状況、見たままを表すなら一触即発だ。ひょっとしたら安室さんの位置からは誰かが近付いてくることは分かっても、姿までは見えないのかもしれない。先ほどの銃声と安室さんが関係あるかは分からないが、別の場所であれを耳にしていたなら今の彼は相当警戒しているはずだ。考えている間にも男はラウンジに近付いて来ていた。
どうする、と短い間に考えを巡らせる。よし、行くしかない。
私はラウンジに一歩足を踏み入れた。

「安室さん!」

小声で名を呼ぶと、弾かれたように振り向いた彼の目が驚愕に見開かれる。私としては安室さんがここにいることの方が驚きなのだが。彼が何か言う前に、私は彼のいるソファまで全速力で走った。
なにを、と、彼の唇が動いたのが分かった。私は構わずに走り寄って安室さんの側に到着すると、腕を伸ばし、そのまま飛びつくようにして彼に抱き付いた。

「……ッ……!?」

この緊迫した状況下でまさかそんなことをされるとは思わなかっただろう。動揺が伝わってくる。安室さんが屈んでいるおかげで彼の顔が私の胸に思いきりムギュってなったが、今はそれどころではない。驚きのあまりか一瞬完全に停止したものの、すぐに私の意図を察したらしい両腕が背中に回された。彼のさらさらした髪が顎や唇に触れてくすぐったい。サンダルウッドのような甘い香りがする。香水か、髪からなのかは分からない。ひょっとするとこの空間がそう思わせるのかもしれなかった。
そうして安室さんをぎゅっとしてから間を置かずに、どすどすとした足音がラウンジに侵入してくる。は、と、入ったその場で男が息を飲む気配がした。

「チッ……自分の部屋でやれようらやましい!!」

警備隊の男は、そう言い残して床を踏み鳴らしながら去っていった。
切実な捨てゼリフである。




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