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13-5




ゆっくりと後ろに下がって、前からやってきた男をやり過ごす。テーブルに長めのクロスがひかれているおかげで身を隠すのは簡単だが、いつまでも隠れたままではいられない。
沖矢さんが指差す方向に3人で移動して、今度は数人の男が視界に入る位置に身を潜めた。リーダーっぽい男は一回り体格が大きくてなんだか偉そうなので分かるのだが、それ以外の男達は似たような感じで判別できない。名前を呼び間違えるのも尤もだ。
リーダーの男は、別の男に向かって苛々とした態度で詰め寄った。

「おい!早く会長と娘を上の階に連れて行け!」
「それが、呼び出しても返事しやがらねえんですよ……他の客に聞いてもどこにいるか知らねえっていうし」
「顔を知ってるのはお前だけだろうが。さっさと見つけ出せ!」
「へえ」

150人の中から鈴木財閥の会長とその娘を探し出そうとしているようだ。相談役の顔は売れている印象だが、そういえば会長のほうはあまり外に出てこないので私も記憶が曖昧である。しかし、こんな大規模な作戦を遂行するにあたって対象の顔を確認していないのだろうか。ちょっとあり得ない。犯行グループが急造であるところから見ても、何か裏がありそうだ。
隣にいる沖矢さんが、ふむ、と呟いて自らの顎を撫でる仕草をした。

「犯人の目的は鈴木会長と娘……園子さんのようですね。しかし彼らはここにはいない」
「会長と娘さんはどこへ?」
「ここにいないとなるとラウンジにいるでしょうね。コナン君がさっき行きたいと言っていましたから。あそこは関係者でないと立ち入れないので、一緒に行ったと考えて間違いないでしょう」

コナン君が危機を予測していたとは考えにくいけれど、偶然にも騒動の直前に2人をホールから離脱させていた模様だ。ひょっとしたら何か前兆のようなものがあったのかもしれない。

「彼らの顔を知っているのはあの背の高い男だけのようだな」

嶋崎さんの言葉に私達は顔を見合わせる。奴らが探しているのは年配の男性と若い女性で、顔を知っているのはひとり。今のこの状況ならばまだ取れる手がありそうだ。ここで無為に時間を過ごして様子見をしても良いが、やがて目的の人物がいないことに犯人達が気付けばどうなるか。見たところ武力行使とかいう気概は見せそうにもない人相だが、人間逆上すると何をやらかすか分からない。ここは負担の多い女の私から言わなければならないだろうと思い、そっと提案してみる。

「えっと……人質ごっこでもしますか?」
「いい考えだが、君はともかく眼鏡の彼は顔がそれらしくないな」
「心配には及びません。もう一人助っ人がいますので」

沖矢さんは眼鏡を指先で押し上げるとさらりとそう言った。熟考の余地はない。こういった時の対処は速さが命である。全員同じようなことを考えていたようで、話はすぐにまとまった。
作戦開始だ。




「頭に風穴を空けられたくなければ言うことを聞いてもらおうか……」
「ひっ……」

手始めに、わざと見える位置に赤い薔薇のブローチを放って犯人のひとりを誘い出し、素早く転ばせてテーブルの下に引きずり込んだ。先ほどリーダーに怒鳴られていた、会長と娘の顔を知る男である。モデルガンしか持っていない犯人を本物の銃で脅迫するという、一周回って事案になりそうなことを堂々とやってのけるFBIを横目に、私は嶋崎さんの両腕をタイで後ろ手に縛る。
ちなみに沖矢さんが消えてしれっと赤井さんがやってきたのでちょっと驚いた。彼がどうやって変装しているか知らないのだが、こんなに短時間で赤井さんになれるということはマスクか何かを被っていたのだろうか。それであそこまで自然な表情ができるなんて不思議だ。それともメイクしていて、案外手早く落ちるとか……?教えてくれるか微妙だけど今度聞いてみよう。
赤井さんの脅迫は続く。

「俺が合図したら、今から言うことを大声で叫べ。いいな?」
「ひぃっ……は、はい……!」

ゴリ、と銃口がこめかみに押し当てられて、犯人が更に竦み上がった。図だけ見れば覆面の黒ずくめに銃を突きつける凶悪な顔をした黒ずくめである。正直どっちも悪人にしか見えない。確かに、沖矢さんの顔で脅すよりは効果があったようだ。返事を聞いた赤井さんはよしと頷くと、犯人の覆面を奪って自分がそれを身につける。更にはジャケットを脱ぎ、より犯人グループの格好に近い服装になって私の方に向き直った。

「さて、準備はいいか?……言っておくが、」
「本当に危なくなったら逃げろ、ですよね?」
「ああ」

これ以上彼に恨まれたくないんでね、と、赤井さんは続ける。何のことだろうと思いながら、伸びてきた彼の腕に大人しく捕まった。

「鈴木会長と娘を捕まえました!こんなところに隠れやがって……!」

赤井さんの合図で犯人の男がテーブルの下から叫んだ。可哀想に声がちょっと震えている。ちなみに、叫んだ本人のことはテーブルの脚にぐるぐる巻きにしてあるので彼とはここでさよならだ。犯人グループの男達がこちらを注視するのを感じ取って、私達は彼らの前に姿を見せた。

「やめてくれ、娘は離してくれ!」
「乱暴しないで!」

覆面をした赤井さんに腕を掴まれている私と、手を縛られている嶋崎さん。というわけで、犯人グループのひとりに扮した赤井さんと、鈴木会長役の嶋崎さん、娘さん役の私の完成である。たぶん全然似ていないのはホール内の他の客のどよめきから推測できる。まあ、この男さえ騙せれば良いのだ。
覆面から見えるリーダーの男の目が弓なりに細められるのを見て、私達は互いに目配せした。




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